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ありがとうございました

 投稿者:高齢出産の母  投稿日:2012年 7月23日(月)01時51分38秒
  荒れはじめた3歳の息子の件、お忙しいなかご回答ありがとうございました。

ご察しのとおり私自身は不安障害なのですが、育児のうえでの不安先行という症状には気づいていませんでした。
いまどきの母親に多い例なのかもしれません。
感受性の強い子供に育つそうなので、不安な様子自体も伝わっていたのでしょうね。

今回のことで育児の価値観が変わったように思います。
これまで乳幼児の可能性についていろんなことを期待していて、(今のところ)知能は高い子供に育ちましたが、どんな能力よりも心身ともに健康で安定していられることがやはり一番大事なのだと痛感しました。

先生にはウェブ上でもいろんな事を気づかせていただき感謝しています。
 
 

はやし浩司より

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2012年 7月19日(木)11時44分38秒
  【子育て相談・2例】

●17日、18日に、掲示板の方で、子育て相談を2例受けた。

Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

[投稿日時]2012年 7月18日(水)
[題名]5歳娘の行動のこと
[投稿者]MK

先生はじめまして。
年中5歳娘のことで相談をさせて下さい。
娘は一人っ子です。今年の4月から初めて保育園に通園し始めました。
引っ付き虫だった娘は、当然4月は「ママ、さみしいよー」と泣きながら通園してました。
私の姿が見えなくなると友達とニコニコあそんでたみたいです。

5、6月は「ママが帰るとさみしいよー」と、少しぐずって言ってましたが、だんだん泣かないで通園できていました。

7月に入ってからまた泣きながらの通園がはじまりました。
帰宅後、「ママ、○○はオシッコでるから、お水飲まない」と言ったり、今オシッコ行ったから寝てる時はおもらししないよね?、と聞いたり、もらしたらどうしよう・・・、今○○がこれ触った手でお友達触ってもどうにもならない?
大丈夫?、と先の心配ばかりしています。

いつもと少し違うなと感じ始めました。
いつ手洗ったりトイレいったらいいかわからない・・・と。

「夏は暑いから汗でるからたくさんお水飲んで大丈夫よ。
おもらししたって大丈夫だよ、心配ないよー」と、その都度言いました。
ちなみに一度もおもらしした事はないです。

保育園のお友達がもらしたのを見て心配になったのかなと思いましたが、それもなさそうです。
とにかく色んな事が心配になってきたみたいで、担任の先生に相談しました。

娘の保育園は年長10人位年中児、6人の縦割りクラスです。
先生も娘のことを気にかけて下さりました。
年長さんや年中さんなので自主性を求めるために少しずつ「手洗ってきなさい、トイレ行ってきて下さい・・・」を言うのを減らしてきました。
だからまだ3か月しか園生活していない娘さんは不安になったのではないかな、とのことでした。
実際、先生が○○ちゃんは言った方がいい?、と尋ねられたところ、娘はそっちがいいと答えたそうです。

それから少し落ち着くかな、と思ってましたが、それに加えて手を洗わないと心配と言い出したり、床触ったから洗ってくるといいだしたりします。
「耳の所触ったけどお友達触ってもどうにもならない?」と、すべてが不安になりだしました。
「大丈夫大丈夫それ位で皆どうもならないよー」と、私が言いますが、心配不安の様子。
おとといは、朝から着替える時、頭から服を被った時に、よだれがついたから着替える!!」、大丈夫よと言ってもカーっとなって我を通すだけです。

足で踏んだから汚いからこの服は洗って!!と言ったり、なだめようと抱っこしようとしたら、「ママ汚いの触ったから今は触らないで・・・」と。
さすがにこの言葉に私は泣きたくなりました。
主人が帰ってきても「パパお仕事して洋服汚れてるけど、抱っこしたからパジャマ着替える・・・」とか。

手におえない位にグズることがありどうしようもなくなってしまいます。
抱きしめたくても汚れてる、と言われたりしてできない時はどうしたら良いでしょうか?
娘の気が済むようにあれもこれも着替えを気の済むようさせるべきですか?
どうしたらイイかわからない時があります。
時折、自分の手が床に付かないように手を挙げてるような時もあります。
通園時、靴のテープも朝は触りたがらなくて困りました。
お迎えの時は自分で履いてました。

保育園ではお利口にしすぎてるのかな?、と先生がおっしゃってました。
自宅ではママが困ると分かるからチョット気に食わないと行動づるのかなともおっしゃってました。
3か月通園して廻りの子は慣れてるから何でも出来るし指示されないと不安になるし張りつめた気持ちが破裂してしまったのかな。。。
かんしゃく時、私には気に食わないと、足で弱めに蹴ったりもしてきました。

先生、抱きたくても触れない時、着替えると泣き喚く時とかどのように対処したらよいでしょうか?
汚れを気にし過ぎないで今までの娘に戻るにはどうしたらよいでしょうか?
これまで寝るとき保育園に行くときなど「、ママ大好き~。チユとしたりギュっとだきしめたりしてました。
昨夜も添い寝してると娘からチユとしてきました。
ホント難しいです。
どういう時に機嫌損ねるか分からないし対処できない時もあって・・・。

先生ニコニコの気にし過ぎない娘にまた戻れるようになれますか。
宜しくお願い致します。

Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

[題名]3歳児(男児)が荒れはじめました
[投稿者]高齢出産の母 (以下、KRさん)

4か月前から3歳半の息子が少しずつ荒れ始めました。
先生がお書きになっている幼児の神経症の症状がいくつもみられます。
明るく活発で無鉄砲な反面、利口で神経質な性質の子供です。
緊張しやすいですが、直接的な態度には表しません。

幼稚園入園や海外滞在、おむつトレーニングなどが重なり、荒れた行動→方々から感情的に叱られることも多々あり、神経が疲労してしまったのかと思います。

幼稚園では真面目な児童のようです(過剰適応気味)。

母親の私自身は長く精神不安をかかえており、父親はストレス状態にあり、息子には不安定な家庭環境を与えてしまいました。

自我がめばえてからは本人の主張が強いあまりに、私は言いなりになっていることが多く、甘えの欲求にも応えようとしてきました。
父親は筋違いの厳格さなどもあり、ちぐはぐな躾だったのかもしれません。

息子は好奇心が旺盛で、人と関わりたい、注目を集めたい、褒められたい、などの欲求が強く、最近では自分の欲求が満たされなかったり、自分の思う通りに相手が動いてくれないと、かんしゃくを起したり、暴力で訴えたりします。

神経が衰弱しているため、ストレスは避けたいところですが、自己形成の時期であるため思い通りにさせてはいけないと、ジレンマに陥っています。

大切な年齢ですので、ぜひ先生からアドバイスをいただきたく存じます。

Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

【はやし浩司より、MKさん、KRさんへ】

 回答が長くなりそうなので、掲示板ではなく、BLOGのほうで、書いてみたいと思います。
今しばらくお待ちください。
明日(7月20日朝)は、時間ができそうなので、そのとき考えてみます。
ともに「神経症的な症状」ですね。
基本的には、不安先行型の子育て、心配先行型の子育てが、基本的な原因と考えてください。
母親自身の「心」をそっくりそのまま受け継いでしまっているというわけです。
つまり「何をしても心配だ」式の子育てを、恐らく妊娠時からしてしまったというわけです。
そういう点で、「基本的信頼関係」の構築に、失敗したとみます。

 で、こうした神経症的な症状を見せる子ども(チック~夜尿症~潔癖症など)は、珍しくありません。
私がどこかの小学校で調査した、調査結果もありますので、また明日にでも、BLOGのほうで紹介します。

 では、今日は、これで失礼します。


Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

【雑感・あれこれ】(2012年7月18日記)

●梅雨明け

 昨日(7月17日)、梅雨が明けた。
長くつづいた曇り空が、一転、澄んだ青空に変わった。
気温は、30度前後。
自転車で走る。
半時間も走ると、全身がさわやかな汗に包まれる。
家に入る。
頭から水をかぶり、扇風機に当たる。
その爽快感がたまらない。

●台風

 台風X号が、九州の西を北上している。
気象庁の天気図を見る。
どうやら北朝鮮へ。
ピョンヤンの直撃コース。
台風から伸びる雨雲が、すでに朝鮮半島を覆っている。
が、こう書くからといって、北朝鮮のことを心配しているのではない。
「かわいそうだ」とは、思うが、そこまで。

 降らなければ大干ばつ。
降れば大洪水。
今度の台風が、金正恩政権の命取りになるかもしれない。
問題は、そのあと。
静かに崩壊してくれれば、それでよい。
そうでなければ、そうでない。
それを思うと、気分が重くなる。

●懇談会

 今朝、父母懇談会をもった。
その中で、こう言った。
「受験競争を子どもに強いることは、虐待です」と。

 昔、ベッドから引きずり出されていた子ども(小5男児)がいた。
その子どもは、毎日、5ページ、問題集を解くことになっていた。
その日のノルマ(問題集)をしていないと、引きずり出された。
話を聞くと、母親はこう言った。

「父親は、毎晩夜遅く帰ってきます。午前1時とか、2時になることもあります。そのあと息子の問題集をチェックし、ノルマを果たしていないと、息子をベッドから引きずり出し、勉強をさせています」と。

 これを「虐待」と言わずして、何と言う?

 が、親たちには、その意識はない。
「子どものため」と、思い込んでいる。
子どものためと思いながら、子どもを虐待している。

 当然、子どもの心はゆがむ。
傷つく。
最近の研究によれば、脳(扁桃核)に、本当に傷がつくという。
目に見える物理的な傷である。
子どもの心も、親から離れる。

 ……という話は、すでにどこかで書いた。
懇談会では、その話をした。
「受験競争は避けては通れない道かもしれませんが、やり方をまちがえないように!」と。

●眠い

 今、この文章を、歯科医院の待合室で書いている。
私が5人目だったが、今、2人が、診療室に入っている。
たった今、85歳前後の女性が、診療室から出てきた。
骨と皮だけ。
ガリガリにやせている。
動作も鈍い。

 よい医師を見つけるのは、たいへんむずかしい。
よい友だちを見つけるのと同じくらい、むずかしい。
方法がないわけではない。
その地域の、信頼のおける友人か、知人に聞くとよい。
年配の人であればあるほど、よい。

 で、この医院の名前は、金原歯科医院。
浜松市の鴨江町にある。
(元裁判所前。一本、道を入ったところにあるので、通りからは見えません。そのあたりでお聞きになると、よいでしょう。予約制ではなく、たいてい1回の治療で、すべて終わります。)

今日で、3度目。
「いい医院」と確信がもてたので、実名をここに書く。
(今まで、30年以上通ったK医院は、去年の終わりごろ、廃業した。)

 みなさんも、もし歯科医院選びで迷ったら、金原歯科医院にしてみてはどうでしょうか。
私はこの目と、歯で、しっかりとそれを確かめました。
私が保証します。

●イノシシ

 このところカメラをいつも、ぶらさげている。
どこへ行くにも、ぶらさげている。
パナソニックのGF5。
すごいカメラ。
が、すご過ぎる。

 その瞬間、ふつうの写真を撮るのがむずかしい。
あれこれと操作している間に、シャッターチャンスを逃してしまう。

 そこで今夜、車の中で、(ふつうの写真)が撮れるように設定しなおした。
「できれば、UFOを撮りたい」と。

 が、山荘の入り口を入ったところで、ワイフがふつうでない声を張りあげた。
「すわっ、UFOか!」と思った。
が、見ると、車のライトに照らされて、イノシシの子ども。
4頭!

 手に構えていたカメラをそちらに向け、シャッターを切る。
このタイミングのよさ。
ややピンボケだが、そこそこの写真が撮れた。

「UFOのほうが、よかった」と私。

●タヌキ

 イノシシの話をしていたら、ワイフがこう言った。
「昨日、うち(浜松市内の自宅)の庭をタヌキが歩いていたってエ」と。

私「タヌキ?」
ワ「そう、S(息子)が、見たってエ」
私「ネコの見まちがいじゃあないのか?」
ワ「タヌキだってエ……」と。

 ハクビシンは毎年、やってくる。
子連れでやってくる。
ほかにイタチも出る。
ヘビもいる。
サルも出る。
アライグマも出たことがある。

 リスは、いつもいる。
野鳥については、フクロウをはじめ、キツツキも出る。
スズメはもちろん、ホウジロ、ウグイス、メジロ……。
ツグミ、ムクドリ、ヒヨドリ、山鳩、サギ、モズ……など。
ほかに名前のわからない鳥、数種類。
我が家は自然動物園のよう?

 一方、山荘のほうでは、これまた別の野鳥がやってくる。
私が好きなのは、ホトトギス。
ほかにもあるが、ここには書ききれない。
そう言えば、キジを見かけなくなった。
ウズラも、ここ数年、見ていない。
コジュケイは、健在。
ときどき、チョットコイ、チョットコイと大きな声を張りあげる。

 が、今夜はイノシシ。
こういうことがあるから、山の生活は楽しい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 金原歯科医院 鴨江 元裁判所前)


Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司

http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/

 

3歳児が荒れはじめました

 投稿者:高齢出産の母  投稿日:2012年 7月18日(水)23時46分23秒
  4か月前から3歳半の息子が少しずつ荒れ始めました。
先生がお書きになっている幼児の神経症の症状がいくつもみられます。
明るく活発で無鉄砲な反面 利口で神経質な性質の子供です。
緊張しやすいですが、直接的な態度には表しません。

幼稚園入園や海外滞在、おむつトレーニングなどが重なり、荒れた行動→方々から感情的に叱られることも多々あり、神経が疲労してしまったのかと思います。

幼稚園では真面目な児童のようです(過剰適応気味)。

母親の私自身は長く精神不安をかかえており、父親はストレス状態にあり、息子には不安定な家庭環境を与えてしまいました。

自我がめばえてからは本人の主張が強いあまりに、私は言いなりになっていることが多く、甘えの欲求にも応えようとしてきました。
父親は筋違いの厳格さなどもあり ちぐはぐな躾だったのかもしれません。

息子は好奇心が旺盛で、人と関わりたい、注目を集めたい、褒められたい などの欲求が強く、
最近では自分の欲求が満たされなかったり、自分の思う通りに相手が動いてくれないと 疳癪を起したり、暴力で訴えたりします。

神経が衰弱しているため、ストレスは避けたいところですが、自己形成の時期であるため思い通りにさせてはいけないと ジレンマに陥っています。

大切な年齢ですので、ぜひ先生からアドバイスをいただきたく存じます。

 

半世紀様へ

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2012年 7月11日(水)22時16分11秒
  誤解が多々ありました。
不愉快に思われたことに、おわびいたします。

この種の問題は、今、大変多く、あちことで同じような相談を受けます。
それで半世紀さんの投稿をもとに、自分の考えをまとめてみました。

掲示板では、内容を確認することもできなかったものですから、そのへんの限界を、
どうかご理解ください。
(電話相談だとそういうことはないのですが・・・。)

はやし浩司

http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/

 

姉の情緒不安

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2012年 7月11日(水)22時08分28秒
  【AEさんより、はやし浩司へ】

はじめまして。
幼稚園年中(5歳)の娘のことでご相談させて頂きたく書き込み致しました。

年中にあがった4月から、幼稚園つまらない、行きたくないと言い続けています。
朝は1時間バスに乗って幼稚園に通っています。
出発は小学生の登校時間とほぼ同じです。
何度かべそをかきながらバスに乗ることもありました。

5月に先生にもご相談してみましたが、「何度か突然泣きだしてしまうことがありましたが、先生やお友達など環境が変わった事があるかもしれません。
幼稚園ではお友達とも遊んだりしているし、特にこれといった大きな理由があるようには思えないので、しばらく様子をみましょう」とのことでした。

しかし、5月の保育参観では私の顔をみるなり泣きだしてしまい、7月の夏祭りでも泣いてしまって、盆踊りもほとんど踊りませんでした。
後でそれとなく理由を聞くと、みんなのお母さんが見てるから恥ずかしいとのことでした。

6月の初め頃から登園前に腹痛が加わってきました。
幼稚園行きたくないって思うから痛くなっちゃうのかもよ、と言ってみたところ、「思わなくても痛くなっちゃう」と言っておりました。
昨日、バス通園をやめて車で送ったところ、緊張のせいか車でグッタリしていました。
ただ車から降りると手を振って教室に入って行きました。
そして本日も「行きたくない…」と言ったので、幼稚園を休ませました。

しかし、つい先日園の役員をやっているお友達のママが、「幼稚園で会うと、Aちゃんから声をかけてくれたり、手を振ってくれたりしてくれてるよ」と教えてくれました。

登園しぶりは年少の時にもありました。
年少の6月にある日突然大泣きし、行きたくないと言ったので、一日休ませました。
先生に相談したところ、「Aちゃんは頑張りすぎてないか心配していましたので、疲れが出たんだと思います。こちらもフォローしてみます」とおっしゃってくださり、その後は問題なく登園しておりました。

年少の時も参観ではモジモジしており、夏祭りではずっと泣いて先生に手をつながれていましたが、10月の運動会、2月の音楽会では立派な姿を見せてくれて、随分成長してくれたなと思っておりました。

本人は内弁慶ですが、気は強い方だと思います。
小さいころからしっかりしていると言われていて、幼稚園に入ってまさかこういうことになるとは正直思ってもいませんでした。
外遊び大好きで、幼稚園から帰ってくると同じマンションのお友達とお外で遊んだり、雨の日はお友達のお家などで楽しく遊んでいるように思います。

ただ、生後間もない時から一緒にいるお友達でも、大人数で集まって一緒に遊ぶとなると、毎回最初の1時間ぐらいは私にベタベタしています。

尚、もうすぐ3歳になる妹がいます。

私自身、1人っ子で、自分のペースを乱されるのに感情的になっていたと思います。
ちょうど彼女が一番甘えたい時期に、私が下の子の育児で一杯いっぱいになっており、手を出すこともありました。
色々とかわいそうな思いをさせて娘に申し訳なかったと、先生のHPなどを拝見して今更ながら反省しております。

また、私自身過敏性腸症候群であったり、神経症的な部分があると自覚しています。
「こうでなければならない」という観念も強く、おおらかな子育てができていないと思っています。

ただ、主人はとても穏やかな性格で、子供の面倒見も本当によく、大変助けられていると感じています。
今回のことも一緒に考えてくれています。

上記の内容をご覧になり、娘はどのような問題を抱えどのような状況にあるのか、私はこれからどのように対応していけばよいのか、アドバイスがありましたらお伺いいたしたく、よろしくお願いいたします。

【はやし浩司より、AEさんへ】

 原因は、下の子です。
嫉妬が日常化し、「お姉ちゃんだから……」と、いろいろな場面で、プレッシャーがかかっていることもあります。
(外の世界で、懸命に、いい子ぶっているのは、そのためです。)
簡単に言えば、娘さんは、慢性的な愛情飢餓状態にあります。
それが転じて、神経症的な症状をいくつか示しているというわけです。
「ママ、私にもっと関心を向けて」と。

 2~3年前ですが、あの新生児ですら、親に向かって、愛着行動を繰り返していることがわかりました(アメリカ、サイエンス誌)。
親の愛情を自分のほうに向けさせるため、親をして、「かわいい」と思わせるよう、親を誘導しているというわけです。
いわんや……、ということで、一連の不可解な行動は、愛情飢餓が原因と考えてください。

 解決方法は簡単です。

 もう一度、上の姉に、100%の愛情を注ぎなおします。
多少の問題(甘えん坊的な依存性など)は、起こるかもしれません。
しかしこの際、思い切って、100%、注ぎなおしてみます。
子どもの側からみて、安心できる家庭環境を用意します。
「何をしても許される」「何をしてもいい」という、絶対的な安心感が、姉の心を落ち着かせます。
「絶対的」というのは、「疑いを抱かない」という意味です。
下の子が、さみしい思いをするかもしれませんが、下の子は、すぐそれを受け入れます。

 コツはいくつかありますが、(1)求めてきたときが、与えどき……と考え、娘さんが、何かの愛情を求めてきたら、すかさず、抱いたりしてあげます。
「あとでね」「忙しいのよ」は、禁句。
すかさず、です。
添い寝、抱っこ、いっしょの入浴など、もう一度、娘さんが、乳幼児だったころの、(=下の子がいなかったころの)、状況に戻します。

 年齢的に、やや時間がかかるかもしれません。
たとえば3~6か月ほどです。
その間、幼稚園へは、適当に行けばよいとおおらかに構えてください。
ときには、幼稚園をさぼって、親子で動物園などへも行ってみてはどうでしょうか。

 ……家に帰っても、自分の居場所がない?
今は、そんな状況です。
(何か、赤ちゃん返りによる症状も出ているはずですが……。
妙によい姉を演じたりする、など。
これを反動形成と呼んでいます。
あるいは親の見えないところで、下の子に攻撃的ないじめをするとか。
もちろん赤ちゃんぽくなり、おねしょうをしたりするなど……。)

 あとは白砂糖の多い食生活を避け、K、Mg、Caの多い食生活(海産物中心)の献立に切り替えてみてください。
不安定な心は、それで落ち着きます。
(ついでにダラダラした姿勢も、それでなおります。)

 不安先行型の子育てになっているようなら、もちろん改めます。
顔を見たら、ほめる……を繰り返し、あなた自身の心も作りなおします。
お姉さんが完ぺきにできることを求めるのではなく、万事、適当に。
遊戯会など、舞台で、それらしく踊れば、それでよいのです。
(もちろん、それでもほめてやりますが……。)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

似たような相談が、少し前にありました。
転載します。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【SKさんより、はやし浩司へ】

『はじめまして。息子のことで悩んでおり、こちらを見つけました。どうぞよろしくお願いします。

息子は7歳(小一)で、下に3歳(年少)の妹がいます。
父母との4人暮らしです。
ここ2年くらい、不機嫌なことが多く(波があっておだやかな時期もあるのですが)、イライラしているとほんの些細なことで騒いだり、母親の私に乱暴をしたり(手加減はしてるようですが)、ものを倒したり本棚の本をぶちまけたりします。

今までは家の中で私に当たることが多く、幼稚園や公共の場で困ったことをすることはなかったのですが、小学生になって1学期の終わりくらいから、家以外での問題行動が増え、学校では授業中立ち歩いたり他の子にちょっかいを出したり、物を投げたりとにかく落ち着きがないようで、先生も困っている様子です。

先生の記事もいくつか読ませていただいて、何か家庭で問題があるのかなと考えているの
ですが、なかなかよい解決方法が見つからずにいます。

うちは父親が厳しく、母親が優しいという感じの家庭です。
私自身は子供を信頼して口は出さないおおらかな母に育てられ、私の兄も私も反抗期もなく自立しました。
子供もそのように育てたいと思っています。
できるだけ子供の話はよく
聴いて気持ちに共感しているつもりです。
泣きたいときは我慢せずに泣かせたり。子供の
悪い部分には注目せずに頑張っているところやあたりまえの行動に注目して、子供のあるがままを認めてあげたいと思ってきました。
なので、これ以上どうしたらいいのか悩んでいます。

息子の特徴としては、気が弱くて、ちょっと神経質なところがあります。
小さいときから
ブランコなど恐くて乗れなかったり、自信のないものにはチャレンジできなかったり。
運動は苦手ですが、工作など物を作るのが大好きで、同年齢の子に比べると高度な物が作れます。

ただ完璧主義で思う通りに作れないと癇癪を起こしたりします。
家族でも人が口をつけたものは口にしません。
ルールから外れるのを嫌がり、公共の場所では注意書きを気にします。
飲食禁止と書かれたところで妹に水を飲ませようとするだけでも怒ります。
妹が悪いことをするのも許せません。
自分に何かされたわけでなくてもよく妹に怒っています。

何かに遅刻しそうになると「もう行かない」などと、遅れることを嫌がります。
学校へも忘れ物するのが嫌で教科書などは全て毎日ランドセルに入れています。
学校の勉強には充分ついていけているようですが、宿題などで間違えに気づくと「お母さん消して!」「もうやんない」と放り投げます。

照れ屋で口が悪いので素直に友達に「入れて」と言えなかったり、友達作りも苦手なほうです。
同じマンションで仲のいい友達がいてそのこと遊べているので楽しいときもあ……(以下、10行ほど、文字化け)……父親は弱虫でいつまでも母親にべたべたしている息子に不満を持っていて、厳しく叱っています。

息子は父親の顔をかなりうかがっており、父親が家にいるときは悪いことはしません。
父親自身体罰ありの厳しい家庭に育っています。
自分の思い通りにならないとすぐイライラして相手に怒りをぶつけます。
よく考えると息子は父親にかなり似ています。

主人には「お前があまやかしてるからつけあがっているんだ。
悪いことをしたらシバいたほうがいい」と言われます。
確かに、息子は私に命令するときもあり、それをきかないと騒ぐので私も言うことをきいてしまうことがあり、私はなめられているのかなという気もします。

ただどうしても本人も自分の性格をもてあまして苦しんでいるようにも思え、私にしか発散できないなら受け止めてあげたほうがいいのかなとも思ったり。
人を傷付けたり誰かに迷惑をかけるようなときは厳しく言っているつもりですが、それ以外のことでは甘いのかなあと。

今はまだ押さえることができますが、もっと大きくなって暴れられたらどうしようという
不安もよぎり。
その気持ちがあるということは心の底から子供を信頼できていないのかな。
それを息子は見抜いているのかなとも思ったり。
そんな感じで、どうすべきか今悩んでいます。何かよいアドバイスがあればよろしくお願いします。

●愛情飢餓

 一口で言えば、「愛情飢餓」。
SKさんの息子は、慢性的な愛情飢餓状態にある。
原因は、「下の子が生まれた」こと。
こういうケースでは、親は、「平等にかわいがっています」と言う。
しかし上の子にしてみれば、「平等(=半分)」ということが、おもしろくない。
下の妹は、家族というより、自分から母親を奪った「恋敵(こいがたき)」ということにな
る。
 要するに家庭教育の失敗ということになる。
で、こういうケースのばあい、もう一度、全幅の愛情を、上の子(息子)に注ぎなおして
みるしかない。

(妹にはかわいそうだが、こういうケースのばあい、妹には、寛容力があるはず。)
添い寝、手つなぎ、抱っこ、いっしょの入浴など。

子どもがそれを求めてきたら、すかさず、愛情表現をしてやる。
「あとでね」とか、「今、ママは忙しいの」は、禁句。

 子どもの側からみて、安心感を覚えるような家庭環境を大切にする。
問題は、父親(=夫)だが、父親と対立するのは、まずい。
「あなたの言うとおりね」と言いながら、父親の言いたいこと、したいことを、先にまわ
ってする。
父親も、息子を相手に、飢餓状態にある。
つまり嫉妬している。
父親も、大きな駄々っ子と思えばよい。
権威主義的に見えるかもしれないが、それも自分の弱さを隠すための反動形成と考えれば
よい。

(詳しくは、「はやし浩司 反動形成」で検索。)

 コツは、息子を、けっして家族から孤立させないこと。
父親と息子を断絶させないこと。
親子の糸を切らないこと。
息子に、そう感じさせないこと。
キーワードは、先にも書いたが、「安心感」。
息子が安心しているかどうかだけを見ながら、接する。

 こういうケースで気をつけなければならないのは、親がアタフタすること。
叱ったり、説教したりするなど。
それが悪循環となり、息子をますます悪い方向に追いやってしまう。

 その安心感を覚えるようになれば、1週間単位で、症状はウソのように消える。
つまり息子は、そういう形で、母親のあなたを困らせる。
困らせて、自分へ関心を向けさせようとしている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)
●反動形成

●もう1人の自分(反動形成)(Another Man in Me)

 自分にとって、受けいれがたい、もう1人の自分を感じたとき、その自分を抑圧するために、人は、それとは正反対の自分を演ずることがある。
これを「反動形成」という。

 その中でも、とくによく知られているのが、牧師や教師による、反動形成。
たとえば、牧師や教師の中には、ことさら、セックスの話や、露骨な話を嫌ってみせる人がいる。

 特徴は、「ことさら」、つまり、不自然なほど、大げさな様子を見せること。
信者や生徒が、「セックス」という言葉を口にしただけで、「オー、NO!」と大声で、叫んでみせたりする。

 これは自分の職業観とは相容れない、許しがたい欲望を、自分の中で、抑圧しようとして起きる現象である。

 ほかに幼児の世界で、よく知られている反動形成の例に、弟(妹)思いの、よい兄(姉)がいる。
本当の自分は、弟や妹を、殺したいほど憎んでいるのかもしれない。
しかしそんな感情を表に出せば、自分の立場がなくなってしまう。

 そこでその兄や姉は、ことさら、人前で、よい兄や姉を演じてみせたりする。
しかしこれは意識的な行為というよりは、無意識下でする行為と考えてよい。
本人に、その自覚はない。

 さらに、その醜い本心を偽るために、仏様のように(できた人)を演ずる人もいる。
老人に多い。
自分自身の醜い素性を、隠すためである。
このタイプの人は、何十年もかけて(ニセの自分)をみがきあげているので、ちょっとやそっとでは、他人には、それを見抜くことができない。
何十年も近くで住んでいる親類にすら、「仏様」と思いこませてしまう。

 反動形成であるかどうかは、先にも書いたように、「ことさらおおげさな」様子を見せるかどうかで判断する。
反動形成による行為は、どこか様子が不自然で、ぎこちない。
ときにサービス過剰になったりする。

 本当はその客の来訪を嫌っているにもかかわらず、満面に笑顔を浮かべ、愛想よくしてみせる、など。

 こうして人は、本当の自分を抑圧するために、その反対側の自分を演ずることがよくある。

 たとえば力のない政治家が、わざとふんぞりかえって歩いて見せるなど。
あるいは体の弱い子どもが、みなの前で、かえって乱暴に振る舞ったりするのも、それ。

 ほかにもいろいろな反動形成がある。

 本当は、たいへんケチな人が、豪快に、人に太っ腹なところを見せる。
 心の中では憎しみを感じている社員が、その上司に、必要以上にへつらう。
 自分に自信のない人が、わざと大型の馬力の大きな車に乗ってみせる、など。
 もう少し、その反動形成を、自分なりに、整理してみる。

(嫉妬、ねたみ)→(見えすいた親切、やさしさ)
(欲望、願望)→(見えすいた禁欲者、謙虚さ)
(悪魔性、邪悪な心)→(見えすいた善人、道徳者)
(闘争心、野心)→(見えすいた謙虚さ、温厚さ)
(ケチ、独占欲)→(見えすいた寛大さ、おおらかさ)
(劣等感、コンプレックス)→(見えすいた傲慢さ、大物)
(だらしない性格)→(見えすいた完ぺき主義者、潔癖主義)など。

 わかりやすく言えば、反動形成というのは、自分の心を偽ることをいう。
中には、夫を心の中で憎みながら、その反動として、つつしみ深く、できのよい妻を演ずることもあるそうだ。(私のワイフなどは、その1人かもしれない? ゾーッ!)

 あなたの中には、はたしてその反動形成による部分は、ないか? それを知るのも、また別の自分を発見することにつながるのではないかと思う。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW BW教室 はやし浩司 反動形成 仮面 ペルソナ はやし浩司 愛情飢餓 赤ちゃん返り 不登園 はやし浩司 不登校)

(補足)

 たまたま今日、年長児のクラスで、おっぱいの話になった。
そのときのこと。
私が子どもたちに、「君たちは、おっぱいが好きか?」と聞くと、みな、おおげさな言い方で、「嫌いだヨ~」と叫んだ。

 これも反動形成の一つと考えてよい。
このころになると、子どもは「恥ずかしい」という言葉の意味がわかるようになる。
たとえば、赤ちゃんに見られることは、恥ずかしいことと考える。
だから(おっぱいが好き)イコール、(赤ちゃん)と考えて、それをあえておおげさに否定してみせたりする。

 しかしおっぱいが嫌いな子どもは、いない。
とくに男児においては、そうだ。
が、中に、正直な子どもがいたりして、私が、「ウソをついてはダメだ」と、強くたしなめると、小声で、しかも少し顔を赤らめながら、「好きだよ……」と言う子どももいるにはいる。
しかしそういう子どもは、例外と考えてよい。


Hiroshi Hayashi+++++++July. 2012++++++はやし浩司・林浩司2012/07/11

http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/

 

音信不通になった娘の母親Aです

 投稿者:半世紀  投稿日:2012年 6月21日(木)02時43分49秒
   何度が取り上げて頂き、音声で聴くこともできやや困惑しています。
 あれだけの拙い文章では、なかなか正確には伝えることは難しいのですが、誤解をされたまま独り歩きしてしまいそうなので改めて補足させて頂きます。

仕送りをやめて手渡しにしたのは、親の有難みをわかってもらうつもりは微塵もありません。
元気な顔を見せに来て近況を知りたかったのと、帰省すると高校の友達と会ったりしていたので、あの頃の自分も忘れないでほしいとの気持ちからです。

親の為に大学に行ってやったとの意識も全く逆です。地元の国立大学か就職かと迷っていたくらいです。経済的な意味ではなく田舎なので三流の私立しかない。幸か不幸か、塾にも行かず学校の勉強だけで進学校の特進クラスでトップレベルでした。高校の先生から説得される感じで大学に行くことになったのです。本人が行きたいと希望したのです。レベルは上位の国立大です。

プリントを3枚できたら4枚目をさせる親の話がありましたが、嫌がる子供に無理強いはNGですが、誉めてその気にさせるのはその子を伸ばす良いやり方ですし、うちは3枚で十分ですと言うと、先生から子供の可能性を摘む理解のない親となってしまいます。

学費は、本人は真面目なので成績は良く、ほぼ4年間返済不要の奨学金を支給されていたので私の生活にはあまり影響はありません。お金をかけたのにとの私の愚痴はありません。数年前に家も建てました。

大学院は、一応本人は司法試験を受け検察官になりたいと話していました。東大でも一握りの人しかなれないのにとの私の心配がネックでした。はっきり言って旧帝大の上位を条件にしました。受かったのはそれに近い大学です。大学自体は立派で決して定員割れする二流や私立ではありません。なのでハードルが高すぎたかなとの後悔も相談の意味にあったのです。大学の過ごし方は、バイトと部活と授業と暇があれば読書に明け暮れていたようです。周りはダブルスクールやら留学やらTOFELや資格取得と4年後を目指した過ごし方をしているとの話を聞いていました。長女はそのような自主的な勉強がなかったという意味で遊び呆けていたのではありません。でももし司法を目指すならそのくらいのやる気と研究心やむさぼるほどの根性がないと無理と私なりに判断したので、厳しかったかと悩んでいました。それこそ親の価値観の押しつけかと。
しかし先日、法科大学院は8割以上が定員割れで満たしているのは10校程度、受かっても放棄との報道を見て、自分なりにやはりこれで良かったんだと思いました。その後どうするかは本人次第で、心の中で見守りたいと思います。

長女は上手くいっている時は、優しい良い子でした。思い通りじゃない時は辛く当ります。大学に入りいろんなことにぶつかり、私が押し付けた(?)価値観に反発を感じ離れていった気がします。本人も今までずっと優等生で尊敬されてきて失敗を経験していないと危惧していましたが、初めて挫折を味わった敗北感の矛先が私のようです。

ただ、私の周りにまさしく親の見栄とプライドと執念で子供を洗脳し医者させた親がかなりいます。しかし結果ステイタスと経済力を手に入れることができ裕福になっているため親を恨んでいる人はいません。医者になれなかった人はそれこそ親のエゴとして断絶へと転がっていく。
終わりよければ全て良しでしょうか。

最近親の世話の話が出ていますが、エゴや義務の次元ではなく、子育ての結果だと思います。
あらゆる意味から親を思いやる心・豊かさを持った子供に育てたなら、親が希望せずとも気にかけてくれます。そうでなければ棄てられます。老後、穏やかに子供や孫と仲良く過ごせていたら子育ては成功。そうでなければ失敗、自業自得。ということを子育てが終わって自分や周りの人を見て学びました。
 

子育てに自信がなくなった母親より。

 投稿者:さるな  投稿日:2012年 6月16日(土)21時53分16秒
  先日は早速の回答ありがとうございました。確かに『甘えが通る一方で、ガミガミ叱ってた』と気づかされました。
今、感情のままにやってしまうガミガミを押さえるよう努力しています。
行けずにいたスポ少も、頑張ってます。
が、隙あらば財布から現金を盗るのはまだまだ油断出来ません。
私も、どうしていったらいいのかと頭を悩ませ頭痛と吐き気とで参ってしまう日も多々あります。
宿題もしなくなりました。私が『宿題しなさい』とうるさいのもあるかもしれません。
私もそうでしたが、勉強はきっかけがあってやる気になるのだと思うのですが…
自分のためにすることを自覚するまでは『しなさい』と言っても段々しなくなる一方な気がします。
先日のアドバイス以降、祖父母は腫れ物に触るような感じになってしまいました。
試行錯誤が続きそうです。
 

子育て失敗をしてしまったAです

 投稿者:半世紀  投稿日:2012年 6月13日(水)23時51分18秒
  早速の長いご意見ありがとうございました。
詳しく書いたつもりですが、伝わっていないことが多々あり週末にでも書き込みさせて頂きます。(毎日、仕事&趣味でこんな時間になってしまうので)

大変なアクセス数と反響があったとか。
できれば、いろんな方のご意見や感想を聞きたいのですが どこを見ればそれらを見ることが出来ますか? 先の相談も実はどこに書き込んでいいかわからず、当掲示板に書いてみた次第です。すみません。


 

りんごの国さんへ

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2012年 6月13日(水)09時17分50秒
  掲示板のチェックをしていなく、最近、りんごの国さんの投稿を知りました。
返事は、私のメインHP
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
の子育てQ&Aのいちばん上に書いておきました。
参考になさってください。
現在は、みなが理解し合い、助け合うという風潮になってきています。
何もかも背負い込まず、甘えるところは甘えながら、おおらかに!!!

はやし浩司

http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/

 

URLについて

 投稿者:はやし浩司より  投稿日:2012年 6月12日(火)19時40分23秒
  Aさんへ
(子育て失敗?)の相談の方へ。
URLを張り付けても、表示されないようです。
「はやし浩司のメインHP]より、「子育てQ&A」へおいでください。
はやし浩司
 

追伸

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2012年 6月12日(火)13時17分29秒
  失敗した?、方へ

以下の方法でおいでください。
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
より、子育てQ&Aへ

はやし浩司

http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/

 

失敗をしてしまった子育ての方へ

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2012年 6月12日(火)10時34分25秒
  はやし浩司より・・・

【掲示板への相談より】

●音信不通になってしまった長女

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

掲示板に、こんな相談が届いた。
親子断絶についてのもの。
名前をAさんとしておく。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【Aさんより、はやし浩司へ】

●失敗してしまった子育て
はじめまして。
子供の事で悩んでおり、いろんなサイトで解決策を見つけていたらここにたどり着きました。
うまく伝わるかどうかわかりませんが、ご意見を頂けたら幸いです。

現在私50歳、長女23歳、二女21歳です。

14年ほど前に離婚し、遠方に引っ越し母子家庭として生活してきました。
幸い(今のところ)職に困らない資格を持っており、裕福ではありませんが、離婚後も生活には不自由していません。

長女の事で悩んでいます。

二人の子供は、生まれた時から自分より幸せになってほしいと必死でした。
乳児期の日光浴から始まり、習い事や行楽、躾や勉強にも一生懸命になってしまい、まさに、ずっと昔の中日新聞に掲載されていた母親と酷似しています。

長女は、国立大学の附属中学に入学し、親子とも大学は地元の国立大学に進学希望でしたが、高校の担任の先生からせっかくなのでもっとランクの上をと勧められ、寮があるから経済的にも可能かと思い遠方の勧める大学に合格し入学しました。
その時までは、私も娘も明るい未来に期待し大喜びしました。

ところが、家をでたとたん疎遠になり凶暴になってしまいました。
メールをしても電話をしても応答なし。
かろうじで来た返事は「邪魔!」とか、「死ね」と。
仕送りはやめて家で手渡しにしたところ、1年に1度程度帰って来る程度でした。
それでもお金や物をあげたときだけは、満足して優しい面を見せるときもありました。
4年間で親から離れ、時間やお金の使い方や人生を学んでくれたらと、好きにさせていました。

そして卒業後の進路の話になった時、法科大学院に行きたい(法学部でした)と言い出しました。
御存じなように簡単な世界ではないため、受験料や日程、入学後の費用や生活、その後の道など専門外の私にもわかるように説明を求めましたが、返答はありませんでした。
受験費用の要求だけでした。

とりあえず、4年間の生活が酷かったので、(細かく説明すると長くなるので省略します)、距離的な面や将来性や経済的な面から、私が納得できる所なら協力するが、それ以外は協力できないことを伝えました。
結果、私も応援し本人も志望したところは不合格で、協力できないよと話していたことろに合格しました。

そこは本人も最初は乗り気ではなかったのですが、4年の後半ということもあり今から就職も難しいから、行きたいと言い出しましたが、協力できないという約束を貫いてしまいました。
その後、自分の給料では生活できないため地元で仕事を探し、なんとか卒業間際に就職が決まり、新卒で入社することが出来ました。

当然いやいや実家に戻り、家から通っていましたが帰ってきたくないとの理由で、毎日終電で帰宅。
職場が通うには遠いのでお金がたまったら、1人暮らしをする予定ではいましたが、数ヵ月後家出同然で出ていきました。
もうちょうど1年になります。
「死んでくれ」「ほっといてくれ」「二度と関わってくるな」等のメールが来て、今は音信不通です。
住所も言わず着の身着のままで出ていきました。

私は今は二女と二人で住んでおり、二女を頼りに、なんとか長女との消息はわかりましたが、二女も長女の身勝手ぶりに愛想を尽かし関わりたくないと言い、姉妹も疎遠です。

恥ずかしながら、過去の記事やサイトにあるとおり、今振り返ると“自己中心的な親”でした。
誉めるのも上手ではありませんでした。
厳しすぎました。
熱心なだけで優しい母親ではありませんでした。
でも、実は私自身も同じように育ちました。

そこでやっと質問です。

(1)法科大学院の反対は間違っていたのでしょうか?
私の目からは、家に帰ってきたくない手段にしか思えませんでした。
合格率や本人の意思や成績をみていると、黙って何百万も出すほど勇気はありません。
もちろんお互いの納得のもとなら借金をしてでも応援するつもりでした。
25歳過ぎて再出発するのも不安でした。

(2)長女とどうしたら和解できますか?
おそらく“無理”との回答かと思われますが、やはり仲直りとまではいかなくても、消息くらいは伝えてくれる程には改善したい。
下手に接触を求めると、もっと遠くに行ってしまいそうなので、家を出てからは連絡していません。
どう接触したらよいでしょうか。

自分の人生だけを生きなさいとの意見も拝見しましたが、日々の生活は趣味も仕事も充実しています。
昼間は仕事をし、夜は趣味のテニスに熱中し、寝る前は生活の一部でもある読書をし1日フル回転です。
土日は、試合に出て学生さながらに没頭しています。
それでも疲れた時は、たまに旅行にも出かけたりもしています。
そんな忙しい毎日でも、やはり子供のことは頭から離れるものではありません。
忘れられるものではありません。

お忙しいこととは思いますが、ご意見聞かせていただければ幸いです。

【はやし浩司より、Aさんへ】

●時代は、変わりました

 簡単に言えば、時代が変わったということです。
そうであってはいけないと私も思いますが、これも時代の(流れ)ですね。
いろいろ抵抗をしてはみますが、川の中に立てる竿程度の効果しかありません。
子どもたちは、子どもたちで、大きな川の流れの中に身を置き、その流れに身を任せていきます。
たとえば今、若い人たちに、「孝行論」を説こうものなら、それを「束縛」「拘束」と捕えます。
私が「あなたの親のめんどうは、だれがみるのか?」と質問すると、こう答えます。
「親が、子どもを束縛するものではない」とか、「拘束するものではない」とです。

 中には、こう答えた若者もいました(私のBLOGへの反論)。
30歳くらいの男性で、最近父親になったようです。

「私は子どもを自由に育てる。親のめんどうをみろと私は自分の子どもには言わない。子どもをそういうふうに束縛したくない。そういう子育てを目指します」と。
さらに「あなたも自分の老後が心配なら、息子さんに頼めばよい」とも。

 まだ子育てが何であるかも知らないような、また親の介護もしたことがないような若者がそう言うから、おかしい。
老親の親のめんどうをみるのは、民法上も、子どもの義務なのです。
その義務感そのものが、喪失しました。
悪しき西洋文化の影響と、私は考えています。



********つづきは、以下のページでご覧ください*************



http://hiroshihayashib.ninja-web.net/page021.html#label8


***************************************

はやし浩司
 

失敗してしまった子育て

 投稿者:半世紀  投稿日:2012年 6月10日(日)22時30分3秒
  はじめまして。
子供の事で悩んでおり、いろんなサイトで解決策を見つけていたらここにたどり着きました。
うまく伝わるかどうかわかりませんが、ご意見を頂けたら幸いです。

現在私50歳、長女23歳、二女21歳です。
14年ほど前に離婚し、遠方に引っ越し母子家庭として生活してきました。
幸い(今のところ)職に困らない資格を持っており、裕福ではありませんが、離婚後も生活には不自由していません。

長女の事で悩んでいます。

二人の子供は、生まれた時から自分より幸せになってほしいと必死でした。
乳児期の日光浴から始まり、習い事や行楽、躾や勉強にも一生懸命になってしまい
まさに、ずっと昔の中日新聞に掲載されて転載されていた母親と酷似しています。

長女は、国立大学の附属中学に入学し、親子とも大学は地元の国立大学に進学希望でしたが、
高校の担任の先生からせっかくなのでもっとランクの上をと勧められ、寮があるから経済的にも可能かと思い
遠方の勧める大学に合格し入学しました。その時までは、私も娘も明るい未来に期待し大喜びしました。

ところが、家をでたとたん疎遠になり凶暴になってしまいました。
メールをしても電話をしても応答なし。かろうじで来た返事は「邪魔!」とか「死ね」
仕送りはやめて家で手渡しにしたところ1年に1度程度帰って来る程度でした。
それでもお金や物をあげたときだけは、満足して優しい面を見せるときもありました。
4年間で親から離れ、時間やお金の使い方や人生を学んでくれたらと、好きにさせていました。

そして卒業後の進路の話になった時、法科大学院に行きたい(法学部でした)と言い出しました。
御存じなように簡単な世界ではないため、受験料や日程、入学後の費用や生活、その後の道など
専門外の私にもわかるように説明を求めましたが、返答はありませんでした。
受験費用の要求だけでした。
とりあえず、4年間の生活が酷かったので(細かく説明すると長くなるので省略します)
距離的な面や将来性や経済的な面から、私が納得できる所なら協力するが、
それ以外は協力できないことを伝えました。
結果、私も応援し本人も志望したところは不合格で、協力できないよと話していたことろに合格しました。
そこは本人も最初は乗り気ではなかったのですが、4年の後半ということもあり今から就職も難しいから、
行きたいと言い出しましたが、協力できないという約束を貫いてしまいました。
その後、自分の給料では生活できないため地元で仕事を探し、
なんとか卒業間際に就職が決まり、新卒で入社することが出来ました。

当然いやいや実家に戻り、家から通っていましたが帰ってきたくないとの理由で
毎日終電で帰宅。職場が通うには遠いのでお金がたまったら
1人暮らしをする予定ではいましたが、数ヵ月後家出同然で出ていきました。
もうちょうど1年になります。
「死んでくれ」「ほっといてくれ」「二度と関わってくるな」等のメールが来て
今は音信不通です。住所も言わず着の身着のままで出ていきました。

私は今は二女と二人で住んでおり、二女を頼りになんとか長女との消息はわかりましたが、
二女も長女の身勝手ぶりに愛想を尽かし関わりたくないと言い、姉妹も疎遠です。

恥ずかしながら、過去の記事やサイトにあるとおり 今振り返ると “自己中心的な親”です。
誉めるのも上手ではありませんでした。
厳しすぎました。熱心なだけで優しい母親ではありませんでした。
でも、実は私自身も同じように育ちました。

そこでやっと質問です。

① 法科大学院の反対は間違っていたのでしょうか?
      私の目からは、家に帰ってきたくない手段にしか思えませんでした。
      合格率や本人の意思や成績をみていると、黙って何百万も出すほど勇気はありません。
      もちろんお互いの納得のもとなら借金をしてでも応援するつもりでした。
      25歳過ぎて再出発するのも不安でした。

② 長女とどうしたら和解できますか?
      おそらく“無理”との回答かと思われますが、やはり仲直りとまではいかなくても
      消息くらいは伝えてくれる程には改善したい。
      下手に接触を求めると、もっと遠くに行ってしまいそうなので 家を出てからは連絡していません。
      どう接触したらよいでしょうか。

自分の人生だけを生きなさいとの意見も拝見しましたが、日々の生活は趣味も仕事も充実しています。
昼間は仕事をし、夜は趣味のテニスに熱中し、寝る前は生活の一部でもある読書をし1日フル回転です。
土日は、試合に出て学生さながらに没頭しています。
それでも疲れた時は、たまに旅行にも出かけたりもしています。
そんな忙しい毎日でも、やはり子供のことは頭から離れるものではありません。
忘れられるものではありません。

お忙しいこととは思いますが、ご意見聞かせていただければ幸いです。
 

娘への接し方での悩みについて。

 投稿者:りんごの国  投稿日:2012年 5月15日(火)00時55分26秒
  はやし 浩司先生へ

はじめまして。私は小学4年生の女の子を持つ母親です。
娘のことで どうか どうぞ 相談に乗ってください。

私たち家族は ステップファミリーで、娘が小学2年生の時に再婚して、
現在の主人にとてもかわいがられ、まわりの友達、両親・義理の両親とも とてもうまくいっており、恵まれた環境で幸せに暮らしています。

娘の生い立ちを少々お話させてください。

娘は 生まれが小さく、10か月の41週で2000g満たなく生まれ、
低体重出生児でした。
私は タバコもお酒も飲みませんが、つわりがとても酷く 10カ月間に3度入退院を
繰り返して やっと生んだ子供です。
胎盤が標準より小さかったらしく、低体重と貧血の状態で生まれたのはそれが原因では
ないかと診断されました。

出産後も 娘はINCUに入院。
小さく力がないので 自力で母乳やミルクが飲めず、一か月後にやっと
自分で飲めるようになりました。

小さいのはもちろんのこと、
生まれながらにして 卵に食物アレルギーを持ち 食も細く
何かと 比較していまい、神経質に育ててきた気がします。

言葉もなかなか出てこず、3歳児検診では 何も異常はないとのことでしたが、
幼稚園年少さんの時に、何が自分で気に食わないことがあると 友達を引っ掻いたり、
自傷したりする傾向があったので 心配になり 幼稚園の先生の勧めで 県の療育センター
を受診。結果は 知能検査をしてくれた先生から
「今は言葉がゆっくりさんで 出てこないけれど、この先はシャワーのように言葉が出てくると思いますよ・・・。」
と言われました。
ただ、違う担当の先生からは、「もしかしたら、将来 小学生になった時に 学習障害などが出てくる可能性があるかもしれませんね・・・」と言われたのと覚えています。

生活面については

お下の問題もつい最近まで悩やんでいました。
おむつも3歳で外れましたが、失敗ばかりで 小学校1年生は1週間に1~2度のペース、その調子で だんだん回数は減ったものの、小学3年生まで いわゆる夜のおねしょは
ないのですが 昼間のおもらしがありました。
学校からびっしょり濡らして帰ってくることもあり、
強く叱ったことも しばしばありました。

それでも 本人はけろっとしていて、ずっとこんな感じが続いているからなのか
とくかくおもらしをしても 凹まずに また繰り返していました。

小学4年生に入ってからは びっしょり濡らして帰ってきたり、おもらしは ほぼ今のところ 皆無ですが 心配です。
学校の養護の先生からは もしまた失敗したら「また洗濯しなきゃならないじゃ~ん」と
言うような 軽い対応にしてくださいとアドバイスをもらいました。

勉強のことに入らせていただきます。
勉強は 一言でいうと「理解するのに とても時間がかかる」ということです。
それから ノートに一人勉強するのはどちらかと言うと好きで
去年の先生の評価も できるようになりたいという気持ちは強く伝わりますとの
ことでした。ただ 成績は伴ないませんでした。

まず 小学1年生では 数の概念でつまずきました。
国語では 作文 音読が苦手でした。
このころは まだ 様子をみようと思い、買ってきたドリルなどを少しやらせていました。

2年生では 掛け算はスムーズに暗記できましたが、
時計の問題、長さやかさの問題、大きな数の数直線などで引っ掛かりました。
とにかく 時計は 最近になってやっと定着してきました。
国語は引き続き とりわけ苦手で 文章問題などは 問題も意味もわかって
いないようなこともありました。

3年生では 大きな数 割り算でつまずきました。
国語は引き続き苦手で とりわけ文章問題が苦手です。

そのような状態で 4年生になり 家庭学習では 宿題の他に、Z会とプリント、小学生新聞の書写、などなど いろいろ手を尽くしています。

でも 一向に成績が伴わず、今の時点で 3年生の時よりもテストの点数などが
下がっています。

勉強の仕方としては 最後まできちんと読めていないことも多々あるので、
ゆえに 間違いが多く、文章問題は適当な答えを書いてみたりして間違ったりしています。

だた 理解をするのに時間はとてもかかるのですが、彼女なりにできるようになったことも
多々あります。むろん、未だに語彙が少なく 自分の気持ちや学校であったこと、連絡など話すことが苦手です。

そこで 私の悩みなのですが ここで 彼女なりにできるようになっている・・・ということに 焦りなど どうしたら着実に成績をのばせるのか??と毎日考えるようになってしまいました。

親のエゴで
「これだけ一緒に勉強してるのに・・・・」や
「とても手のかかる子供で厄介・・・」や
勉強ができなかったたり、生活面などの行動が遅れていると、
「一緒に笑ったり 遊んだり、子供との生活を心から楽しめない・・・」
と決めつけてしまい、とても苦しい子育てになってしまっています。

娘の話し方や内容も(?)が多くでますし、、もう少しきちんと話して欲しい
そんな風に考えてしまいます。

習い事も 英会話とお習字をしており、5月から本人の希望でブラスバンド部に入部したのですが、こんなに成績が悪いのに 部活なんてやってもいいのか?どうか?と、
習い事も少しは効果がでていますが いまいちなので 止めさせようかと考えています。

まとまりの悪い文章になってしまっていますが、

とても 自分の子供に「育てにくさ」と「思っていること、話したいことを会話として
なりたたせることの難しさ」を感じてしまい、辛くなっています。

子供は 叱られても 普通にふるまっていますが 実際のところ どう感じているのかを
くみ取ってあげることが難しくなってきています。

もともと話すことが苦手なのに、戸惑いだらけです。

このまま 成績が伴っていないのに 部活を続けさせてよいのかどうか・・。
習い事も続けさせて 意味があるのだろうか・・。

と とても毎日悩んでいます。

どう 娘に接し、お勉強の方も もう少し成績があがらないものでしょうか?


いくらかでも結構です。。どうぞどうぞアドバイスください。
よろしくお願いします。



 

子育てに自信がなくなったお母さんへ

 投稿者:はやし浩司より  投稿日:2012年 5月 4日(金)23時29分40秒
  ●子育てに自信がなくなった母親

【SRさんより、はやし浩司へ】

[題名] 自分の育て方に自信がもてなくなりました。
[投稿者]SR

小4男児の母です。
息子が2才の時に離婚しました。
父親はいません。
3年から、スポ少に入りました。
スポ少も初めは頑張って行っていましたが、最近は行きたがらなくなりました。
本人は『身体はやりたいけど、いざ行くときになると脳が行きたくないと言う』などと言っています。

祖父母と一緒に暮らしています。
行かないと、周りの皆に迷惑かかる、と、私や祖父母は言っています。
そのせいかどうかわかりませんが、最近は小遣いが足りないといっては、財布からお金を取ったりします。
学校も行きたくないとか、こんな家族要らないから、『死ね!』と言ったりします。
何か、信頼関係が無くなってしまったようにも感じます。
これから先、どう接して行ったらいいか分からなくなってきました。
父親が必要なのでしょうか。
家のみんなは敵、……みたいな感じに思っているのでしょうか。
どうか、アドバイスお願いします。

【はやし浩司より、SRさんへ】

 文面からすると、息子さんは、かなり自分勝手で、わがまま。
いわゆるドラ息子症候群による症状が、いくつか出ています。
しかしこのことと、離婚、もしくは母子家庭と結びつけないほうがよいでしょう。
原因は、甘やかしと、きびしさ。
どこかでアンバランスな生活が日常化しているとみます。
たとえば、子どもの言いなりになる一方で、ときにガミガミと強く叱るなど。

 また子どもは小3~4前後で、親離れを始めます。
思春期前夜にかかり、情緒も不安定になります。
幼児に戻ったり、おとなぶってみたりを繰り返しながら、徐々に、つぎの思春期を迎えます。
私はこれを「揺り戻し」と呼んでいます。
親としては、どう接したらよいのか、たいへんわかりにくくなる時期です。

 で、今の状況では、(1)信頼関係を取り戻そうなどとは、思わないこと。
(子どもは親の愛情を試すようなことを繰り返すようになります。)
(2)あなたはあなたで、やるべきことをし、それですまします。
子どもの機嫌を取らないこと。
淡々と、親としてやるべきことをやる、です。
(3)信頼関係は作るものではなく、日々の生活の結果として、(できる)ものです。
10年単位で、できるものです。

感情的な子育てになっていませんか。
短気な子育てをしていませんか。
もしそうなら、子どもの問題ではなく、あなた自身の問題ということになります。

 コツは、(1)今以上に、状態を悪くしないことだけを考えなら、子どもの様子をみます。
半年単位で、少しでもよくなれば、御の字。
(2)こうした子どもの非行(盗みなど)は、「まだ以前のほうがよかった……」ということを繰り返しながら、2番底、3番底へと落ちていきます。
親があせればあせるほど、そうなります。
だから性急に、「直そう」などとは、思ってはいけません。
盗みについては、お金の管理を徹底するという方法で、対処します。

 たとえばここであせれば、(たとえば子どもの側からみて、愛情に不安感を覚えたりするほどまでに強く叱ったりすると)、夜遊び、外泊、家出……と進んでいく可能性もあるということです。
スポーツ少年団については、子どもの判断に任せたらよいでしょう。
ひょっとしたら、やがてスポーツ少年団をやめる程度のことでは、すまなくなります。

 信頼関係がなくなった……ではなく、あなた自身が、子どものことをまったく信じていない。
短い文面だけでは、よくわかりませんが、私には、そんな感じがします。

 以上が、私がここでアドバイスできることです。
情報が不足しているので、何とも言えません。
なお「父親が必要でしょうか」という心配ですが、祖父母が近くにいるということですから、今は、考えなくてもよいでしょう。
あなたはあなたで、(すべきこと)、たとえば仕事でも家事でも、すべきことをします。
仮に20歳くらいまで、子どもの心があなたから離れたとしても、やがてそれを子どもの側が理解するときがやってきます。
もう少し長い目で、子育てを見つめてみてください。

 最近、「ファミリス」という雑誌に、「筋(すじ)と限度」という原稿を書きました。
参考までに、ここに掲載しておきます。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【愛と甘やかし】

●「許して忘れる」

 (愛)ほど、ばく然とした概念はないですね。
が、尺度がないわけではないわけではありません。
「許して、忘れる」。
英語では、「For/give & For/get」といいます。

この英文を注意深く読むと、「子どもに愛を与えるために許し、子どもに愛を与えるために忘れる」とも読めますね。
その度量の深さで、親の愛は決まる……と考えてください。

が、「許して忘れる」と言っても、もちろん子どもに、好き勝手なことをさせろという意味ではありません。
親は子どものできの悪さを見せつけられるたびに、悩み、苦しみ、ときには、袋小路へと叩き落とされます。

子どもにかぎらず、人を愛するということは、それほどまでに、つらいこと。
ときに身を引き裂かれるような思いをすることもあります。
ホレホレと子どもを抱いたり、頬ずりするのは、愛でも何でもありません。
そんなことなら、そこらのイヌやネコでもしていますよ。

●誤解

 が、この日本には、大きな誤解があります。
子どもに楽しい思いをさせること、楽をさせること、それが「親の愛」と。
また「それによって、親子の絆は太くなる」と。
が、実際には、逆効果。

一度、保護、依存の関係ができると、それを断ち切るのは容易なことではありません。
「親がうるさいから、大学へ行ってやる」と言った高校生がいました。
結婚式の費用について、親が、「半分くらいなら……」と言ったら、それに対して激怒。
「親なら、親らしく責任を取れ。結婚式の費用ぐらい出せ」と迫った、息子もいました。

規範のない、盲目的なでき愛を、(愛)と誤解している人は多いですね。
俗にいう、子どもを甘やかしながら、甘やかしていること自体に気がついていない。
結果、子どもは、ドラ息子、ドラ娘になります。
今や1億、総ドラ息子、ドラ娘と言ってよいほど、このタイプの子どもは多いですよ。

 自分勝手で、わがまま。
自己中心的で、利己的。
生活への耐性も失われます。

ある女の子(小4)は、突然、タクシーで家まで帰ってきました。
「どうして?」と話しを聞くと、こう答えたそうです。
「おばちゃんの家のトイレは汚れていて、気持ち悪かったから」と。
ドラ息子、ドラ娘になればなったで、苦労するのは、結局は子ども自身ということになります。

●筋(すじ)

 それがどういうものであれ、子育てには、一本の(筋)が必要。
わかりやすく言えば、(一貫性)。
具体的には、YES/NOをはっきり伝え、筋を通す。その筋がなくなったとき、親の心にスキが生まれ、子どもはそのスキをついて、ドラ息子、ドラ娘になります。
その筋のないことを、「甘やかし」といいます。
親の愛とは、基本的には、まったく異質のものと考えてください。

 あのバートランド・ラッセル※は、こう書き残しています。

『親として、必要なことはする。しかし決してその限度を超えてはいけません。そんな親のみが、真の家族の喜びを与えられます』と。

 (限度)をわきまえている親を、賢い親といいます。
親になるのは、簡単なこと。
しかし賢い親になるのは、本当にむずかしい。
一生のテーマと考えてよいほど、むずかしい。
安易に、節度のない愛に溺れてはいけません。
※…イギリス・ノーベル文学賞受賞者、哲学者)
2012/03/16


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2012++++++はやし浩司・林浩司
 

自分の育て方に自信がもてなくなりました。

 投稿者:さるな  投稿日:2012年 5月 4日(金)18時04分59秒
  小4男児の母です。父親は、彼が2才の時に離婚していません。3年からスポ少に入りました。スポ少も初めは頑張って行ってましたが、最近は行きたがらなくなり本人は『身体はやりたいけど、いざ行くときになると脳が行きたくない』って言います。祖父母も一緒に暮らしているのですが、行かないのは周りの皆に迷惑かかるから…と私初め祖父からも強く言われて。
そのせいかどうか、ここ最近小遣いが足りないと財布からお金を取ったり、学校も行きたくない、こんな家族要らないから『死ね!』と言ったりします。
何か、信頼関係が無くなった気もします。
これから先、どう接して行ったらいいか分からなくなってきました。父親が必要なのでしょうか。
家のみんなは敵、みたいな感じに思っているのでしょうか…
どうか、アドバイスお願いします。
 

●はやし浩司より

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2012年 4月24日(火)11時36分35秒
  【読者の方より、相談】(掲示板より)

●子どもの排便障害

 先生、初めまして。
ネットでHPを拝見し、ぜひ聞いていただきたくメールいたしました。
5歳(年長)の息子は1歳6ヶ月頃便秘になり、浣腸をして以来、便が出にくくなりました。
それ以来、誰も本気で話を聞いてくれず、なんとか緩下剤を飲んで一週間に1、2回無理やり出す、という感じです。

しかし、便意があると我慢し、もらしてしまうのです。
ひどい時は一日4枚も汚し、それが3日ぐらい続きます。
幼稚園も忙しく、1歳の娘もおり洗濯の手間や余裕がないのです。
一体、いつまでこんなことが続くかと思うと、我慢しても感情的になってしないます。

息子はオムツがはずれるのが遅く、(娘を妊娠中に悪阻で辛くてトイレットトレーニングがうまくいかなかったのです)、幼稚園年中でやっとおむらしが減っていった感じです。
実は、排便障害の他に年中まで本当に辛い日々でした。

言葉が遅いこともあるのでしょうが、とにかく幼稚園で乱暴で、たたく・かみつく・大声を出す、直りませんでした。
そのことを被害のあったお子さんに謝る私の態度も悪かったらしく、私自身もママたちから嫌われてしまい今でも2、3人の方から無視されています。

友人もおらず、夫にも受け止めてもらえず、時々うつ状態になりながら過ごしてきました。
それでも去年は、区の子ども相談でよく話を聞いてもらえたのですが、今年から担当が代わってしまい突き放された感じです。
私のこの不安定さも悪いとは思いながら、どうすることもできずにおります。
息子の乱暴さは、年長になって驚くほど無くなってきました。
あとは便がちゃんとできれば小学校もそれほど心配ではないのですが。。。

メールでは十分に経過や状況をお伝えできていないとは思いますが、先生の豊富なご経験から是非アドバイスをお願いいたします。よろしくお願い致します。

●はやし浩司より、UNKNOWN様へ

 内容からすると、下の子(妹)が生まれてから、便秘以外の、もろもろの症状(幼稚園でのトラブル)が出てきたということになります。
(便秘と、幼稚園でのトラブルは、愛情飢餓という点で原因は同じですが、分けて考えてください。)

 で、1歳半とえば、ちょうど年齢的に、フロイトが説く「肛門期」(2~4歳)前後ということになります。
愛情飢餓、不安、不満により、「排泄すること」に、恐怖心をもつようになったということでしょうか。

 肛門期に、愛情飢餓問題が重なると、排泄することに恐怖心を抱いたり、喪失感をもつようになります。
だからがまんする。
もう少し突っ込んだ言い方をすると、こうです。

 子どもは言いたいこともできない(=心の排泄ができない)、したいこともできない(=行動の排泄ができない)という状態だったということ。
わかりやすく言えば、子どもらしく親に甘えることができなかった(=心を開くことができなかった)ということです。

 子どもが便秘症になったのではなく、便秘になるような家庭環境にあったということです。
(過去のことをとやかく言っても、どうしようもありませんが……。)

 で、便秘についてですが、便秘も、夜尿症などと同じ、「神経症的な症状」と考え、対処します。
(ただし最近のおむつは、性能がよすぎて、排便のしつけに失敗する親も多いです。
小便をがまんしてしまう子どもは、いくらでもいます。)

 基本的には、お子さんは、母親の愛情に飢え、母親との間で、全幅的な信頼関係を築くこともできず、かなり情緒が不安定になっていると考えてください。
(親は平等にかわいがっているつもりかもしれませんが……。)
たとえば「あなたはお兄ちゃんでしょ」式の突き放しをしていませんか。
もろもろの症状は、それが原因と考えてください。

 今からでも遅くありませんから、もう一度、100%の愛情を注いでみてください。
100%です。
(妹さんには、かわいそうですが、妹さんは、それで納得するはずです。)
添い寝、手つなぎ、抱っこなどなど。
いとわず、すかさず、濃密にするのが、コツです。
大切なのは、全幅的な安心感を与えることです。
その安心感が、子どもの心を溶かします。
(ただし時間がかかります。
すでに5歳ということですから、半年単位の根気が必要です。)

 とは言え、文面からして、すでにヤマを越えているように思います。
今までたいへんで、つらかったことと思いますが、あと一息です。
(将来的には、ケチで、ためこみ屋になるかもしれませんが……。※)

 便秘そのものは、小児科のドクターに相談し、それで問題がなければ……つまり、週に2、3度という子どもも、少なくありませんので、おおげさに考えないこと。
(私が現在教えている女子中学生は、週に1度だそうです。)

浣腸はその場の効果はありますが、かえって便秘をひどくしてしまいます。
直腸の感覚を麻痺させてしまいますので……。
それで緩下剤(便秘薬)ということになったのでしょうか。

 「1日、4枚も汚す」というのは、緩下剤の量が多すぎる(?)と思います。
子どもに緩下剤を与えるときは、ドクターの指示した量の4分の1前後から始め、様子をみながら量を増減するのが、コツです。
(微妙な調整が必要です。)
おとなのばあいは、腹の具合をみながら、自分で調整したり、残った便も、力を入れて無理にでも排便したりしますが、幼児には、まだそれができません。

 どうしても、腸の中に、便が残ってしまいます。
それが「4枚」ということになります。

それよりも、すでになさっていると思いますが、野菜中心の献立にし、食生活の方から攻められるのが正攻法ということになります。

 私の息子の1人も、幼児期~少年期、ひどい便秘症でした。
高校生になってからも、浣腸は常備薬でしたが、シャワートイレにしてからは、すっかり治ってしまいました。

 詳しくは「はやし浩司 神経症」で一度、検索をかけてみてくださるとよいかと思います。
基本的には、(母子間の愛情)の問題ということです。
便秘になったのも、1歳半ごろ、子どもの側からみて、何か大きな愛情の変化が原因ではなかったかと推察しています。
もっとも濃密な、母子間の愛情を必要とする時期が、0~2歳までの、そのころです。

 ともかく、ほとんどの人は、似たような問題をかかえ、苦労しています。
外から見ると、何も問題がないように思えますが……。

(大便という点で、やっかいに感ずるかもしれませんが……。
また大便であるがゆえに、叱る→恐怖心をもつの悪循環で、ますます重症化しやすいです。)

 夜尿症のばあいも、そうですが、受け入れてしまえば、何でもありません。
「したいように、しなさい」と、です。
またそうなったとき、不思議なことに、自然と排便障害も消えます。

 アドバイスできることは、

(1)愛情飢餓状態の解消
(2)緩下剤の微妙な調整、です。

 ともかくも、あと一息です。
よくがんばったと思います。
が、あと一息。
やがてすぐ笑い話になります。
それを信じて、前向きに!

(注※……肛門期の固着について)

ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。

『……トイレットトレーニングの過剰と失敗は子供のパーソナリティに様々な影響を与える。
例えば、トイレに無理矢理行かせたり、過度にタイミングや清潔さに厳しすぎると、ものを捨てるのを嫌がるようになったりする。
ためこみ屋でけちな性格になることがある。
これは過度なトイレットトレーニングが子供に自分のうんちを溜め込みすぎるのを良しとするためである。
フロイトによると几帳面で節約家で強情になりやすいと言う。

それに肛門期固着は小児性愛の源泉となる事もある。
フロイトは論文で、子供はうんちを幼児やお金に象徴交換して、それを代わりに手に入れたり溜め込んだりするような傾向があると指摘している)。

逆にしつけを疎かにすると、子供はいつでも排便する事が良い事だと思い、お金を湯水のごとく使ったり、不潔のままになったりと、整理する事を学ばなくなってしまう。
これは自分の欲動をトイレットトレーニングを通してコントロールすることを学ばなかったからである。
このような子供は我慢することを知らず、自分の好き勝手に何でもやりたい放題になるとも言われる。

芸術との関連も指摘されている。
肛門期は自分の体内の一部であるうんちを作って対外に排出するという活動を象徴していると言われ、それは創造的活動などと比較される。
また汚いものを排出することとの関連で妄想症が考えられたりもしている』(以上、ウィキペディア百科事典より)と。


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息子(5歳)の排便障害について

 投稿者:白井幸恵  投稿日:2012年 4月24日(火)05時21分23秒
  先生、初めまして。ネットでHPを拝見し、ぜひ聞いていただきたくメールいたしました。
5歳(年長)の息子は1歳6ヶ月頃便秘になり、浣腸をして以来便が出にくくなりました。それ以来、誰も本気で話を聞いてくれず、なんとか緩下剤を飲んで一週間に1、2回無理やり出す、という感じです。しかし、便意があると我慢してもらしてしまうのです。ひどい時は一日4枚も汚しそれが3日ぐらい続きます。幼稚園も忙しく、1歳の娘もおり洗濯の手間や余裕がないのです。一体、いつまでこんなことが続くかと思うと我慢しても感情的になってしないます。
息子はオムツがはずれるのが遅く(娘を妊娠中に悪阻で辛くてトイレットトレーニングがうまくいかなかったのです)、幼稚園年中でやっとおむらしが減っていった感じです。
実は、排便障害の他に年中まで本当に辛い日々でした。
言葉が遅いこともあるのでしょうが、とにかく幼稚園で乱暴で、たたく・かみつく・大声を出す、直りませんでした。そのことを被害のあったお子さんに謝る私の態度も悪かったらしく、私自身もママたちから嫌われてしまい今でも2、3人の方から無視されています。友人もおらず、夫にも受け止めてもらえず、時々うつ状態になりながら過ごしてきました。それでも去年は、区の子ども相談でよく話を聞いてもらえたのですが、今年から担当が代わってしまい突き放された感じです。私のこの不安定さも悪いとは思いながら、どうすることもできずにおります。
息子の乱暴さは、年長になって驚くほど無くなってきました。あとは便がちゃんとできれば小学校もそれほど心配ではないのですが。。。
メールでは十分に経過や状況をお伝えできていないとは思いますが、先生の豊富なご経験から是非アドバイスをお願いいたします。よろしくお願い致します。
 

●SK様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2011年10月 1日(土)21時29分3秒
  ●愛情飢餓

 一口で言えば、「愛情飢餓」。
SKさんの息子は、慢性的な愛情飢餓状態にある。
原因は、「下の子が生まれた」こと。
こういうケースでは、親は、「平等にかわいがっています」と言う。
しかし上の子にしてみれば、「平等(=半分)」ということが、おもしろくない。
下の妹は、家族というより、自分から母親を奪った「恋敵(こいがたき)」ということにな
る。

 要するに家庭教育の失敗ということになる。
で、こういうケースのばあい、もう一度、全幅の愛情を、上の子(息子)に注ぎなおして
みるしかない。
(妹にはかわいそうだが、こういうケースのばあい、妹には、寛容力があるはず。)
添い寝、手つなぎ、抱っこ、いっしょの入浴など。
子どもがそれを求めてきたら、すかさず、愛情表現をしてやる。
「あとでね」とか、「今、ママは忙しいの」は、禁句。

 子どもの側からみて、安心感を覚えるような家庭環境を大切にする。
問題は、父親(=夫)だが、父親と対立するのは、まずい。
「あなたの言うとおりね」と言いながら、父親の言いたいこと、したいことを、先にまわ
ってする。
父親も、息子を相手に、飢餓状態にある。
つまり嫉妬している。
父親も、大きな駄々っ子と思えばよい。
権威主義的に見えるかもしれないが、それも自分の弱さを隠すための反動形成と考えれば
よい。
(詳しくは、「はやし浩司 反動形成」で検索。)

 コツは、息子を、けっして家族から孤立させないこと。
父親と息子を断絶させないこと。
親子の糸を切らないこと。
息子に、そう感じさせないこと。
キーワードは、先にも書いたが、「安心感」。
息子が安心しているかどうかだけを見ながら、接する。

 こういうケースで気をつけなければならないのは、親がアタフタすること。
叱ったり、説教したりするなど。
それが悪循環となり、息子をますます悪い方向に追いやってしまう。

 その安心感を覚えるようになれば、1週間単位で、症状はウソのように消える。
つまり息子は、そういう形で、母親のあなたを困らせる。
困らせて、自分へ関心を向けさせようとしている。

 この問題は、今日、自宅に帰ってから、もう一度、考えてみたい。
文字化けの部分が多くて、内容がよくわからない。
その旨、返信メールを送ったので、また連絡があるはず。
 

荒れ気味の息子について

 投稿者:SK  投稿日:2011年 9月29日(木)04時38分14秒
  はじめまして。息子のことで悩んでおり、こちらを見つけました。どうぞよろしくお願いします。

息子は7歳(小一)で、下に3歳(年少)の妹がいます。父母との4人暮らしです。
ここ2年くらい、不機嫌なことが多く(波があっておだやかな時期もあるのですが)、イライラしているとほんの些細なことで騒いだり、母親の私に乱暴をしたり(手加減はしてるようですが)、ものを倒したり本棚の本をぶちまけたりします。
今までは家の中で私に当たることが多く、幼稚園や公共の場で困ったことをすることはなかったのですが、小学生になって1学期の終わりくらいから、家以外での問題行動が増え、学校では授業中立ち歩いたり他の子にちょっかいを出したり物を投げたりとにかく落ち着きがないようで、先生も困っている様子です。

先生の記事もいくつか読ませていただいて、何か家庭で問題があるのかなと考えているのですが、なかなかよい解決方法が見つからずにいます。
うちは父親が厳しく、母親が優しいという感じの家庭です。
私自身は子供を信頼して口は出さないおおらかな母に育てられ、私の兄も私も反抗期もなく自立しました。子供もそのように育てたいと思っています。できるだけ子供の話はよく聴いて気持ちに共感しているつもりです。泣きたいときは我慢せずに泣かせたり。子供の悪い部分には注目せずに頑張っているところやあたりまえの行動に注目して、子供のあるがままを認めてあげたいと思ってきました。なので、これ以上どうしたらいいのか悩んでいます。

息子の特徴としては、気が弱くて、ちょっと神経質なところがあります。小さいときからブランコなど恐くて乗れなかったり、自信のないものにはチャレンジできなかったり。運動は苦手ですが、工作など物を作るのが大好きで同年齢の子に比べると高度な物が作れます。ただ完璧主義で思う通りに作れないと癇癪を起こしたりします。家族でも人が口をつけたものは口にしません。ルールから外れるのを嫌がり、公共の場所では注意書きを気にします。飲食禁止と書かれたところで妹に水を飲ませようとするだけでも怒ります。妹が悪いことをするのも許せません。自分に何かされたわけでなくてもよく妹に怒っています。何かに遅刻しそうになると「もう行かない」などと、遅れることを嫌がります。学校へも忘れ物するのが嫌で教科書などは全て毎日ランドセルに入れています。学校の勉強には充分ついていけているようですが、宿題などで間違えに気づくと「お母さん消して!」「もうやんない」と放り投げます。照れ屋で口が悪いので素直に友達に「入れて」と言えなかったり、友達作りも苦手なほうです。同じマンションで仲のいい友達がいてそのこと遊べているので楽しいときもありますが、遊べないと不機嫌です。「たいくつ」「つまらない」が口癖です。友達から嫌なことをされたときに謝られてもなかなか許すことができません。それから甘えん坊で夜は私に触れていないと寝られません。テレビが大好きで制限がなければ何時間でも見ていられます。ただ小さい頃から見る習慣はなく、今も父親に一日1時間程度と制限されているのでその程度です。ゲームも大好きですが、家にないので借りてやる程度です。小さい頃アレルギーがあって、野菜中心砂糖控えめの食生活でした。今はかなり適当です。おやつは甘い物を好みます。

父親は弱虫でいつまでも母親にべたべたしている息子に不満を持っていて、厳しく叱っています。息子は父親の顔をかなりうかがっており、父親が家にいるときは悪いことはしません。父親自身体罰ありの厳しい家庭に育っています。自分の思い通りにならないとすぐイライラして相手に怒りをぶつけます。よく考えると息子は父親にかなり似ています。主人には「お前があまやかしてるからつけあがっているんだ。悪いことをしたらシバいたほうがいい」と言われます。確かに、息子は私に命令するときもあり、それをきかないと騒ぐので私も言うことをきいてしまうことがあり、私はなめられているのかなという気もします。ただどうしても本人も自分の性格をもてあまして苦しんでいるようにも思え、私にしか発散できないなら受け止めてあげたほうがいいのかなとも思ったり。人を傷付けたり誰かに迷惑をかけるようなときは厳しく言っているつもりですが、それ以外のことでは甘いのかなあと。
今はまだ押さえることができますが、もっと大きくなって暴れられたらどうしようという不安もよぎり。その気持ちがあるということは心の底から子供を信頼できていないのかな。それを息子は見抜いているのかなとも思ったり。
そんな感じで、どうすべきか今悩んでいます。何かよいアドバイスがあればよろしくお願いします。

 

クック様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2011年 8月14日(日)06時42分12秒
  相談の件について、音声で(ビデオで)、私の考えを述べてみました。
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
(私のHP)から、「BW公開教室」→「2011年8月」のところに、収録しておきます。
よろしかったら、ご覧ください。
8月14日の昼頃までには、UPしておきます。
 

意地悪をする子供への対応

 投稿者:クックメール  投稿日:2011年 8月 9日(火)11時44分19秒
   こんにちは。そして初めまして。子育てについて色々検索していた所、はやし浩司さんのHPに辿り着きました。どうかよろしくお願いします。

 小3の娘が、近所の小2の女の子と娘と同じクラスの女の子(その二人はとても仲良し)に意地悪をされます。娘は本当は気が強いと思うのですが、外では割と大人しくお友達と軽いおしゃべりが出来るタイプではありません。そのせいか馬鹿にされやすいようで、まだヒドイいじめまではなっていませんが、コソコソばかにしたり、走って逃げたり嫌な顔で娘を見たり・・・。 本人も私もとても辛い気持ちでいます。

 そこで、ある方に相談したところ、「娘さんを守る為にその子達の母親に話した方が良い!」とおっしゃるのですが、娘と同じく臆病な私はでもな~・・・と悩んでおります。
やはりここは私が勇気を出してちゃんと話した方が良いのでしょうか?
もし他に良い方法があったら教えて頂けないでしょうか?
どうかどうか宜しくお願いします。
 

●はやし浩司より返事(1)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2010年 8月 9日(月)18時03分52秒
  ●ある母親からの相談

【Mさんより、はやし浩司へ】

娘の事です。
いじめとはちがうのかもしれませんが、
転校して初めの1週間は友達ができていたのですが、
みんな離れて行ってしまい、昼休み一人で過ごすことになっています。
ヒマになったら、トイレをしたくなるらしく、昼休み、下痢をしています。
学校には行きたくないと時々言います。
友達に入れてと言う勇気はありますが、「無理」と言われます。娘になにか問題があるのか?とても悩み、以前担任に聞いてみたら、一人ではないということでした。
娘の感じている孤独は、先生は知らないままで、「大丈夫」の一点張りです。
娘は宿題も手につかないし、悩みが深いので、それを見ている私はどうしたらいいのか、とても恐怖を感じています。
私は短気で、感情的に娘を育ててきたことをとても後悔しています。
毎日が自己嫌悪の育児でした。娘の性格がおかしくなってしまったのかもしれません。
私自身、感情がコントロールできなくて、心療内科に通ったこともありますが、治らず、とても苦しいです。
今、このような娘の問題を抱えると、自分の体が震えます。不安で不安で家事もできないほどです。
もう一度、担任の先生に相談したいのですが、「モンスターペアレント」と思われたらどうしよう・・とか、心配症の親だけですまされそう・・・などと考えどうすることもできません。
昼休み、一人で過ごすことに、苦痛を抱えた娘は、もう、見守るしかないのか?
この状況を受け入れることを頑張って考えてみるのですが、なかなか頭をきりかえるのが、難しく、説教でもいいので、どうかお返事をいただきたいです。
よろしくお願いいたします。(以上、原文のまま)

【はやし浩司よりMさんへ】

 どの家庭も、どの親子も、みな、うまくいっているようで、うまくいっていません。
こうした問題では、「私だけが……」とか、「私の娘だけが……」とかいうように、
悩んではいけません。
また悩む必要はありません。

たまたま掲示板のほうにも、こんな相談がありました(2010年8月)。
それをそのまま紹介させてもらいます。

+++++++++++++++++++++++

●掲示板へ

家族構成 祖父母・夫・私・娘(小3)息子(年中)
娘について相談させて下さい。

去年半年程不登校になり先生のHPを参考にスキンシップ、温かい無視など出来るだけ
実践し復学できるまでになりました。
それでもまだ私の顔色を見たり指示、許可を求めるところなど気になります。
私は怒鳴って叱りつけることはありませんが、育児の指針がなく不安定です。

二世帯住宅で同居している実の両親と話はしますが心を開くことができません。
両親共に許容範囲が狭く、干渉してきます。
両親は不仲で会話は全くありません。

私の子ども時代はTV一つにしても見る時間、番組、姿勢など細かく注意されてきした。
そういったことからくる潜在的意識なのか、
子どもがTVを見ているだけで許せなくなってしまう時があります。
そういった日によって違う子育てがよくないのは頭ではわかりますが
自分をコントロールできません。
経済的に別居は無理です。(一部改変)

+++++++++++++++++++++++++

●みんな不安なんですよ!

 こう見えても(?)、私も毎日、不安で孤独です。
正直に告白しますが、毎日、さみしいです。
何をしていても、さみしいです。
友だちも少なく、3人の息子もいますが、自分たちの生活で精一杯。
『便りのないのは、よい知らせ』とはいいますが、そのたよりも、数か月に1度あるか、
ないかだけ。

 このところ毎日のように、「私たちの子育ては、いったい何だったのか」と、よく考え
ます。
気がついてみたら、そこにはだれもいない。
貯金も、子どもたちの学費で使い果たしてしまった。
「どうやって老後を過ごそうか?」を考える前に、「どうすればみなに、迷惑をかけないで
死ねるか?」。
そんなことばかりを考えています。

 が、幸いなことに、目が見える。
音が聞こえる。
歩くことも、自転車に乗ることもできる。
さらに幸いなことに、今の私は健康です。
したいことができます。
言い替えると、それ以上、私は何を望むことができるのでしょうか。

●ないものをさがさないで……

 Mさんにしても、掲示板に書き込みをくださった人も、(ないもの)を、
さがしてはいけません。
(ないもの)をねだってもいけません。
またそういう自分を、のろってもいけません。
(そこにあって、あなたに見つけてもらうのを、そっと待っているもの)を、
さがしてみるのです。
たくさんあるはずです。
またその価値に気づくのです。

 2人とも娘さんのことで悩んでおられれるようですね。
お子さんの年齢も、近いのでは?
お気持ちはわかりますが、「あそこが悪い」「ここが悪い」と考えていると、
視野がどんどんと狭くなってしまいます。
それともあなたは、自分の娘さんに、いったい、どうなってほしいのですか。
どうであれば、あなたは満足するのですか。

 私の印象では、あなたの娘さんがどうなっても、あなたの心配や不安は解消
されないと思います。
あなた自身が、(不平・不満)のかたまりだからです。
それが娘さんという対象に、「投影」しているだけ!
それが(心配)の種となって、あなたを悶々と苦しめている……。
わかりやすく言うと、自分の心の隙間を埋めるために、娘さんを利用しているだけ。
つまり娘さんには、どこにも問題はない!
よく見てください。
どこにも問題はない!

 健康でしょ!
あなたのそばにいるでしょ!
あなたと話をするでしょ!
心が通い合っているでしょ!

 なのにあなたは満足できない?

●夢と希望

 人は夢と希望をもって生きる動物です。
夢や希望がなかったら、生きていくことはできません。
が、どんな小さなものであって、夢や希望があれば、生きていくことができます。

 が、夢や希望は、向こうからやってくるものではありません。
自分で作るものです。

あなたは誤解していますよ。
あなたは娘さんのことを悩んでいます。
しかしそれはあなたの勝手です。
それ以上に、あなたの娘さんは、あの小さい心で、あなた以上に悩んでいます。
が、あなたは自分のことしか、考えていない。
自分だけが不幸だと思っている。
しかし本当に不幸なのは、娘さんのほうです。

 だからあなたが娘さんに言うべき言葉は、「~~しなさい」ではなく、「あなたも
苦しいのね」と、娘さんの立場に立つことです。
あなたが心を開かないで、どうして娘さんが、心を開くことができるでしょうか。

 もう一度、あなた自身が自分の人生を送るつもりで、……つまりあなたが送りたかった
人生を再現する形で、娘さんと人生を共にすればよいのです。
あなたは子どものころ、どんなことをしたかったですか?
あなたの母親に、どんなことをしてもらいたかったですか?

 それを今、実行すればよいのです。
思い切ってやればいいのです。

 はっきり言いましょう。
「学校へ行きたくない」と娘さんが言ったら、あなたもこう言えばよいのです。
「私も行きたくなかった」と。
「行きたくなかったら、行かなくてもいいのよ。無理をしないでね」と。

それともあなたは優等生で、一流高校、一流大学を出ていますか?
そうでないと思います。

 あまり気負わないで、肩の力を抜いて、娘さんといっしょに遊びなさい!
学校、学校といいますが、中身は、どうせくだらない(勉強)ですから……。
 

●はやし浩司より返事

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2010年 8月 9日(月)18時02分25秒
  ●運命を受け入れる

 あなたは苦しんでいる。
しかしそういう親のほうが、真の愛に近いのですよ。
中には、幸運にも(?)、何も問題なく子育てする人もいます。
数は少ないですが、います。
しかしそういう人は、ただの親から、ただの人で終わってしまう……。
その苦労の最中には、苦しいことかもしれません。
「どうして私だけが……」と思うものです。

 しかしだからこそ、それを乗り越えたとき、あなたはその先に、広い平原を見ること
ができます。
どこまでも広く、おおらかな平原です。
無数のドラマもそこから生まれます。
そのドラマに生きる価値があるのです。

つまり、子育ても山登りに似ています。
登るときは苦しいですが、登り切ったときの達成感がすばらしい。
だから登山家たちは、山に登るのです。

 ただひとつ条件があります。
いやいや登ってはいけません。
楽しんで登るのです。
が、今のあなたは、何を見ても、「いやいや」ですね。
では、そういうときは、どうするか?
方法は簡単です。

 『運命は受け入れ、居直るのです』。

●運命

 運命論については、たびたび書いてきました。
私たちの体には、無数の「糸」がからみついています。
社会の糸、家庭の糸、家族の糸、親子の糸、過去の糸、両親の糸などなど。
そういった糸が無数にからんで、私たちの進むべき方向を決めてしまいます。
ときに私たちを望まない方向に、引っ張っていってしまう。
それが「運命」です。

 そうした運命を感じたら、「あきらめ、受け入れる」。
娘さんのことについて言うなら、「ようし、十字架のひとつやふたつ、背負ってやる」と
宣言してみてください。
娘さんの悩みや苦しみを、共有するのです。
とたん、気が楽になりますよ。
気が晴れますよ。
その先に、道が見えてきます。

 運命というのは、それに逆らえば、キバをむいて、あなたに襲いかかってきます。
しかしいったん、受け入れてしまえば、運命はシッポを巻いて向こうから去っていきます。
運命というのは、そういうものです。

 あなたは今、何か病気をしていますか?
どこか具合が悪いですか?
が、もしそうでないなら、今、ここに元気で生きていることを喜びなさい。
まだ若いですよ。
36歳というと、もっとも輝いている年齢です。
こんなことを書くと不謹慎かもしれませんが、女性にしても、もっとも美しくなる年齢
です。

 だからあなたも心を開いて、通りを歩いてみればよいのです。
私は見える。
私は聞こえる。
私は歩くことができる、と。

 そのすばらしさに、もっとすなおに感動してみてください。
生きていることの、すばらしさに、もっとすなおに感動してみてください。
とたん、娘さんの問題など、どこかへ消えてなくなりますよ!

●あとは……

 あとは愛情。
「私はどんなことがあっても、あなたを守ってあげますよ」と。
口に出して言うことはないですが、その覚悟だけはしっかりともち、(仮にあなたが
今、娘さんに愛を感じていなくても……)、あとは娘さんを、その愛情でくるんで
あげます。

『暖かい無視』というのは、そういう意味です。

 そしてここが重要ですが、(1)やり過ぎないこと。
(2)求めてきたときが与えどきと心得ること。
(何かを相談してきたら、そのときは、真剣に応じてあげる。)
(3)娘さんから視点をはずし、あなたはあなたで、したいことをする、です。

 私も毎日、ささやかな夢と希望を作りながら、生きています。
たまたま明後日もある地区で講演会があります。
みなに拍手で迎えられ、拍手で見送られます。
見た目には、派手な生活ですが、講演をする私自身は、孤独です。
そこに200人いようが、1000人いようが、孤独です。
心の隙間を埋めることはできません。
また私自身がかかえている問題については、何一つ、役に立ちません。
講演をするからといって、孤独が癒されるということはないということです。

 ただゆいいつの楽しみは、たいてい最後列で、ワイフが私を見ていることです。
私はそういうワイフの顔をチラチラ見ながら、話します。
それだけが希望です。

 またこの9月には、40年来の友人が我が家に来ます。
オーストラリア人です。
学生時代、2人で、オーストラリアの夏を過ごしたことがあります。
が、最近がんを患い、日本へやってきます。
1か月の滞在になるのか、3か月の滞在になるのかは、わかりません。
しかし私は彼が「帰る」というまで、我が家に泊めてあげるつもりでいます。
「いたいだけ、いていいよ」と、メールには書きました。
それが希望です。
私にとっては、希望です。

●Mさんへ

 人生は短いですよ!
あっという間に終わりますよ。
だったら、今、ここで人生を楽しむのです。
娘さんといっしょに、楽しむのです。
心を開いて、娘さんといっしょに、外に向かって歩くのです。
自由の空気を思う存分、吸い込むのです。
体はあとからついてきます。

 あなたの娘さんは、すばらしい子どもですよ。
どこかのドラ娘たちとは、ちがうでしょ。
繰り返しになりますが、このメールを読み終えたら、あなたの娘さんにこう言って
あげてください。

「お母さんも苦しかったけど、あなたも苦しかったのね。ごめんね」
「お母さんがつらかった以上に、あなたもつらかったのね。ごめんね」と。
負けを認めます。
つっぱっていないで、すなおに負けを認めます。

 それですべての問題は解決しますよ。


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司
 

(無題)

 投稿者:n.kメール  投稿日:2010年 8月 6日(金)11時24分40秒
  家族構成 祖父母・夫・私・娘(小3)息子(年中)
娘について相談させて下さい。
去年半年程不登校になり先生のHPを参考にスキンシップ、温かい無視など出来るだけ実践し復学できるまでになりました。
それでもまだ私の顔色を見たり指示、許可を求めるところなど気になります。
私は怒鳴って叱りつけることはありませんが育児の指針がなく不安定です。

二世帯住宅で同居している実の両親と話はしますが心を開くことができません。
両親共に許容範囲が狭く、干渉してきます。
両親は不仲で会話は全くありません。

私の子ども時代はTV一つにしても見る時間、番組、姿勢など細かく注意されてきした。
そういったことからくる潜在的意識なのか
子どもがTVを見ているだけで許せなくなってしまう時があります。
そういった日によって違う子育てがよくないのは頭ではわかりますが
コントロールできないことが
経済的に別居は無理です
 

遠山さんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2009年 8月22日(土)07時43分29秒
  ●クレヨンしんちゃん

++++++++++++++++++

ある高校生から、掲示板のほうに、
こんな書きこみがあった。

【Tさんより、はやし浩司へ】

私は、高校2年生の遠山です。
今私は放送部に所属しています。
毎年秋のアナウンス大会では、「自分の住んでいる県または市について」という題で
原稿を書いています。そこで今年は私が住んでいる埼玉県の話ということで春日部市が
舞台になっているクレヨンしんちゃんについて書こうと思っています。

理由は、私自身が昔からしんちゃんが好きだという気持ちもあるのですが、しんちゃんの
育児教育についてテレビで目にしたからです。この大会の原稿というのは、ただ単に地元
話題を書くだけではなく、その話題の内容を含めて日本の社会のありかたなど、誰が聞いてもためになる話であったり、理解され受け入れてくれる話でなければいけないのです。

私は、クレヨンしんちゃんの面白さ以外の意味をこの年になって初めて知りました。このしんちゃんのもうひとつの意味をみんなに知って欲しい(特に同年代の人に)と思っています。

もしよければはやし先生にクレヨンしんちゃんの親と子の関係の良さと、現代の日本の教育との関係などについてお答えいただければと思っております。

せっかくの子供の教育についてのご相談の場所においてこのような質問をし、大変申し訳ございません。是非ともお答えのほうよろしくお願いいたします。

【はやし浩司より、Tさんへ】

 クレヨンしんちゃんについては、大きな誤解があります。
テレビのアニメ番組について、「子どもに見せたくない番組」のワーストワンに
あげられることもしばしばです。

 しかしもしあなたが、コミック本のほうの、Vol.1~12前後まで読まれたら、印象は
大きく変わるでしょう。
そういう点では、テレビのアニメ番組のほうは、ギャグ化され、しんのすけ君の悪い面ばかりが、おもしろおかしく、誇張されすぎています。
とても残念に思っています。

 いくつか、よい点をあげてみます。

(1) 最近、しんのすけ君のようなたくましい男児が、減っている。(男児の女児化が問題になって、すでに20年以上になる。母親中心の育児環境が、男児の女児化を促進してしまった。)
(2) みさえさんの育児観がすばらしい。(夫に対しても、しんのすけ君に対しても、全幅に心を開いている。基本的信頼関係の構築という点では、世の母親たちは、おおいにに見習うべき。言い換えると、心を閉ざした育児ほど、子どもに悪影響を与えるものはない。)
(3) 育児のたいへんさをうまく表現している。(育児は、それ自体重労働。たいへんな重労働。それを世の男性諸君は、知らなさすぎる。『男は仕事、女は家庭、育児』と安易に考えすぎている。)
(4) みさえさんの生きざまは、新しい母親像の見本。(とくに新潟と九州の父親とのやり取りが、おもしろい。相手が舅(しゅうと)といっても、遠慮する必要はない。今、舅、姑との確執問題で悩んでいる若い母親が多い。おおいに参考にしたらよい。)
(5) 友だち親子。(みさえやヒロシは、しんのすけを、1人の人間として、その人格を尊重している。こうした育児観は日本人にはないもの。つまり日本の親たちは、「友」として子どもの横に立つという習慣をもっていない。そういう点で、野原家の育児論は、参考になる。
(6) 子どもらしい性への疑問と関心。(コミック本のほうでは、しんのすけ君の、性への疑問と関心が、実にうまく生き生きと描かれている。Vol1~12あたりまでは、臼井家族の実体験的なコミックと考えてよい。私も幼児を教えて40年以上になるが、読んでいて、違和感がないのは、そのため。ただし繰り返すが、テレビのアニメ番組のほうは、たしかによくない。制作を担当しているプロダクションが勝手に料理しすぎているためでは!)

 ほかにもいろいろよい点はたくさんあります。
小生の「野原家の育児論」を参考にしてください。
なおこの文中では、急いで書いたため、固有名詞、名前など、まちがっているところがあるかもしれません。
(はやし浩司曰く……)と断りを入れてくださるなら、ここに書いた原稿を、自由に使っていただいて、結構です。

参考……
http://shizuoka.cool.ne.jp/bwhayashi/page065.html

 では、はやし浩司

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 クレヨンしんちゃん・野原家の子育て論)
 

はやし先生へ

 投稿者:大山メール  投稿日:2009年 8月19日(水)22時36分21秒
  先生の厳しい答えにショックは受けましたが、本当に今の私の状態です。
たぶん 娘の方が大人で、私の不安定な精神状態も心配しているのだと思います。
今は待つだけにします。

父親は以前に書いた通り、離婚し再婚しています。
経済的なこと、私の精神的なこともあり、実家に戻る事も考えていますが、その場合、娘は父親のもとで東京に居たいとの事。ただし、まだ奥様にその件は了解を得ていないようです。
 

●UNKNOWN様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2009年 8月19日(水)20時46分26秒
  ●掲示板より

【Yさんより、はやし浩司へ】

1学期出席日数不足で成績の出なかった高校2年の娘の件です。
終業式も欠席したので、通知表を昨日、もらいに行く予定でした。
私には行くと言い、夜も行ったと話していたので、見せなかったので
不審感はありましたが、うるさく言ってもよくないと思い 何も言いませんでした。
やはり行かなかったようで、先ほど担任の先生から連絡がありました。
とりあえず、娘には学校に連絡して、すぐに行くようメールで伝えましたが・・・
どのように対応したらよいのかわかりません。
2学期からは行くと言っていたので それも心配です。

暖かい無視・・・難しいです。

【はやし浩司より、Yさんへ】

 前にも書きましたが、(1)学校、進学、進級は、あきらめなさい。
お嬢さんは、もうあなたの手の届かないところにいます。
あなたがガタガタしたところで、この問題は解決しないばかりか、かえって
より悪い方へ、お嬢さんを追いやってしまうだけです。

 こうした問題には、二番底、三番底があります。
「まだ以前のほうがよかった……」ということを繰り返しながら、あなたの
お嬢さんは、その二番底、三番底へと向かっていきます。

 「やるべきことはする」という姿勢に徹し、あとの判断は、お嬢さんに任せなさい。
退学するもよし。
またその覚悟をもち、退学してきても、あなたはお嬢さんを、暖かく迎え入れます。
あたかも何ごともなかったかのように、です。

 投稿記事によれば、あなたはその旨、メールで伝えたというのですから、それで
じゅうぶんです。
それ以上の対応はする必要ありませんし、なにもできることはありません。

 あなたはぬか喜び(「2学期からは行く」と言っていると喜び)と、取り越し苦労
(「成績表がどうのこうの」と言って心配する)を、ドタバタと繰り返しています。
あなた自身に、一本の筋の通った一貫性(=哲学)がないのが、気になります。
周囲の状況に応じて、アタフタしているだけ。
ドタバタしているだけ。
その一方で、「許して忘れるはむずかしい」とか、「暖かい無視はむずかしい」とか、
たいした努力もしていないのに(失礼!)、つまり自分と闘うこともせず、結論ばかり、
急ぎます。
もう少し、デンと構えなさい。
「許して忘れる」にしても、「暖かい無視」にしても、そんな簡単なことではありません。
すこしくらいマネごとしたからといって、会得できるようなことではないということです。

 あなたはあなたなで自分のしたいこと、すべきことをするのです。
1人の人間として、です。
いまだに子離れできていない、未熟な母親を想像してしまいますが、ちがうでしょうか。
また「学校、学校」と、おおげさに考えないこと。
税金と、あなたの払う月謝で運営しているのですから、あなたのほうが、もっと威張れ
っていればよいのです。

 「おい、ちゃんとうちの娘の面倒を、しっかりとみろ!」と、です。

それくらいの気持ちで、あなたはあなたのお嬢さんのほうを守ります。
立場が逆ですよ。
あなたは学校側に立って、学校といっしょになってお嬢さんを責めている!
あなた自身が、学校絶対教の信者になっていますよ!

 ……とまあ、かなりきびしいことを書きましたが、あなたは一歩退いて、お嬢さんに
こう言うのです。

 「あなたの人生だから、どんな道を進むかは、あなたが決めなさい。
どんな人生を選んでも、私はあなたを信じていますからね。
応援しますよ。
よく考えて、自分の進路を決めなさい」と。

 結果として、退学しても、よし。
学校へ通うのも、よし。
あなた自身の17歳のときを思い出してみてください。
あなたはすばらしい女子高校生でしたか?
そういう視点で、あなたのお嬢さんを見るのです。

 今、大切なことは、お嬢さんの逃げ場をつぶしてしまわないこと。
あなたが今の状態で、ワーワーとわめいてしまったら、お嬢さんは、帰る場所を
なくしてしまいますよ。
退学どころか、家出、さらにどこかの男性と同棲、妊娠……とつづきますよ。

 「今の状態を、これ以上悪くしないことだけ」を考えて、対処してください。

これで私からの返事は終わりますが、ひとつだけ気になっていることがあります。
いただいた相談には、「お父さんの影」が、どこにもないのは、なぜでしょうか?
よけいなことですが……。

 で、繰り返しますが、高校2年生は、もうおとなです。
ひょっとしたら、あなたのお嬢さんは、あなたより、おとなです。
少なくとも、あなたのお嬢さんは、あなたをそういう目で見ていますよ。
「うちのママったら、どうしようもないわ」と、です。
 

お世話になっております

 投稿者:大山メール  投稿日:2009年 8月19日(水)13時04分40秒
  1学期出席日数不足で成績の出なかった高校2年の娘の件です。
終業式も欠席したので、通知表を昨日 もらいに行く予定でした。
私には行くと言い、夜も行ったと話していたので、見せなかったので 不信感はありましたがうるさく言ってもよくないと思い 何も言いませんでした。
やはり行かなかったようで、先ほど担任のから連絡がありました。
とりあえず、娘には学校に連絡して、すぐに行くようメールで伝えましたが・・・
どのように対応したらよいのかわかりません。
2学期からは行くと言っていたので それも心配です。

暖かい無視・・・難しいです。
 

●はやし浩司より、UNKNOWN様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2009年 8月 9日(日)22時24分36秒
  ●掲示板への相談より

+++++++++++++++++++++

京都にお住まいのUNKNOWN様より
こんな相談をもらいました。

+++++++++++++++++++++

【UNKNOWN様より、はやし浩司へ】

高校2年の娘です。一人っ子。中学2年の時 離婚。中高一貫高のため 高校入試の苦労はありませんでした。

今年の1月からお昼は家に帰れる近所のパートから、通勤で1時間かかる会社に正社員となりましが、その頃から学校を休みがちとなり、過食嘔吐を繰り返し、5月の連休には、リストカットもし、家に帰らない事もありました。娘は学校をやめるつもりで定期試験は白紙解答。出席日数もほとんどなく2年の1学期の成績は、ついていません。

それまで子供について ほとんど苦労をせずに来たので、やっと反抗期が来た!と思うよういたいのですが、平日学校を休んでも家に居ることもなく、家のお金を持ち出し、化粧をして出かける。

ここだけは通っていると思っていた 近所の学習塾や歯医者さんへも行っていないと 先生から連絡がある始末です(私には行っていると言っていたので信じていました)。
リストカット・過食嘔吐が激しくなり、メンタルクリニックに通っていますが、先生に薬の事で聞きたいことがあり、一緒に行くと行ったら その日、本人は来ませんでした。(もう脳の萎縮が始まっています)。

メンタルの先生から私が家に居るのが良いと言われましたが、仕事を辞めたら生活が成り立ちません。しかし 家でひとり何をしているのかわからず、不安になります。娘は私に居て欲しくないと言い、休日は娘は朝から出掛け、夜まで帰りません。今日は4時には帰ると言って出ましたが、先ほど夕ご飯は外で、とメールが着ました。これでも少し前までは連絡もなかったので良い方向と思いますが、どこに居るのか 帰りの時間は連絡してきません。

はやし先生のHPから、この半年 私は全く逆の事ばかりしてきました。無くなったお金の事を問い詰め、将来を不安を口にし、自ら死を口にし、お父さんの所に行くようにも言いました(元夫は再婚しています)。

娘はよく頑張ったと思います。

2学期からは学校に行くと言っています。

私が落着いて居られる時は 関係も穏やかなのですが、お金がなくなったり、娘が嘔吐を隠したりすると、ダメです。わざと傷つけるような事ばかり言い、最近では手も出たりしてしまいます。この前は娘の前で自分の首も締めました。最悪な母です。

来週のお盆の時 娘と実家に帰省する予定でしたが、娘は行きたくない。父親の所に行くと言っていましたが、父親はまだ奥さんに話していない様子で そんな所に行かせて良いのか・・・。

両親からは、一緒に居ない方がお互いのためのようだから、父親に渡して、今年中には帰ることも考えるように言われています。

暖かい無視と 許して忘れる。
1年後 2年後 を見据えて。
頭ではわかっていますが、ギリギリの生活、このまま京都で生活して行く自信もありません。

だらだらと長くなってしまいました。
娘からはまだ連絡はありません(まだ6時なので何度もメールするのも・・・電話も出ない。)
どうしてよいのか わかりません。

【はやし浩司より、UNKNOWN様へ】

 先ほどまで、電話を待っていましたが、電話がありませでしたので、自分の考えを
書いてみたいと思います。

 あなたはがんばりすぎている……。
それが私の第一印象です。
よくここまでひとりで、がんばってこられましたね。
あなたはあなたで、最善のことをしましたよ。
今も、懸命に、がんばっています。
だからここは肩の力を抜いて、気を楽にしてください。
あなたの娘さんは、もう子どもではありません。
すでに、つまりとっくの昔に、あなたの手を離れています。
あなたが親としてできることは、ほとんどないということです。
高校2年生という年齢は、そういう年齢です。

 娘さんの言葉に、もう少し耳を傾けてあげましょう。
娘さんが、「居て欲しくない」と言うなら、それをよいほうに解釈してあげましょう。
親として、自分の子どもが巣立っていくのを知るのは、さみしくも、つらいときです。
しかしそれも巣立ち。
みながみな、よい形で巣立っていくとはかぎりません。

 あなたは自分が感じている(さみしさ)を、別の形に、自分で勝手に変えているだけ
ですよ。
「娘さんに問題がある」というような書き方で、自分をごまかしているだけですよ。
娘さんのことを心配しているようで、実は、あなたはその(さみしさ)に耐えられない
でいるだけ。

 あのね、みんなさみしいのです。
孤独なのです。
しかしあなたの娘さんは、もっとさみしがっているのですよ。
心の拠り所さえ、ないのですから。
自分の心や体を休める場所(家庭)もない……。

 今のあなたにとっていちばん大切なことは、娘さんに、心の拠り所を用意してあげる
ことです。
娘さんが、安心して心を体を休める場所を、提供してあげることです。

 進学?
塾?
……もう、そんなものは、さっさと、あきらめなさい!
大切なことは、娘さんの(友)として、娘さんの横に立つことです。
娘さんの悲しみや苦しみや、さみしさを、あなたが共有してあげることです。
「あなたもさみしかったのね」「ごめんね」と、です。

 が、すぐには娘さんは、心を溶かさないかもしれません。
つっぱったまま、これから先、5年、10年と過ぎていくかもしれません。
しかし見返りを求めない。
捨て身で対処します。
捨て身ですよ!

 娘さんが、どんなにあなたを裏切っても、あなたはそれを受け入れます。
それを「無私の愛」といいます。

 あなたもその無私の愛を感じてみてください。
そこは実におおらかで、すばらしい世界ですよ。
また「許して忘れる」は、口で言うほど、簡単なことではありません。
苦しく、つらいものです。
少しぐらい「許して忘れて」、それで効果がなかったなどと、思ってはいけません。
どこまでも、どこまでも、「許して忘れます」。
それだけを繰り返します。

 で、あなたはあなたで、あなたの生きる道をさがします。
あと10年もすれば、老後ですよ!
わかりますか?
時間がありません。
目を娘さんから離して、あなたはあなたで前を見るのです。

 心配先行、不安先行、過関心、過干渉……。
娘さんにとっては、窮屈な家庭だったと思いますよ。
その上、離婚騒動に巻き込まれ、私もあなたの娘さんなら、「バカヤロー」と
叫んで、家を出ていくでしょうね。
しかしそれをする娘さんだって、つらいのです。

 今夜帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれません。
が、あなたができることは、暖かい夜食を用意し、寝床を用意することです。
そして帰ってきても、何も言わない……。
「暖かい無視」というのは、そういうことを言います。

 いいですか、あなたの娘さんは、もう(おとな)ですよ。
あるいはあなたが高校2年生のときのことを思い出してみてください。
それが今の、娘さんなのです。
あなたの思うようにならないからといって、また取り越し苦労を重ねたところで、
問題は何も解決しないでしょう。
さらに二番底、三番底へと、娘さんは、落ちていくだけです。

 たしかにあなたがしたことは、おとなげないというか、けっしてほめられるべき
ことではありません。
しかしあなたの娘さんなら、許してくれますよ。
だから娘さんを信じて、今日、この瞬間から、あなたは肩の力を抜いて、娘さんの
「友」になります。
娘さんのほうは、すぐには友として認めてくれないかもしれませんが、あきらめては
いけません。
こうした問題には、時間が必要です。
1年や2年は覚悟してください。

 あとは娘さんの人生ですから、あなたはあなたで、幸福を追求すればよいのです。
生きがいを見つけ、仕事を懸命にします。
今できることを、懸命にすればよいのです。
そういう意味で、あなたは本当に、よくがんばっています。
めげないで、がんばっています。
すばらしい人です。

 あのね、あのスティーブンソンは、こう書いています。
「宝島」を書いた、スティーブンソンです。
『我らが目的は成功することではない。失敗にめげず前に進むことである』とです。
今のあなたに、さしあげたい言葉です。

 いいですか、こんなことでめげてはいけませんよ。
何でもない問題ですから。
どこに家にでもある問題です。
自分の娘さんだけを見て、「どうしてうちの子だけが……」とは、思わないこと。
こうして娘さんは、あるいは子どもたちは、親離れをし、自立していきます。
おとなになっていきます。
ひょっとしたら、すでにあなたの娘さんは、あなたより、ずっとおとなかもしれません。
それを信じてあげなさい。

 そう、あなたは目が見える。
音が聞こえる。
歩くことができる。
話を聞くことができる。
……あなたは生きている。
娘さんも生きている。
そこを原点として考えてください。

ね、すばらしいことでしょ!

 要するにあなたが今、娘さんとの間で経験しているのは、家庭のドタバタです。
何でもない問題です。
が、あなたにはそれがわからない。
ささいなことを針小棒大に考えて、ひとりで大騒ぎしている……。
言うなれば、ひとり芝居。
そんな感じです。

 どなたか、相談できる人は、近くにいませんか?
話を聞いてくれる人がいるとよいですね。
その人も、同じことを言いますよ。

 だから、ここは、「許して忘れる」。
暖かい無視を大切に、あなたはあなたで、好き勝手なことをすればよいのです。
娘さんのことは、もう、構わないで……。
だいじょうぶですよ。
あなたの娘さんは、あなたが考えているより、はるかにおとなです。

 コツは、(今の状態)をこれ以上悪くしないことだけを考えて、対処すること。
あなたが騒げば騒ぐほど、逆効果ですから、注意してくださいね。

 電話で直接話したかったのですが、電話がありませんでしたので、メールで失礼
します。
なおたいへん申し訳ありませんが、電話での相談は、お断りしています。
電話番号は、忘れてください。
(気まぐれですみません。)

 今夜はこれで失礼します。
もしよかったら、私のHPの原稿を、片っ端から読んでみてください。
きっと気が楽になりますよ。

 では、おやすみなさい。


Hiroshi Hayashi++++++++AUG.09+++++++++はやし浩司
 

許して 忘れる

 投稿者:れいこメール  投稿日:2009年 8月 9日(日)18時25分48秒
  高校2年の娘です。一人っ子。中学2年の時 離婚。中高一貫高のため 高校入試の苦労はありませんでした。
今年の1月からお昼は家に帰れる近所のパートから、通勤で1時間かかる会社に正社員となりましが、その頃から学校を休みがちとなり、過食嘔吐を繰り返し、5月の連休にはリストカットもし、家に帰らない事もありました。娘は学校をやめるつもりで定期試験は白紙解答。出席日数もほとんどなく2年の1学期は成績はついていません。
それまで子供について ほとんど苦労をせずに来たので、やっと反抗期が来た!と思うよういたいのですが、平日学校を休んでも家に居ることもなく、家のお金を持ち出し、化粧をして出かける。
ここだけは通っていると思っていた 近所の学習塾や歯医者さんへも行っていないと 先生から連絡がある始末です(私には行っていると言っていたので信じていました)。
リストカット・過食嘔吐が激しくなり、メンタルクリニックに通っていますが、先生に薬の事で聞きたいことがあり、一緒に行くと行ったら その日 本人は来ませんでした。(もう脳の萎縮が始まっています)。
メンタルの先生から私が家に居るのが良いと言われましたが、仕事を辞めたら生活が成り立ちません。しかし 家でひとり何をしているのかわからず、不安になります。娘は私に居て欲しくないと言い、休日は娘が朝から出掛け、夜まで帰りません。今日は4時には帰ると言って出ましたが、先ほど夕ご飯は外 とメールが着ました。これでも少し前までは連絡もなかったので良い方向と思いますが、どこに居るのか 帰りの時間は連絡してきません。
はやし先生のHPから、この半年 私は全く逆の事ばかりしてきました。無くなったお金の事を問い詰め、将来を不安を口にし、自ら死を口にし、お父さんの所に行くようにも言いました(元夫は再婚しています)。
娘はよく頑張ったと思います。
2学期からは学校に行くと言っています。
私が落着いて居られる時は 関係も穏やかなのですが、お金がなくなったり、娘が嘔吐を隠したりすると、ダメです。わざと傷つけるような事ばかり言い、最近では手も出たりしてしまいます。この前は娘の前で自分の首も締めました。最悪な母です。
来週のお盆の時 娘と実家に帰省する予定でしたが、娘は行きたくない。父親の所に行くと言っていましたが、父親はまだ奥さんに話していない様子で そんな所に行かせて良いのか・・・。
両親からは、一緒に居ない方がお互いのためのようだから、父親に渡して、今年中には帰ることも考えるように言われています。

暖かい無視と 許して忘れる。
1年後 2年後 を見据えて。
頭ではわかっていますが、ギリギリの生活、このまま東京で生活して行く自身もありません。

だらだらと長くなってしまいました。
娘からはまだ連絡はありません(まだ6時なので何度もメールするのも・・・電話も出ない)
どうしてよいのか わかりません。
 

●UKさんへ追伸

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2009年 6月 4日(木)08時06分10秒
  ●子育てのすばらしさ



+++++++++++++++++



子育ては、ただの子育てではない。

子どもは、ただの子どもではない。



親は、子育てを通して、その子どもから

貴重なものを学ぶ。



+++++++++++++++++



●子をもって知る至上の愛



 子育てをしていて、すばらしいと思うことが、しばしばある。その一つが、至上の愛を教えられ
ること。ある母親は自分の息子(3歳)が、生死の境をさまよったとき、「私の命はどうなっても
いい。息子の命を救ってほしい」と祈ったという。こうした「自分の命すら惜しくない」という至上
の愛は、人は、子どもをもってはじめて知る。



●自分の中の命の流れ



 次に子育てをしていると、自分の中に、親の血が流れていることを感ずることがある。「自分
の中に父がいる」という思いである。私は夜行列車の窓にうつる自分の顔を見て、そう感じたこ
とがある。その顔が父に似ていたからだ。そして一方、息子たちの姿を見ていると、やはりどこ
かに父の面影があるのを知って驚くことがある。



先日も息子が疲れてソファの上で横になっていたとき、ふとその肩に手をかけた。そこに死ん
だ父がいるような気がしたからだ。いや、姿、形だけではない。ものの考え方や感じ方もそう
だ。私は「私は私」「私の人生は私のものであって、誰のものでもない」と思って生きてきた。



しかしその「私」の中に、父がいて、そして祖父がいる。自分の中に大きな、命の流れのような
ものがあり、それが、息子たちにも流れているのを、私は知る。つまり子育てをしていると、自
分も大きな流れの中にいるのを知る。自分を超えた、いわば生命の流れのようなものだ。



●神の愛と仏の慈悲



 もう一つ。私のような生き方をしている者にとっては、「死」は恐怖以外の何ものでもない。死
はすべての自由を奪う。死はどうにもこうにも処理できないものという意味で、「死は不条理な
り」とも言う。



そういう意味で私は孤独だ。いくら楽しそうに生活していても、いつも孤独がそこにいて、私をあ
ざ笑う。すがれる神や仏がいたら、どんなに気が楽になることか。が、私にはそれができない。
しかし子育てをしていると、その孤独感がふとやわらぐことがある。自分の子どものできの悪さ
を見せつけられるたびに、「許して忘れる」。これを繰り返していると、「人を愛することの深さ」
を教えられる。



いや、高徳な宗教者や信仰者なら、深い愛を、万人に施すことができるかもしれない。が、私
のような凡人にはできない。できないが、子どもに対してならできる。いわば神の愛、仏の慈悲
を、たとえミニチュア版であるにせよ、子育ての場で実践できる。それが孤独な心をいやしてく
れる。



●神や仏の使者



 たかが子育てと笑うなかれ。親が子どもを育てると、おごるなかれ。子育てとは、子どもを大
きくすることだと誤解するなかれ。子育ての中には、ひょっとしたら人間の生きることにまつわ
る、矛盾や疑問を解く鍵が隠されている。それを知るか知らないかは、その人の問題意識の
深さにもよる。が、ほんの少しだけ、自分の心に問いかけてみれば、それでよい。それでわか
る。



子どもというのは、ただの子どもではない。あなたに命の尊さを教え、愛の深さを教え、そして
生きる喜びを教えてくれる。いや、それだけではない。子どもはあなたの命を、未来永劫にわ
たって、伝えてくれる。つまりあなたに「生きる意味」そのものを教えてくれる。子どもはそういう
意味で、まさに神や仏からの使者と言うべきか。いや、あなたがそれに気づいたとき、あなた
自身も神や仏からの使者だと知る。そう、何がすばらしいかといって、それを教えられることぐ
らい、子育てですばらしいことはない。


++++++++++++++++++++++++++++

問題ないと思われましたので、そのままBLOGに収録させていただきました。
よろしくお願いします。掲示板のほうは、半年前後で、そのまま削除されてしまいます。
 

中学1年生のお子さんをおもちのUKさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2009年 6月 4日(木)07時31分43秒
  UNKNOWN様へ

お子さんの心理状態は、「抑圧」という言葉を使って説明できます。

幼いころから、(弟が生まれたときから)、「いい兄」を演じながら、欲求不満を別の心の中に押し込めてきたと考えてください。それが今、思春期で爆発しているのです。つまり今、見せているあなたの子供の姿は、本来の姿ではなく、抑圧され、ゆがんだ姿なのです。ユングは、「シャドウ」という言葉を使ってそれを説明しています。

依存したいという甘え、しかし依存しきれない歯がゆさ、その両者の間で、葛藤している。幼年期は(いい子)で、思う存分、自己主張できなかった。言いたいことも言えなかった。いつも(がまん)を強いられた。プラス、弟への憎しみすら、押し殺さねばならなかった。そういう思いが、抑圧され、別の心にたまってしまったのです。

またこの時期は、(おとな)と(子ども)の間で、ときには「おとなっぽくなり、子ども扱いをされると怒り」、反対に「幼児ぽくなり、そういう自分に嫌悪感を覚える」を繰り返します。つまりその両者を行ったり来たりします。私はこれを(揺り戻し現象)と呼んでいます。

また同一性の確立に失敗し、自分でも何をしたらよいのか、どうしたらよいのか、わからないでいます。楽しくてゲームをしているのではありませんよ。ほかに自分をどうしようもないから、ゲームをしているのです。一番苦しんでいるのは、つまり母親に悲しい思いをさせて苦しんでいるのは、息子さん自身です。が、それすらも、素直に表現することができない。ではどうするか?

(1)お母さん自身が学歴信仰から抜け出ます。「学校なんか、くそくらえ」(尾崎豊)くらいに思うことです。(2)「あなたも苦しんでいるのね」と、子供の苦しみを分かち合います。(3)温かい無視を大切に。(4)子供のほうから求めてきたときが、求めどきと考えて行動します。

あなたが心のどこかで「学校とは行かねばならないところ」という意識をもっているかぎり、その意識は子どもに伝わり、子どもはその意識と現実の間で、もがき苦しみます。掲示板を見るかぎり、あなたはたいへん強い(学校教)の信者のように感じます。反対に言うと、どうしてそこまで(学校)にこだわるのですか? 今はかなり時代も変わり、このあたりでも、約60%の中学3年生は、「勉強でがんばるより、部活でがんばって……」とか、「勉強で苦労したくないから、進学校には入りたくない……」と考えています。

また言えば、あなた自身が子離れできずにいます。子どもの方はとっくの昔に親離れしていますが、それにすら気づいていないように感じます。あなた自身の親意識も強く、中学生のゲームを「隠す」というのも、やりすぎです。つまり一方的に親意識をふりかざし、思うようにならないと、混乱する。

要するに、子育てに対する期待が強すぎます。「よい家庭を作ろう」「よい親子関係を作ろう」とです。気負いが強い分だけ、あなたも疲れますが、子どもも疲れます。「どうせ子どもというのは、去っていく」「去って行きたければ去っていけばいい」「勝手にどうぞ」「私は私で、自分の生活を楽しみますからね」と、心のどこかで割りきってください。

あなたはもうじゅうぶんがんばってきました。それにお子さんは、中1とはいえ、すでにおとなです。長くなりそうなので、つづきは、またマガジンのほうで考えてみます。7月上旬に載せます。できればその前に、また掲示板のほうに書いておきます。

大切なことは、こうした問題には、まだ二番底、三番底がありますから、今を決して最悪と思ってはいけないということです。対処の仕方を間違えると、二番底、三番底へと進んでしまいます。中退、非行……と進んでいく可能性もあります。「今の状態をこれ以上悪くしないことだけ」を考えて対処してください。あまり乱暴がひどいようでしたら、一度、心療内科の先生に相談してみるとよいでしょう。こだわりを取り除く、よい精神安定剤を処方してくれるはずです。

『許して、忘れる』は、まちがっていません。どん底から、さらにどん底へ落とされても、この言葉を心の中で念じてみてください。これは子どもとの闘いというよりも、あなた自身との闘いなのです。その闘いに勝ったとき、あなたの子どもは、こう言うでしょう。「お母さん、ありがとう」と。と、同時に、あなたは「子どもを信じきった」という喜び、「子どもを育てた」という満足感を味わいます。約束します。

で、幸い学校の先生があれこれと心配してくれているようなので、あなたのほうも心を開いて、相談したらよいでしょう。あなたから見ると、特殊な問題のように見えるかもしれませんが、ケースとしては、珍しくありません。そのあたりのことは、学校の先生も、よく知っているはずです。

こうして子どもはおとなになっていきます。それを(巣立ち)と言いますが、巣立ちのしかたは、みなちがいます。中にはたがいにののしりあいながら、巣だっていく親子もいます。しかしそれでも巣立ち。あなたは愛情だけをしっかりともちながら、あとは静かに見送れば、それでよいのです。あとはやるべきことはやる。またその範囲にとどめる、です。いつか子どもは帰ってきます。そのときは、窓をあけ、思いっきり子どもを抱きしめてあげればよいのです。そうそう、悲しくてつらいときがあったら、アルバムを見るとよいですよ。私もそうしました。

この時期も、その最中の人には長く感じられるかもしれませんが、あっという間に終わります。本当にあっという間です。今こそ、親は真の愛が試されているときと覚悟して、この時期を乗り越えてください。あなたはすばらしい女性になりますよ。いいですか、あなたの子どもがあなたを育てようとしているのです。それに気がついたとたん、心が軽くなります。繰り返しますが、『許して、忘れる』ですよ。生活態度がだらしなくなっても、許して、忘れる。どうかあきらめずに、がんばってください。家族がみな、ここにいて、みなががんばっている。そのすばらしさ、尊さを、すなおに喜んでください。
 

中学1年生の母より

 投稿者:kurattaメール  投稿日:2009年 6月 3日(水)23時53分40秒
  早速返信を頂きありがとうございました。
先生に言われてはっとすることが何箇所もありました。
何をしたらいいのかわからなくてもがいていて息子も辛いのかもしれません。お恥ずかしいのですがそんなふうに考えたことはありませんでした。私はどうやって息子と向かい合っていいかわからずに息子から逃げ出したくて自分がどうやったら毎日生きていけるのかばかり考えていました。
単身赴任先でがんばっている主人に現在の子供の状況を話しているとき思わず泣いてしまった私に背中をさすっている長男がいました。自分の話をしているとわかっていて隠れて聞いていたのだと思います。私が泣いているときに顔を覗き込み心配そうにしていました。でも私はあまりの子供の態度のギャップに戸惑い、耐えられず「触らないで!」と突き放しました。テレビを見ながら私のひざに顔をうずめてきたりしますがまたその後何分か後にキレたりする事も度々あるからです。私はひどい言い合いをしたときでもしばらく引きずってしまいます。でも息子はまるで何もなかったかのように甘えてこれる!どうして?と思ったりするのです。本当はこんなときに受け止めてあげなければいけなかったのですね。私に心の余裕がなくて・・情け無いです。
ここのところ、本当にこの場からいなくなることばかり考えていました。
逃げちゃいけない、現実から息子から。もう少しがんばらなくては・・
電話で主人に息子の話をしたところ「何のためにがんばっているかわからなくなってしまった。虚しくなっちゃたよ。」と落ち込まれました。遠く離れた場所で聞くほうが辛いのかも知れません。帰って来たくてもすぐには駆けつけられないのだからその分辛いと思います。4年前に十二指腸にガンが見つかり膵臓と胆のう、十二指腸を切除する手術を受けました。5年間は再発の恐怖におびえながら生活を送っている主人にこんな辛い話を聞かせたことに後悔しました。でも父親として力を貸してほしかった。私も疲れていたんです。遠いところで長男のことを思いため息をついている主人を思うと私の力のなさが情けないです。2年前単身赴任が決まったときに再発のことを心配しながらも、男の子2人を私1人で育てていけるだろうか?一番父親の力が必要なときに・・・と不安に思っていました。たまに帰って来る主人のこの家でのポジションを(家長という)確保しておく事の難しさも感じたりしています。普段父親のいない生活をしているとそれに慣れてしまってペースができてしまうので久々に主人が登場すると家の中が乱れるのも事実です。
先生からすぐに返事をいただけて、それだけで私の心がすごく軽くなっています。言葉の力がありがたくて感謝の気持ちでいっぱいです。
慌てていてメッセージを読んでいなかったのですが(一般の方)に書き込まないといけなかったんですね。すみません。
 

中学1年生のお母さんへ

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2009年 6月 3日(水)21時03分40秒
  UNKNOWN様へ
お子さんの心理状態は、「抑圧」という言葉を使って説明できます。
幼いころから、(弟が生まれたときから)、「いい兄」を演じながら、欲求不満を別の心の中に押し込めてきたと考えてください。それが今、思春期で爆発しているのです。つまり今、見せているあなたの子供の姿は、本来の姿ではなく、抑圧され、ゆがんだ姿なのです。ユングは、「シャドウ」という言葉を使ってそれを説明しています。依存したいという甘え、しかし依存しきれない歯がゆさ、その両者の間で、葛藤している。幼年期は(いい子)で、思う存分、自己主張できなかった。プラス、弟への憎しみすら、押し殺さねばならなかった。そういう思いが、抑圧され、別の心にたまってしまったのです。また同一性の確立に失敗し、自分でも何をしたらよいのか、どうしたらよいのか、わからないでいます。楽しくてゲームをしているのではありませんよ。ほかに自分をどうしようもないから、ゲームをしているのです。一番苦しんでいるのは、つまり母親に悲しい思いをさせて苦しんでいるのは、息子さん自身です。が、それすらも、素直に表現することができない。ではどうするか?
(1)お母さん自身が学歴信仰から抜け出ます。「学校なんか、くそくらえ」(尾崎豊)くらいに思うことです。(2)「あなたも苦しんでいるのね」と、子供の苦しみを分かち合います。(3)温かい無視を大切に。(4)子供のほうから求めてきたときが、求めどきと考えて行動します。
あなたはもうじゅうぶんがんばってきました。それにお子さんは、中1とはいえ、すでにおとなです。長くなりそうなので、つづきは、またマガジンのほうで考えてみます。7月上旬に載せます。できればその前に、また掲示板のほうに書いておきます。
大切なことは、こうした問題には、まだ二番底、三番底がありますから、今を決して最悪と思ってはいけないということです。対処の仕方を間違えると、二番底、三番底へと進んでしまいます。「今の状態をこれ以上悪くしないことだけ」を考えて対処してください。あまり乱暴がひどいようでしたら、一度、心療内科の先生に相談してみるとよいでしょう。こだわりを取り除くよい精神安定剤を教えてくれるはずです。
 

中学1年生の長男のこと

 投稿者:kurattaメール  投稿日:2009年 6月 3日(水)20時30分24秒
  先生の掲示板を拝読するようになってからもう5年がたちました。いつもなにかに迷ったり辛いことがあったときにホームページを開いてきました。そして先生の言葉を心の糧にしてきたこと、今までに何度もあります。でも今回だけはどうしても他の方の投稿を読むのではなく自分の言葉で先生にお話し、先生ならなんとおしゃるのかを聞きたくてメールしました。辛い毎日が続き誰かに聞いてもらいたい、でも学校にどこまで話していいのかわからない。そんな日が続いています。

4月に私立中学に入学した長男のことです。1月に受験も終わり子供の生活が乱れてきたのはそのころからです。特に春休みはひどいものでした。テレビゲームとカードゲームに明け暮れ、テレビを見ながらゴロゴロしてばかり。はじめは注意していましたがだんだん反抗がエスカレートしてきて子供の顔色をみて生活をするようになりました。黙ってみていることも結構私におは忍耐がいることで時々やはり口うるさく言ってしまうと息子はキレて壁に大きな穴を開けるくらい怒鳴り、ベットの背もたれもパンチで穴を開けました。私が無視をすると2歳違いの弟に手を出し始めます。私が弟をかばうとまたそれが気に入らないらしくキレて怒鳴りちらしテレビやエアコンのリモコンを投げつけます。
息子が穏やかに過ごした日は自分のほしかったカードやゲームを買ってあげた日だけです。
春休み中に「彼方の仕事は勉強だからまずは勉強を決めた時間やってからゲームなりカードで遊んだらどうか?」と比較的穏やかのときに話をしたりしましたがやはりむしゃくしゃするのか長続きしません。私が無理やりゲームを隠したりしても結局息子が切れてしまうのが怖くて出してしまうのが現状です。そばに座って話をしようとしても「うるせぇんだよ、黙ってろ、あっちいけ」私のことも興奮しているときは「お前」「あんた」と言います。さすがにショックでした。先日子供の締めたドアに小指が挟まり爪がはがれました。痛さよりも絶望感が私の中でいっぱいになりました。先生のおっしゃっている「許して忘れる」と言う言葉を何回自分に言い聞かせたかわかりません。でもズキズキをする指を押さえながら「あんたなんか死んじゃえばいいのに」「あなたさえいなかったらこの家は平和なんだ」と子供に言ってしまいました。あんなに大切に思ってきた子供に私はこんな言葉を言う親になってしまったのです。大切で大切でだからこそ言いたくないことも言ってきました。でもそれがかえって子供をこんなふうにさせてしまったのかと思うと辛いです。自分の思うとおりにいかないとキレてしまう、わがままに育ててしまったのは私です。私自身、あの子に少しでも楽しませてやりたい、皆がゲームを持っているのなら息子にも買ってあげたい。そんなふうにして育てた私が一番悪いことはわかっています。
私立中学に入った以上多少は勉強してくれないと・・・自分で行きたいと望んで入った学校なのに朝起きれないことから「辞める。あーもう、学校辞めて家でブラブラしているから」と言い出します。やめられたら困ると言う考えが私の中にあり、やっぱり子供の顔色をみています。小学校のころから朝が弱くなかなか起きないことが悩みの種でした。でも毎朝うるさがられながらも私が何十分もかけて起こしていました。いつからか私の中でそれがストレスになっていました。中学に入ったら自分で起きてもらおう。私も仕事があるため、子供に時間を費やしておられずいっぱいいっぱいになっていることに気がつきました。遅刻させることが怖かった私ももう、いいや!!と割り切り一度起こしてだけでやめてみました。案の定遅刻です。子供から「どうして起こさなかった!!」と怒りの電話が私の職場にかかってきました。遅刻なら今日は学校行かない!と結局休んでしまいました。私は自分の感情を抑えるだけで精一杯でした。その日からまた時間をかけて起こす日々が始まりました。
もういいかなと思った昨日1度起こして私は職場に向かいました。ところが2度寝をしてしまったらしく今度は学校から無断欠席の電話です。私は慌てて家に戻りました。居間でテレビを見ていた息子は学校は行かない!と言い張ります。着信暦を見ると何回も学校から電話が入っていたようでした。息子は電話にでなかったのです。私がこれから我っこに送っていくと学校に電話をいれたことでまた息子は怒鳴り始めました。正直に寝坊したと先生に伝えたのがいけなかったと言うのです。何で体調が悪いと嘘をいわないんだ!
担任の先生が自分の授業が午後からないので家まで来てくださいましたがとうとう息子はトイレに鍵をかけたまま1歩も出てきませんでした。一生懸命呼びかけてくださる先生に対して「明日は学校にいく」と約束しました。先生が家まで来てくださっているのに申し訳ないと思わないの?と訊ねると「頼んだわけじゃない!」と言い放ちました。私は悲しくてこんなことを言うような子供になってしまった息子が情けなくて怒りでいっぱいになり子供に向かってなにか?物を投げつけました。
もうこうなってしまうと収拾がつかなくて私は家を飛び出ました。
でもこのことがあってから担任の先生に少し家でのことを話すことができました。
部活も勝手に休んでいることが多いらしいこともわかりました。
二言目には「学校行かない。部活やめる。」でも決してそんなつもりはないのだと私は感じます。いままで何十回も繰り返しているものの学校には結局行っているんです。
ゲームのこと、朝起きれないこと、今、この場から逃げ出したいと実は本当に思ったりしています。もうどうなってもいいから。次男と一緒に出て行こうかと考えたりしています。
がんばれって自分に言うのですが夕方になり息子が学校から帰ってくるのが怖いです。朝になってカーテンを開けるのが怖いです。
いろいろダラダラととり止めなく書いてすみません。でも先生にメールを送れるようになっただけでもここ数日で一番心にゆとりのある日です。先生、私に力を貸してください。がんばれって。
 

(無題)

 投稿者:かの  投稿日:2008年10月 2日(木)15時58分45秒
   次女の不登校が始まってから、1年が経ちました。(小1の9月から)
家での様子に変わりはなく身体症状もありませんでしたが、どうしても「行きたくない」
と泣くので休ませる事にし、1か月休んだ後に養護の先生の誘いで保健室へ母子登校を半年程しました。

 なんとか教室へ行かせようという誘いが、それまでにもチラチラありましたが、2年生になって初めての参観日で、姉の授業を参観したあと自分の教室も参観したいと言ったので教室へ行きました。

10分ほどで、もう(教室を)出たいと言ったので出ようとしたところ、養護の先生が
次女の手をつかみ、席へ座らせようとしました。
結局座らずに、すぐに戻ってきましたが、そのあとは空き教室へこもり授業が終わるまで
そこから出ようとしませんでした。(私も一緒に)

参観日は日曜日だったので、月曜日は休みでしたが火曜日の朝、「行きたい気はするけど
行く気になれない」と言いました。
「じゃあ休もう」と休むことにしたのですが、学校へ連絡した際に「給食だけでもおいで」と担任が言っていたことを次女に伝えると、「行く」と言ったのでお昼頃に学校へ行きました。

教室ではなく空き教室で食べたいと言うので、教室へ給食をもらいに行こうとした時、補助に入っている先生が、強引に次女を教室へ行かせようとしました。

私が断り教室へは行きませんでしたが、次の日からは学校へ行きたくないと言い、今も不登校は続いています。

 学校へは、行ければそれでいいし、行けなければそれでもいいと思っています。
ただ、仕事を辞めたくない私がいて、でも次女はそばにいて欲しくて・・・

辞めるつもりは今のところありません。1日中家にいて次女のそばにいると、自分がダメになってしまうような気がしています。

 親身になって考えているとは思えない担任や、不登校の子供のこと(親のこと)
を理解していない養護の先生。
(私の知り合いのお母さんに、実の父親に合わせていないから不登校になったのでは?と
言ったそうです)

まだまだ先は長そうです。


 不満を書かせて頂きました。

 すみませんでした。失礼致します。
 

低学年の母子登校について

 投稿者:ゆきメール  投稿日:2007年10月15日(月)10時51分56秒
  おはようございます。

先ほどメールさせて頂いたのですが、書き忘れたことがありましたので、書き込みさせて下さい。

母親と一緒でも、学校へ行けるのなら行った方がいいのでしょうか?
もちろん、本人の意志を確認しながらですが。

それとも、一人ででも行ける決心がつくまで、何も言わずに、任せておいたほうがいいのでしょうか?

私は、任せるつもりでいたのですが、実家の母や担任の先生は、母親が一緒でも、行ける時は行かせた方が学校に戻りやすい・・・と言うのですが。

「ただ黙って見守っていても、学校に行けるようにはならないと思う」
と言われました。

どうすれば良いのでしょうか?
 

●こめ様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2007年 7月13日(金)09時07分13秒
  【義母との問題】

●掲示板への投稿より

 こんな投稿があった。どこかの学生からのものだった。

 『現在学生をしており、妊産婦が妊娠・育児について義母から受ける影響について研究しています。間違った育児論により、妊産婦がなんらかの悪影響やプレッシャーを感じているのではないかと考えています。この研究に使用できる参考文献などありましたら、紹介していただきたいです。よろしくおねがいします』と。

 残念ながら、私はそうした(文献)を知らない。しかしその逆のことも言える。これは妊産婦にかぎらないことだが、若い世代の人たちは、古い世代の人たちの価値、あるいはその価値観を、あまりにも安易に否定しすぎているのではないか(?)。

 古い世代に対して、(敵意)のようなものすら感じている人も少なくない。「古い世代の言うことには、価値はない」と。それで育児論。

これはあくまでも私の個人的な意見だが、むしろまちがった育児論で、親自身が、子どもをダメにしてしまうケースのほうが、はるかに多いのではないか。(「ダメ」という言葉はあまり使いたくないが、ほかに適切な言葉が思い浮かばない。)もう少し、年配者、あるいは経験者の意見に耳を傾けてくれたら……というケースは少なくない。

 そこでアメリカはどうかというと、たとえば息子夫婦のケースだが、妊娠と同時に、毎週、出産、育児教室に通うようになる。出産後も、同じように通っている。最近、日本でも、各地で育児支援センターがたちあがっている。それなどは完全に欧米の制度のマネとみてよい。

 核家族化が進み、さらにカプセル家族化が進んだ。頼るべき両親、相談すべき両親が、近くにいないというケースも少なくない。育児支援センターは、そういう親たちにとっては、救いの場所ということになる。

 で、掲示板への投稿についてだが、私の調査では、こんなことがわかっている。14年も前にした古い調査なので、そのまま現代に当てはまるかどうかわからないが、ここに紹介する。

+++++++++++

【別居か、さもなくば離婚か】

●好かれるおじいちゃん

 祖父母との同居について、アンケート調査をしたことがある。その結果わかったことは、「好かれるおじいちゃん、おばあちゃん」の条件は、(1)健康であること、(2)やさしいこと、(3)経験が豊富であること、(4)控えめであることだった(一九九三年・浜松市内で約五〇人の同居世帯で調査)。

●子どもが生まれる前から同居が望ましい

 反対に同居する祖父母との間のトラブルで一番多いのが、子育て上のトラブル。母親の立場でいうと、一番苦情の多かったトラブルは、「子どもの教育のことで口を出す」だった。「甘やかしすぎて困る」というのが、それに続いた。

さらに「同居をどう思うか」という質問については、子どもが生まれる前から同居したばあいには、ほとんどの母親が、「同居はよかった」と答えているのに対して、途中から同居したばあいには、ほとんどの母親が、「同居はよくない」と答えていた。祖父母との同居を考えるなら、子どもが生まれる前からがよいということになる。

●たいていは深刻な問題に

 そこで祖父母との間にトラブルが起きたときだが、間に子どもがからむと、たいていは深刻な嫁姑戦争に発展する。母親もこと自分の子どものことになると、妥協しない。祖父母にしても、孫が生きがいになることが多い。こじれると、別居か、さもなくば離婚かというレベルまで話が進んでしまう。そこでこう考える。これは無数の相談に応じてきた私の結論のようなもの。

(1) 同居をつづけるつもりなら、祖父母とのトラブルを受け入れる。とくに子どもの教育のことは、思い切って祖父母に任す。甘やかしなどの問題もあるが、しかし子育て全体からみると、マイナーな問題。メリット、デメリットを考えるなら、デメリットよりもメリットのほうが多いので、割り切ること。

(2) 子どもの教育は任せる分だけ祖父母に任せて、母親は母親で、前向きに好きなことをする。そうした前向きの姿勢が子どもを別の面で伸ばすことになる。

(3) 祖父母の言いたそうなことを先取りして子どもにいい、祖父母には「助かります」と言いながら、うまく祖父母を誘導する。

(4) 以上の割り切りができなければ、別居を考える。

 大切なことは、大前提として、同居を受け入れるか入れないかを、明確にすること。受け入れるなら、さっさとあきらめるべきことはあきらめること。この割り切りがまずいと、母親自身の精神生活にも悪い影響を与える。
(小生の著書で、発表済み)

++++++++++++++

●家庭内子育て戦争

+++++++++++++

さらに、こんな原稿を書いた
こともある。

家族の問題は、相手から相談
があるまで、介入しない。

これは子どもを指導するときの
大鉄則。

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 明らかに過保護な子ども(年中男児)がいた。原因は、おばあさん。そこである日、たまたま母親が迎えにきていたので、その母親にこう言った。「少し、おばあちゃんから離したほうがいいですよ」と。

おばあさんは、ベタベタに子どもをかわいがっていた。が、この一言が、その後、大騒動の引き金になろうとは!

 それから一か月後。母親がすっかり疲れきった様子で、幼稚園へやってきた。あまりの変わりように驚いて、私が「どうしたのですか」と声をかけると、こう話してくれた。

「いやあ、先生、あれからたいへんでしたの。祖父母と別居か、さもなくば離婚ということになりまして、結局、祖父母とは別居することになりました」と。ほかのことならともかく、親も、こと子どものこととなると、妥協しない。こんなこともあった。

 その老人は、たいへん温厚で、紳士的な人だった。あとで聞くと、中学校の教師をしていたという。その老人が、どういうわけだか、D君(年長児)の入試に、異常にこだわっていた。「先生、何としても孫には、A小学校に入ってもらわねば困るのです」と。

私はその老人の気持ちが理解できなかった。「元先生ともあろう人が、どうして?」と。が、ある日、その理由がわかった。老人は、こう話してくれた。D君の父親は、隣町のK市で勤務医をしていた。もしD君がA小学校に入学すれば、D君は、その老人の家から小学校へ通うことになる。が、入学できなければ、D君はK市の親のもとへ帰ることになる、と。

しかし入試の直前になって、事態が急変した。親が入試を受けることに、猛烈に反対し始めたのだ。私のところにも父親から電話がかかってきた。「今後は、我が家の教育については干渉しないでほしい。息子はK市の地元の小学校に通わせることにしたから」と。

 この事件はそれで終わったが、それから半年後。そのときその老人は、自転車に乗っていたが、車ですれ違うと、別人のようにやつれて見えた。孫の手を引きながら、意気揚揚と幼稚園へ連れてきた、あのハツラツとした姿は、もうどこにもなかった。

あとで聞くと、それからさらに半年後。その老人は何かの病気で亡くなってしまったという。その老人にとっては、孫育てが生きがい以上のもの、つまり「命」そのものだった。

 孫を取りあって、父母との間で壮絶な、家庭内戦争を繰り広げている人はいくらでもいる。しかし世の中には、こんな悲惨な例もある。例というより、一度、あなた自身のこととして考えてみてほしい。あなたなら、こういうケースでは、一体どうするだろうか。

 ある祖父母には、目に入れても痛くないほどの一人の孫がいた。が、その孫が交通事故にあった。手術をすれば助かったのだが、その手術に、嫁が、がんとして反対した。嫁は、ある宗教教団の熱心な信者だった。その教団では、手術を拒否するように指導している。

一度私が教団に確認すると、「そういう指導はしていません。しかし熱心な信者なら、自ら拒否することもあるでしょう」とのこと。ともかくもそれで、その孫は死んでしまった。

 その祖父はこう言って、言葉をつまらせた。「それまでは、愛だとか平和だとか、嫁の宗教も、それほど悪いものではないと思っていたのですが……」と。

+++++++++++++

 子育てには、その人の人生観、価値観、哲学(哲学があればの話だが)、そういったもともろのものの見方、考え方が集約される。さらにその人の過去が、そのまま反映される。

だから子育てをしていると、夫婦の間でも、対立、衝突は、しばしば起きる。起きて、当り前。子育てというのは、そういうもの。いわんや、義父母との対立、衝突など、今どき珍しくも何ともない。

 私が現在経験しているケースの中には、孫を取りあって、姑(しゅうとめ=義母)と嫁が、壮絶な家庭内戦争を繰りかえしているのもある。姑にしてみれば、「息子の子どもは、私の孫」ということになる。

 理由を聞くと、「あんな嫁に孫を任せておいたら、孫が、どんな人間になるか、わかったものではない。それが心配だ」と。

 しかし結論を先に言えば、親は、自分の息子、娘夫婦の子育てには、干渉してはならない。息子や娘から相談があれば、そのときは、そのとき。しかしそれまでは、そっとしておいてやる。それも、親の務めではないか。
 

質問

 投稿者:こめ  投稿日:2007年 7月12日(木)21時20分31秒
  現在学生をしており、妊産婦が妊娠・育児について義母から受ける影響について研究しています。間違った育児論により妊産婦がなんらかの悪影響やプレッシャーを感じているのではないかと考えています。この研究に使用できる参考文献などありましたら、紹介していただきたいです。よろしくおねがいします。  

(無題)

 投稿者:M.Fメール  投稿日:2006年11月29日(水)00時48分41秒
  以前、相談にのっていただいた者です。あれから・・・
長女Rは、男性宅から8月の末に家に帰ってきました。帰ってきた理由としては、Rにも女友達ができ孤独では、なくなったということと相手の男から暴力を受けるようになり友達に相談し家に帰ることをすすめられたということです。
相手の親から慰謝料を請求されましたが、弁護士の方に相談にのってもらい慰謝料を払わずに済むことができました。
帰ってから娘は荒れに荒れました。
深夜徘徊、不純異性交遊、その他・・・。
帰ってきてくれた娘の行動を受け入れられなくまた、私は娘と衝突する日々が続きました。
10月に入り、娘からのメールで「胸が苦しいよ。現実を受け入れられない自分がいるよ。」と送られてきました。
父親に付き添われ精神科を受診しました。
先生は「Rさんは赤ちゃん返りをしています。2才の弟をライバルと思っていますよ。Rさんを赤ちゃんと同じように接してあげて1番にかわいがってください。1年はかかると思って下さい。」との診断でした。普通?の非行少年は親と何でも距離をおきたがるがRの場合は、父親のそばにぴったりとくっついて座っていたり、先生に質問されても「ままに聞かないとわからない。」という答えが多かっ
たと言う点で診断されたと主人から聞きました。
それから、私はRと2才の次男の世話を、主人は11才の長男の世話をするという役割分担を決めました。
私は、Rの話し相手の聞き役に徹しました。まだ、深夜徘徊などはありますが問題行動は、父親にまかせ私はRをかわいがるのみで接したところ娘は、目に見えるように落ち着いてきました。
最近、娘は進学したいと言っています。中3になってからほとんど学校へは、行ってません。数日前、進路のことが不安で学校へ行きました。娘は「クラスに入ってもみんな私に退いていた。授業を受けたけどチンプンカンプン。少しでも勉強したいけど学校には、行きたくないな。」と言ってました。
私も娘の立場なら11ヵ月休んで、毎日休まず通学していた子と同じ授業を受けるのは、きついと思うのです。
また休んでいた間の噂もあるでしょうし・・・・。
塾へ行きたいと行っているのでそこで色々学ぶことができればいいでしょうか?
Rように不登校になった子を受け入れてくれる所はあるのでしょうか?先生が知っていましたら教えていただけますか?進学先は、不登校生を受け入れてくれる高校を予定しています。

先生が以前私に言ってくれた言葉が代償的過保護と言う言葉でした。私は、
娘がよい子に育つように娘をコントロールしていたのです。今では、それがよくわかるようになりました。娘の意見を尊重し肯定し自信を持たせることを私は、していませんでした。まだできていないことがたくさんあります。しかし娘は家に帰ってきてくれました。間違っていた子育てを少しずつ時間はかかると思いますが、修復してきます。
先生、ありがとうございます。
 

Sさんへ(2)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年10月26日(木)07時40分19秒
   あとは子ども自身の(力)に任すしかないようですね。
こだわりが強い点などは、これからさき、何かと、(うつ)につながりやすくなります。
大切なことは、子どもが、それを忘れるような環境を用意することです。

心のケアには、これから先、何年も、何年もかかります。やがて子ども自身が、
それに自分で気づき、自分で対処するようになるまでです。

そのときに、私の書いたことを、あなたの子どもに話してあげてみてください。
子ども自身が、それを参考に、立ち直ると思います。

では、


++++++++++++++++++++++++++++


● 間接虐待

 直接虐待を受けなくても、まわりの騒動が原因で、子どもが、心理的に、虐待を受けたのと同じ状態になることがある。これを私は、「間接虐待」と呼んでいる。

 たとえばはげしい夫婦げんかを見て、子どもがおびえたとする。「こわいよ」「こわいよ」と泣いたとする。が、その夫婦には、子どもを虐待したという意識はない。しかし子どもは、その恐怖感から、虐待を受けたときと同じキズが、心につく。これが間接虐待である。

 というのも、よく誤解されるが、虐待というのは、何も肉体的暴力だけではない。精神的な暴力も、それに含まれる。言葉の虐待も、その一つである。言いかえると、心理的な苦痛をともなうようであれば、それが直接的な虐待でなくても、虐待ということになる。

 たとえば、こんな例を考えてみよう。

 ある父親が、アルコール中毒か何かで、数日に1回は、酒を飲んで暴れたとする。食器棚を押し倒し、妻(子どもの母親)を、殴ったり、蹴ったりしたとする。

 それを見て、子どもが、おびえ、大きな恐怖感を味わったとする。

 このとき、その父親は、直接子どもに暴力を加えなくても、その暴力と同じ心理的な苦痛を与えたことになる。つまりその子どもに与える影響は、肉体的な虐待と同じということになる。それが私がいう、間接虐待である。

 が、問題は、ここにも書いたように、そういう苦痛を子どもに与えながら、その(与えている)という意識が、親にないということ。家庭内騒動にせよ、はげしい夫婦げんかにせよ、親たちはそれを、自分たちだけの問題として、かたづけてしまう。

 しかしそういった騒動が、子どもには、大きな心理的苦痛を与えることがある。そしてその苦痛が、まさに虐待といえるものであることがある。

 H氏(57歳)の例で考えてみよう。

 H氏の父親は、戦争で貫通銃創(銃弾が体内を通り抜けるようなケガ)を受けた。そのためもあって、日本へ帰国してからは、毎晩、酒に溺れる日々がつづいた。

 今でいう、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)だったかもしれない。H氏の父親は、やがてアルコール中毒になり、家の中で暴れるようになった。

 当然、はげしい家庭内騒動が、つづくようになった。食卓をひっくりかえす、障子戸をぶち破る、戸だなを倒すなどの乱暴を繰りかえした。今なら、離婚ということになったのだろうが、簡単には離婚できない事情があった。H氏の家庭は、そのあたりでも本家。何人かの親戚が、近くに住んでいた。

 H氏は、そういうはげしい家庭内騒動を見ながら、心に大きなキズを負った。

 ……といっても、H氏が、そのキズに気がついていたわけではない。心のキズというのは、そういうもの。脳のCPU(中央演算装置)にからんでいるだけに、本人が、それに気づくということは、むずかしい。

 しかしH氏には、自分でもどうすることもできない、心の問題があった。不安神経症や、二重人格性など。とくに二重人格性は、深刻な問題だった。

 ふとしたきっかけで、もう一人の人格になってしまう。しかしH氏のばあい、救われるのは、そうした別の人格性Yをもったときも、それを客観的に判断することができたこと。もしそれができなければ、まさに二重人格者(障害者)ということになったかもしれない。

 が、なぜ、H氏が、そうなったか? 原因を、H氏の父親の酒乱に結びつけることはできないが、しかしそれが原因でないとは、だれにも言えない。H氏には、いくつか思い当たる事実があった。

 その中でも、H氏がとくに強く覚えているのは、H氏が、6歳のときの夜のことだった。その夜は、いつもよりも父親が酒を飲んで暴れた。そのときH氏は、5歳年上の姉と、家の物置小屋に身を隠した。

 その夜のことは、H氏の姉もよく覚えていたという。H氏は、その姉と抱きあいながら、「こわい」「こわい」と、泣きあったという。その夜のことについて、H氏は、こう言う。

 「今でも、あの夜のことを思い出すと、体が震えます」と。

 心のキズというのは、そういうもの。キズといっても、肉体的なキズのように形があるわけではない。外から見えるものでもない。しかし何らかの形で、その人の心を裏からあやつる。そしてあやつられるその人は、あやつられていることにすら、気がつかない。そして同じ苦痛を、繰りかえし味わう。

 間接虐待。ここにも書いたが、この言葉は、私が考えた。

【注意】

 動物愛護団体の世界にも、「間接虐待」という言葉がある。飼っているペットを、庭に放置したり、病気になっても、適切な措置をとらないことなどをいう。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 夫婦喧嘩 夫婦げんか 間接虐待 夫婦喧嘩という間接虐待 夫婦喧嘩と子供の心理)
 

(無題)

 投稿者:s  投稿日:2006年10月24日(火)15時28分15秒
  社会においては見ないふりをしてしまいがちな心の闇に道標をつけてくださいましてありがとうございました。闇の心理に深い洞察と理解を示してくださったこと感謝申し上げます。
暴力的な生活は一掃したつもりでしたが、息子の中に恐怖心が残って、それが息子を時々コントロールしているのだということを今改めて認識することが出来ました。
息子は明るい性格で息子と私の今の笑いの絶えない生活は、普段はなんの問題もないのですが、いざ学校に行く前になると異常に神経質になりパンツを何度も取り替えたり、なにかこう清水の舞台から飛び降りるような一大決心というような状況になります。
幼稚園の頃は甘やかしが原因と先生に言われておりました。しかし一方で私は「さびしいのかな」とも思い、頭の中はいつも堂堂巡りでした。
「恐怖心」というのは思いつきませんでした。息子を背後から操っている者の正体がやっと闇の中から浮かび上がってきました。暴力の現場がそれほどまでに子供に影響を与えるということを認識していませんでした。

それを知るのと知らないのでは大違いです。知らなければ、息子を助けたくて、私自身が迷路のなかでさまようところでした。

ひょっとすると先生ご自身が傷つく覚悟で、ご経験を聞かせてくださいまして本当にありがとうございました。先生が私共親子の闇を背負ってくださった現実があるからこそ、見えにくい心の深部の問題に明快な指針を戴き私共親子は救われました。
 

●sさんへ、参考までに(2)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年10月23日(月)11時23分2秒
  ●真の自由を求めて

 自分の中から、自分でないものを取り去ることによって、その人は、真の自由を手に入れることができる。別の言葉で言うと、自分の中に、自分でない部分がある間は、その人は、真の自由人ということにはならない。

 たとえば本能で考えてみる。わかりやすい。

 今、目の前にたいへんすてきな女性がいる。(あなたが女性なら、男性ということになる。)その女性と、肌をすりあわせたら、どんなに気持ちがよいだろうと、あなたは頭の中で想像する。

 ……そのときだ。あなたは本能によって、心を奪われ、その本能によって行動していることになる。極端な言い方をすれば、その瞬間、本能の奴隷(どれい)になっていることになる。(だからといって、本能を否定しているのではない。誤解のないように!)

 人間の行動は、こうした本能にかぎらず、そのほとんどが、実は、「私は私」と思いつつ、結局は、私でないものに操られている。一日の行動を見ても、それがわかる。

 家事をする。仕事をする。育児をする。すべての行為が何らかの形で、私であって私でない部分によって、操られている。スーパーで、値ごろなスーツを買い求めるような行為にしても、もろもろの情報に操られているといってもよい。もっともそういう行為は、生活の一部であり、問題とすべきではない。

 問題は、「思想」である。思想面でこそ、あらゆる束縛から解放されたとき、その人は、真の自由を、手に入れることになる。少し飛躍した結論に聞こえるかもしれないが、その第一歩が、「自分を知る」ということになる。

●自分を知る

 私は私なのか。本当に、私と言えるのか。どこからどこまでが本当の私であり、どこから先が、私であって私でない部分なのか。

 私は嫉妬深い。その嫉妬にしても、それは本当に私なのか。あるいはもっと別の何かによって、動かされているだけなのか。今、私はこうして「私」論を書いている。自分では自分で考えて書いているつもりだが、ひょっとしたら、もっと別の力に動かされているだけではないのか。

 もともと私はさみしがり屋だ。人といるとわずらわしく感ずるくせに、そうかといって、ひとりでいることができない。ショーペンハウエルの「ヤマアラシの話」※は、どこかで書いた。私は、そのヤマアラシに似ている。まさにヤマアラシそのものと言ってもよい。となると、私はいつ、そのようなヤマアラシになったのか。今、こうして「私」論を書いていることについても、自分の孤独をまぎらわすためではないのか。またこうして書くことによって、その孤独をまぎらわすことができるのか。

 自分を知るということは、本当にむずかしい。しかしそれをしないで、その人は、真の自由を手に入れることはできない。それが、私の、ここまでの結論ということになる。

●私とは……

 私は、今も戦っている。私の体や心を取り巻く、無数のクサリと戦っている。好むと好まざるとにかかわらず、過去のわだかまりや、しがらみを引きずっている。そしてそういう過去が、これまた無数に積み重なって、今の私がある。

 その私に少しでも近づくために、この「私」論を書いてみた。
(030304)※

※ショーペンハウエルの「ヤマアラシの話」……寒い夜だった。二匹のヤマアラシは、たがいに寄り添って、体を温めようとした。しかしくっつきすぎると、たがいのハリで相手の体を傷つけてしまう。しかし離れすぎると、体が温まらない。そこで二匹のヤマアラシは、一晩中、つかず離れずを繰りかえしながら、ほどよいところで、体を温めあった。
 

sさんへ、参考までに……

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年10月23日(月)11時20分51秒
  「私」論

●基底不安

 家庭という形が、まだない時代だった。少なくとも、戦後生まれの私には、そうだった。今でこそ、「家族旅行」などいうのは、当たり前の言葉になったが、私の時代には、それすらなかった。記憶にあるかぎり、私の家族がいっしょに旅行にでかけたのは、ただの一度だけ。伊勢参りがそれだった。が、その伊勢参りにしても、夕方になって父が酒を飲んで暴れたため、私たちは夜中に、家に帰ってきてしまった。

 私はそんなわけで、子どものころから、温かい家庭に飢えていた。同時に、家にいても、いつも不安でならなかった。自分の落ちつく場所(部屋)すら、なかった。

 ……ということで、私は、どこかふつうでない幼児期、少年期を過ごすことになった。たとえば私は、父に、ただの一度も抱かれたことがない。母が抱かせなかった。父が結核をわずらっていたこともある。しかしそれ以上に、父と母の関係は、完全に冷えていた。そんな私だが、かろうじてゆがまなかった(?)のは、祖父母と同居していたからにほかならない。祖父が私にとっては、父親がわりのようなところがあった。

 心理学の世界には、「基底不安」という言葉がある。生まれながらにして、不安が基底になっていて、そのためさまざまな症状を示すことをいう。絶対的な安心感があって、子どもの心というのは、はぐくまれる。しかし何らかの理由で、その安心感がゆらぐと、それ以後、「不安」が基本になった生活態度になる。たとえば心を開くことができなくなる、人との信頼関係が結べなくなる、など。私のばあいも、そうだった。

●ウソつきだった私

 よく私は子どものころ、「浩司は、商人の子だからな」と、言われた。つまり私は、そう言われるほど、愛想がよかった。その場で波長をあわせ、相手に応じて、自分を変えることができた。「よく気がつく子だ」「おもしろい子だ」と言われたのを、記憶のどこかで覚えている。笑わせじょうずで、口も達者だった。当然、ウソもよくついた。

 もともと商人は、ウソのかたまりと思ってよい。とくに私の郷里のM市は、大阪商人の影響を強く受けた土地柄である。ものの売買でも、「値段」など、あってないようなもの。たがいのかけ引きで、値段が決まった。

客「これ、いくらになる?」
店「そうですね、いつも世話になっているから、一〇〇〇円でどう?」
客「じゃあ、二つで、一五〇〇円でどう?」
店「きついねえ。二つで、一八〇〇円。まあ、いいでしょう。それでうちも仕入れ値だよ」と。

 実際には、仕入れ値は、五〇〇円。二個売って、八〇〇円のもうけとなる。こうしたかけ引きは、日常茶飯事というより、すべてがその「かけ引き」の中で動いていた。商売だけではなく、近所づきあい、親戚づきあい、そして親子関係も、である。

 もっとも、私がそういう「ウソの体質」に気づいたのは、郷里のM市を離れてからのことである。学生時代を過ごした金沢でも、そして留学時代を過ごしたオーストラリアでも、この種のウソは、まったく通用しなかった。通用しないばかりか、それによって、私はみなに、嫌われた。さらに、この浜松でも、そうだ。距離にして、郷里から、数百キロしか離れていないのに、たとえばこの浜松では、「かけ引き」というのをまったくしない。この浜松に住んで、三〇年以上になるが、私は、客が店先で値段のかけ引きをしているのを、見たことがない。

 私はウソつきだった。それはまさに病的なウソつきと言ってもよい。私は自分を飾り、相手を楽しませるために、よくウソをついた。しかし誤解しないでほしいのは、決して相手をだますためにウソをついたのではないということ。金銭関係にしても、私は生涯において、モノやお金を借りたことは、ただの一度もない。いや、一度だけ、一〇円玉を借りたが、それは緊急の電話代だった。

●防衛機制

 こうした心理状態を、「防衛機制」といってよいのかどうかは知らない。自分の身のまわりに、自分にとって居心地のよい世界をつくり、その結果として、自分の心を防衛する。自分の心が崩壊するのを防ぐ。私によく似た例としては、施設児がいる。生後まもなくから施設などに預けられ、親子の相互愛着に欠けた子どもをいう。このタイプの子どもも、愛想がよくなることが知られている。

 一方、親の愛情をたっぷりと受けて育ったような子どもは、どこかどっしりとしていて、態度が大きい。ふてぶてしい。これは犬もそうで、愛犬家のもとで、ていねいに育てられたような犬は、番犬になる。しかしそうでない犬は、だれにでもシッポを振り、番犬にならない。私は、そういう意味では、番犬にならない人間だった。

 ほかに私の特徴としては、子どものころから、忠誠心がほとんどないことがある。その場、その場で、相手に合わせてしまうため、結果として、ほかのだれかを裏切ることになる。そのときは気づかなかったが、今から思い出すと、そういう場面は、よくあった。だから学生時代、あのヤクザの世界に、どこかあこがれたのを覚えている。映画の中で、義理だ、人情だなどと言っているのを見たとき、自分にない感覚であっただけに、新鮮な感じがした。

 が、もっとも大きな特徴は、そういう自分でありながら、決して、他人には、心を許さなかったということ。表面的には、ヘラヘラと、ときにはセカセカとうまくつきあうことはできたが、その実、いつも相手を疑っていた。そのため、相手と、信頼関係を結ぶことができなかった。いつも心のどこかで、「損得」を考えて行動していた。しかしこのことも、当時の私が、知る由もないことであった。私は、自分のそういう面を、母を通して、知った。

●母の影響

 私の母も、よくウソをついた。(ウソといっても、他人をだますためのウソではない。誤解のないように!)で、ある日、私の中に「ウソの体質」があるのは、母の影響だということがわかった。が、それだけではなかった。私の母は、私という息子にさえ、心を開くことをしない。詳しくは書けないが、八〇歳をすぎた今でも、私やワイフの前で、自分を飾り、自分をごまかしている。そういう母を見たとき、母が、以前の私そっくりなのを知った。つまりそういう母を通して、過去の自分を知った。

 が、そういう私という夫をもつことで、一番苦しんだのは、私のワイフである。私たちは、何となく結婚したという、そういうような結婚のし方をした。まさにハプニング的な結婚という感じである。電撃に打たれるような衝撃を感じて結婚したというのではない。そのためか、私たちは、当初から、どこか友だち的な夫婦だった。いっしょにいれば、楽しいという程度の夫婦だった。

 そういうこともあって、私は、ワイフと、夫婦でありながら、信頼関係をつくることができなかった。「この女性が、私のそばにいるのは、お金が目的だ」「この女性は、もし私に生活力がなければ、いつでも私から去っていくだろう」と。そんなふうに考えていた。同時に、私は嫉妬(しっと)深く、猜疑心(さいぎしん)が強かった。町内会の男たちとワイフが、親しげに話しているのを見ただけで、頭にカーッと血がのぼるのを感じたこともある。

 まるで他人のような夫婦。当時を振りかえってみると、そんな感じがする。それだけに皮肉なことだが、新鮮といえば、新鮮な感じがした。おかげで、結婚後、五年たっても、一〇年たっても、新婚当初のままのような夫婦生活をつづけることができた。これは男女のどういう心理によるものかは知らないが、事実、そうだった。

 が、そういう自分に気づくときがやってきた。私は幸運(?)にも、幼児教育を一方でしてきた。その流れの中で、子どもの心理を勉強するようになった。私はいつしか、自分の子ども時代によく似ている子どもを、さがすようになった。と、言っても、これは決して、簡単なことではない。

●自分をさがす

 「自分を知る」……これは、たいへんむずかしいことである。何か特別な事情でもないかぎり、実際には、不可能ではないか。どの人も、自分のことを知っているつもりで、実は知らない。私はここで「自分の子ども時代によく似ている子ども」と書いたが、本当のところ、それはわからない。無数の子どもの中から、「そうではないか?」と思う子どもを選び、さらにその子どもの中から共通点をさがしだし、つぎの子どもを求めていく……。こうした作業を、これまた無数に繰りかえす。

 手がかりがないわけではない。

 私は毎日、真っ暗になるまで、外で遊んでいた。
 私は毎日、家には、まっすぐ帰らなかった。
 私は休みごとに、母の実家のある、I村に行くのが何よりも楽しみだった。

 こうした事実から、私は、帰宅拒否児であったことがわかる。

 私は泣くと、いつもそのあとシャックリをしていた。
 静かな議論が苦手で、喧嘩(けんか)になると、すぐ興奮状態になった。
 私は喧嘩をすると、相手の家の奥までおいかけていって、相手をたたいた。

 こうした事実から、私は、かんしゃく発作のもち主か、興奮性の強い子どもであったことがわかる。

 私はいつも母のフトンか、祖父母のフトンの中に入って寝ていた。
 町内の旅行先で、母のうしろ姿を追いかけていたのを覚えている。
 従兄弟(いとこ)たちと寝るときも、こわくてひとりで、寝られなかった。

 こうした事実から、私は分離不安のもち主だったことがわかる。

 ……こうした事実を積み重ねながら、「自分」を発見する。そしてそうした「自分」に似た子どもをさがす。そしてそういう子どもがいたら、なぜ、その子どもがそうなったかを、さぐってみる。印象に残っている子ども(年長男児)に、T君という男の子がいた。

●T君

 T君は、いつも祖母につられて、私の教室にやってきた。どこかの病院では、自閉症と診断されたというが、私はそうではないと思った。こきざみな多動性はあったが、それは家庭不和などからくる、落ち着きなさであった。脳の機能障害によるものなら、子どもの気分で、静かになったり、あるいはおとなしくなったりはしない。T君は、私がうまくのせると、ほかの子どもたちと同じように、ゲラゲラと笑ったり、あるいは気が向くと、静かにプリント学習に取りくんだりした。

 そのT君の祖母からいつも、こんなことを言われていた。「母親が会いにきても、絶対に会わせないでほしい」と。その少し前、T君の両親は、離婚していた。が、その日が、やってきた。

 まずT君の母親の姉がやってきて、こう言った。「妹(T君の母親)に、授業を参観させてほしい」と。私は祖母との約束があったので、それを断った。断りながら、姉を廊下のほうへ、押し出した。私はそこにT君の母親が泣き崩れてかがんでいるのを見た。私はつらかったが、どうしようもなかった。T君が母親の姿を見たら、T君は、もっと動揺しただろう。そのころ、T君は、やっと静かな落ち着きを取りもどしつつあった。

 T君が病院で、自閉症と誤診されたのは、T君に、それらしい症状がいくつかあったことによる。決して病院を責めているのではない。短時間で、正確な診断をすることは、むずかしい。こうした心の問題は、長い時間をかけて、子どもの様子を観察しながら診断するのがよい。しかし一方、私には、その診断する権限がない。診断名を口にすることすら、許されない。私はT君の祖母には、「自閉症ではないと思います」ということしか、言えなかった。

●T君の中の私

 T君は、暴力的行為を、極度に恐れた。私は、よくしゃもじをもって、子どもたちのまわりを歩く。背中のまがっている子どもを、ピタンとたたくためである。決して痛くはないし、体罰でもない。

 しかしT君は、私がそのしゃもじをもちあげただけで、おびえた。そのおびえ方が、異常だった。私がしゃもじをもっただけで、体を震わせ、興奮状態になった。そして私から体をそらし、手をバタつかせた。私が「T君、君はいい子だから、たたかないよ。心配しなくてもいいよ」となだめても、状態は同じだった。一度、そうなると、手がつかられない。私はしゃもじを手から離し、それをT君から見えないところに隠した。

 こういうのを「恐怖症」という。私は、T君を観察しながら、私にも、似たような恐怖症があるのを知った。

 私は子どものころ、夕日が嫌いだった。赤い夕日を見ると、こわかった。
 私は子どものころ、酒のにおいが嫌いだった。酒臭い、小便も嫌いだった。
 私は毎晩、父の暴力を恐れていた。

 私の父は、私が五歳くらいになるころから、アルコール中毒になり、数晩おきに近くの酒屋で酒を飲んできては、暴れた。ふだんは静かな人だったが、酒を飲むと、人が変わった。そして食卓のある部屋で暴れたり、大声で叫びながら、近所を歩きまわったりした。私と姉は、そのたびに、家の中を逃げまわった。

●フラシュバック

 そんなわけで今でも、ときどき、あのころの恐怖が、もどってくることがある。一度、とくに強烈に覚えているのは、私が六歳のときではなかったかと思う。姉もその夜のことをよく覚えていて、「浩ちゃん、あれは、あんたが六歳のときよ」と教えてくれた。

 私は父の暴力を恐れて、二階の一番奥にある、物干し台に姉と二人で隠れた。そこへ母が逃げてきた。が、階下から父が、「T子(母の名)! T子!」と呼ぶ声がしたとき、母だけ、別のところへ逃げてしまった。

 そこには私と姉だけになってしまった。私は姉に抱かれると、「姉ちゃん、こわいよ、姉ちゃん、こわいよ」と声を震わせた。

 やがて父は私たちが隠れている隣の部屋までやってきた。そして怒鳴り散らしながら、また別の部屋に行き、また戻ってきた。怒鳴り声と、はげしい足音。そしてそのつど、バリバリと家具をこわす音。私は声をあげることもできず、声を震わせて泣いた……。

 声を震わせた……今でも、ときどきあの夜のことを思い出すと、そのままあの夜の状態になる。そういうときワイフが横にいて、「あなた、何でもないのよ」と、なだめて私を抱いてくれる。私は年がいもなく、ワイフの乳房に口をあて、それを無心で吸う。そうして吸いながら、気分をやすめる。

 数年前、そのことを姉に話すと、姉は笑ってこう言った。「そんなの気のせいよ」「昔のことでしょ」「忘れなさいよ」と。残念ながら、姉には、「心の病気」についての理解は、ほとんどない。ないから、私が受けた心のキズの深さが理解できない。

●ふるさと

 私にとって、そんなわけで、「ふるさと」という言葉には、ほかの人とは異なった響きがある。どこかの学校へ行くと、「郷土を愛する」とか何とか書いてあることがあるが、心のどこかで、「それができなくて苦しんでいる人もいる」と思ってしまう。

 私はいつからか、M市を出ることだけしか考えなくなった。M市というより、実家から逃げることばかりを考えるようになった。今でも、つまり五五歳という年齢になっても、あのM市にもどるというだけでも、ゾーッとした恐怖感がつのる。実際には、盆暮れに帰るとき、M市に近づくと、心臓の鼓動がはげしくなる。四〇歳代のころよりは、多少落ち着いてはきたが、その状態はほとんど変わっていない。

 しかし無神経な従兄弟(いとこ)というのは、どこにでもいる。先日もあれこれ電話をしてきた。「浩司君、君が、あの林家の跡取りになるんだから、墓の世話は君がするんだよ」と言ってきた。しかし私自身は、死んでも、あの墓には入りたくない。M市に葬られるのもいやだが、あの家族の中にもどるのは、もっといやだ。私は、あの家に生まれ育ったため、自分のプライドすら、ズタズタにされた。

 私が今でも、夕日が嫌いなのは、その時刻になると、いつも父が酒を飲んで、フラフラと通りを歩いていたからだ。学校から帰ってくるときも、そのあたりで、何だかんだと理由をつけて、友だちと別れた。ほかの時代ならともかくも、私にとってもっとも大切な時期に、そうだった。

●自分を知る

 そういう自分に気づき、そういう自分と戦い、そういう自分を克服する。私にはずっと大きなテーマだった。しかし自分の心のキズに気づくのは、容易なことではない。心のキズのことを、心理学の世界では、トラウマ(心的外傷)という。仮に心にキズがあっても、それ自体が心であるため、そのキズには気づかない。それはサングラスのようなものではないか。青いサングラスでも、ずっとかけたままだと、サングラスをかけていることすら忘れてしまう。サングラスをかけていても、赤は、それなりに赤に見えてくる。黄色も、それなりに黄色に見えてくる。

 たとえば私は子どものころ、頭にカーッと血がのぼると、よく破滅的なことを考えた。すべてを破壊してしまいたいような衝動にかられたこともある。こうした衝動性は、自分の心の内部から発生するため、どこからが自分の意思で、どこから先が、自分の意思でないのか、それがわからない。あるいはすべてが自分の意思だと思ってしまう。

 あるいは自分の思っていることを伝えるとき、ときとして興奮状態になり、落ちついて話せなくなることがあった。一番よく覚えているのは、中学二年になり、生徒会長に立候補したときのこと。壇上へあがって演説を始めたとたん、何がなんだか、わからなくなってしまった。そのときは、「あがり性」と思ったが、そんな簡単なものではなかった。頭の中が混乱してしまい、口だけが勝手に動いた。

 私がほかの人たちと違うということを発見したのは、やはり結婚してからではないか。ワイフという人間を、至近距離で見ることによって、自分という人間を逆に、浮かびあがらせることができた。そういう点では、私のワイフは、きわめて常識的な女性だった。情緒は、私よりはるかに安定していた。精神力も強い。たとえば結婚して、もう三〇年以上になるが、私はいまだかって、ワイフが自分を取り乱して、ワーワーと泣いたり、叫んだりしたのを、見たことがない。

 一方、私は、よく泣いたり、叫んだりした。情緒も不安定で、何かあると、すぐふさいだり、落ちこんだりする。精神力も弱い。すぐくじけたり、いらだったりする。私はそういう自分を知りながら、他人も似たようなものだと思っていた。少なくとも、私が身近で知る人間は、私によく似ていた。祖母も、父も、母も、姉も。だから私が、ほかの人と違うなどというのは、思ったことはない。違っていても、それは「誤差」の範囲だと思っていた。

●衝撃

 ふつうだと思っていた自分は、実は、ふつうではなかった。……もっとも、私は、他人から見れば、ごくうつうの人間に見えたと思う。幸いなことにというか、心の中がどうであれ、人前では、私は自分で自分をコントロールすることができた。たとえばいくらワイフと言い争っていても、電話がかかってきたりすると、その瞬間、ごくふつうの状態で、その電話に出ることができた。

 自分がふつうでないことを知るのは、衝撃的なことだ。私の中に、別の他人がいる……というほど、大げさなことではないが、それに近いといってもよい。自分であって、自分でない部分である。それが自分の中にある! そのことは、子どもたちを見ているとわかる。

 ひがみやすい子ども、いじけやすい子ども、つっぱりやすい子どもなど。いろいろな子どもがいる。そういう子どもは、自分で自分の意思を決定しているつもりでいるかもしれないが、本当のところは、自分でない自分にコントロールされている。そういう子どもを見ていると、「では、私はどうなのか?」という疑問にぶつかる。

 この時点で、私も含めて、たいていの人は、「私は私」「私はだいじょうぶ」と思う。しかしそうは言い切れない。言い切れないことは、子どもたちを見ていれば、わかる。それぞれの子どもは、それぞれの問題をかかえ、その問題が、その子どもたちを、裏から操っている。たとえば分離不安の子どもがいる。親の姿が見えなくなると、ギャーッとものすごい声を張りあげて、あとを追いかけたりする。先にあげた、T君も、その一人だ。

 その分離不安の子どもは、なぜそうなるのか。また自分で、なぜそうしているかという自覚はあるのか。さらにその子どもがおとなになったとき、その後遺症はないのか、などなど。

●なぜ自分を知るか

 ここまで書いて、ワイフに話すと、ワイフは、こう言った。「あなたは自分を知れと言うけど、知ったところで、それがどうなの?」と。

 自分を知ることで、少なくとも、不完全な自分を正すことができる。人間の行動というのは、一見、複雑に見えるが、その実、同じようなパターンの繰りかえし。その繰りかえしが、こわい。本来なら、「思考」が、そのパターンをコントロールするが、その思考が働く前に、同じパターンを繰りかえしてしまう。もっとわかりやすく言えば、人間は、ほとんどの行動を、ほとんど何も考えることなしに、繰りかえす。

 そのパターンを裏から操るのが、ここでいう「自分であって、自分でない部分」ということになる。よい例が、子どもを虐待する親である。

●子どもを虐待する親

 子どもを虐待する親と話していて不思議だなと思うのは、そうして話している間は、そういう親でも、ごくふつうの親であるということ。とくに変わったことはない。ない、というより、むしろ、子どものことを、深く考えている。もちろん虐待についての認識もある。「虐待は悪いことだ」とも言う。しかしその瞬間になると、その行動をコントロールできなくなるという。

 ある母親(三〇歳)は、子ども(小一)が、服のソデをつかんだだけで、その子どもをはり倒していた。その衝撃で、子どもは倒れ、カベに頭を打つ。そして泣き叫ぶ。そのとたん、その母親は、自分のしたことに気づき、あわてて子どもを抱きかかえる。

 その母親は、私のところに相談にきた。数回、話しあってみたが、理由がわからなかった。しかし三度目のカウンセリングで、母親は、自分の過去を話し始めた。それによるとこうだった。

 その母親は、高校を卒業すると同時に、一人の男性と交際を始めた。しばらくはうまく(?)いったが、そのうち、その母親は、その男性が、自分のタイプでないことに気づいた。それで遠ざかろうとした。が、とたん、相手の男性は、今でいうストーカー行為を繰りかえすようになった。

 執拗(しつよう)なストーカー行為だった。で、数年がすぎた。が、その状態は、変わらなかった。本来なら、その母親はその男性と、結婚などすべきではなかった。しかしその母親は、心のやさしい女性だった。「結婚を断れば、実家の親たちに迷惑がかかるかもしれない」ということで、結婚してしまった。

 「味気ない結婚でした」と、その母親は言った。そこで「子どもができれば、その味気なさから解放されるだろう」ということで、子どもをもうけた。それがその子どもだった。

 このケースでは、夫との大きなわだかまりが、虐待の原因だった。子どもが母親のソデをつかんだとき、その母親は、無意識のうちにも、結婚前の心の様子を、再現していた。

●だれでも、キズはある

 だれでも、キズの一つや二つはある。キズのない人は、いない。だから問題は、キズがあることではなく、そのキズに気づかないまま、そのキズに振りまわされること。そして同じ失敗を繰りかえすこと。これがこわい。

 そのためにも、自分を知る。自分が、いつ、どのような形で、今の自分になったかを知る。知ることにより、その失敗から解放される。

 ここにあげた母親も、しばらくしてから私のほうから電話をすると、こう話してくれた。「そのときはショックでしたが、そこを原点にして、立ちなおることができました」と。

 しかし自分を知ることには、もう一つの重要な意味がある。

●真の自由を求めて

 自分の中から、自分でないものを取り去ることによって、その人は、真の自由を手に入れることができる。別の言葉で言うと、自分の中に、自分でない部分がある間は、その人は、真の自由人ということにはならない。

 たとえば本能で考えてみる。わかりやすい。

 今、目の前にたいへんすてきな女性がいる。(あなたが女性
 

よろしくお願いします

 投稿者:  投稿日:2006年10月23日(月)10時33分5秒
  時々登校拒否になる小学2年生の息子について相談させてください。
元夫との関係はDVでした。現在は息子と二人で自分としては息子を笑わせながらそれなりに愉快に暮らしているつもりです。
ただ時々学校に行けなくなるのが問題です。確かに妊娠中から暴力を受け、かなりの緊張状態の中に息子はあったと思います。学校にいく直前になるととても緊張し、寝癖や忘れ物など必要以上に気にします。
どう父親の事を話すのが息子が納得できるのか、またおそらく息子には訳がわからない状態をどう整理してあげればよいのか、悩みます。
息子が自信をもって学校に行かせる為に今私がなすべき事をよろしくご指導戴きたくお願い申し上げます。
 

学習机について

 投稿者:某デザイン学校・家具デザイン学メール  投稿日:2006年10月 7日(土)13時31分8秒
   初めまして、私はあるデザイン学校に通っている生徒です。今度学校の卒業制作で学習机をやろうと考えていまして、はやし先生のアドバイスを受けたく、投稿しました。 私はキレやすい子供、ゲームばかりをして勉強をしない子供、机に向かって勉強をしない子供などが、一人で机に向かって勉強できるような机を作りたいと思っています。 その場合どのような事をしていくべきでしょうか。 また、先生ならそういった子供に対してどう対処されますか。  

はやし先生へ

 投稿者:N  投稿日:2006年 9月 9日(土)20時03分38秒
  早速のご解答ありがとうございます。
お忙しいのに、すぐにご解答いただきましたのに、体調を崩してしまい、お返事が遅くなりもうしわけございませんでした。

すべて受け入れる。
私にはまだまだできてないですね。
努力します。
頑張ります。
もう1歩ですか?
先生の書いてくださった文章を何度もよんで頭にたたき入れます。

次にこちらにお邪魔する時は成長した私を報告したいと思います。
ありがとうございました。
 

はやし浩司 様

 投稿者:しん  投稿日:2006年 9月 5日(火)18時50分55秒
  返信ありかとうございました。
潔く叩き切っつていただき、心が晴れました。
同情や心配をしてくださる方はいても、なかなか活を入れてくれる方はいなかったので
感謝いたします。
私の学校に関しての思い入れは、ご相談時点では既に吹っ切れていたのですが、説明するうちに未練あるような文章になってしまいました。
息子の苦痛そうな表情が、孤独が精神まで蝕む…と想像だか妄想の世界に入っていたと、
今は冷静に思えます。
人間よく寝ないと危ないですね。
2ヶ月前までは12時過ぎまで起きていると翌日寝不足がきつかったのに(年齢も関係?)、
昼夜逆転とか半日逆転の息子に、自分の生活のリズムまで狂い始めそうでした。

運命…その大きな言葉の船に親子で乗っていきます。
乗り換えた新しい船は、舵取り操作全て船長の息子に任せて、
親は船底でも手抜きしながら磨いて、凛々しい船長と旅に出る…。
(悪天候が気になるときもあるでしょうが)

つい今その時だけに眼をむけてしまいますが、
息子も17歳、子育ての終わりは(社会へ出て行くのは)、そう長く先のことではないのですね。
がんばります。

ブログで読むBW教室の子ども様子に、私も行きたいと思いました。
考える力のつくおばさん教室もあって欲しいと思いました。
 

●Nさん、しんさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 9月 4日(月)09時00分59秒
  【はやし浩司より、Nさん、しんさんへ】

 Nさんのやり場のない、怒りというか、不安というか、そういうものが、私にも、ひしひしと伝わってきます。一日とて、心が晴れることもない。安心して、眠ることもできない。忘れようとすればするほど、こうした問題は、心の内側にペッタリと張りつき、気をふさぎます。それが私にも、よくわかります。

 しんさんも、そうだろうと思います。「この先、うちの子はどうなるのだろう」という、心配と不安。それらが、しんさんの心の中で、渦を巻いている。一日、一日が、機械じかけの責め具のように、胸を押しつぶす。それも、私には、よくわかります。

 他人の子どもなら、足で蹴飛ばして、「ハイ、さようなら」と言うこともできるかもしれません。が、それができない。できないから、Nさんも、しんさんも、宿業と言えるような、大きなジレンマの中で、もがき、苦しんでしまうのです。

 しかしね、Nさん、しんさん、どこの家庭も、そしてどこの親子も、みな、同じような問題をかかえているものですよ。外から見ると、みな、うまくやっているように見えますが、それはあくまでも、外見。問題のない家庭などないし、問題のない親子など、ないのです。

 こうした問題が、家族の中で起こると、だれしも、「どうして、うちの子が……」「どうして、うちの子だけが……」と思うものです。しかしこの種の話は、いまどき、珍しくも、何ともありません。ゴマンどころか、ジューマン単位で、あります。

 一見、子どもの問題に見えますが、これは子どもの問題ではありません。要は、その運命を、受け入れるかどうかという問題です。受け入れてしまえば、何でもないのです。

 Nさんについて言えば、「孫ができた」。それだけのことです。形にこだわることはないのです。また家族に、形など、ありません。結婚して子どもができた直後に離婚……というケースは、いくらでもあります。

またしんさんについて言えば、「高校を中退した」。それだけのことです。が、Nさんも、しんさんも、「コース」にこだわっている。そのコースにこだわり、自分を、がんじがらめにしている。

 そして自分の心配や不安を妄想的にふくらませ、ああでもない、こうでもないと悩んでいる。

 アメリカなどでは、女子高校生の妊娠、出産など、まさに日常茶飯事ですよ。高校の中に託児所があるほどですから。また同じくアメリカには、現在、ホームスクーラー、つまり学校へ行かないで、自宅で学習している子どもが、推定で、200万人以上、いますよ。

 シングルマザーにしても、みな、たくましく、自分の子どもを育てています。あえて結婚という形を選ばない、シングルマザーたちです。

 運命というのは、それを恐れたとき、悪魔となって、キバをむいて、あなたを襲ってきます。しかしそれを笑えば、運命というのは、向こうから退散していきます。Nさんも、しんさんも、運命を恐れるあまり、自分を見失ってしまっている。

 私には、そんな感じがします。

 で、どうでしょう。もうこの際ですから、自分の運命を、前向きに受け入れてしまっては……? 何でもないことですよ。もっと言えば、私もあなたも、息子さんたちも、今、こうして元気で、この地球の上で生きている。そこを原点にして考えれば、何でもないことですよ。

 ハハハと、「少し早いけど、孫ができちゃった」と、笑えばいいのです。
 ハハハと、「うちの子も、高校を中退しまして」と、笑えばいいのです。

 「もう一度、子育て、やってやるか」と、前向きに考えればいいのです。
 「何年後でもいい。そのうち専門学校で勉強したくなったら、勉強すればいい。今は、心を休めるとき」と、前向きに考えればいいのです。

 だって、どうにもならないでしょ。いや、あなたがたが、何とかしようとあせればあせるほど、かえって、ものごとは、(あくまでもあなたがたにとっての話ですが)、悪いほうへ、悪いほうへと、進んでしまう。

 私も、自分の子育てをしながら、いろいろな問題にぶつかりました。実家の問題も、あります。でもね、そのつど、そうした運命を受け入れることで、そうした問題を乗り越えることができました。

 「さあ、来たければ来い」とね。そして、その分、私はこう思うようにしました。「お前たちの分まで、がんばってやる!」と。そう思ったとたん、気持ちがウソのように楽になったのを覚えています。またそれがバネとなって、私に生きる活力を与えてくれました。

 以前、その女性についての原稿を書いたことがありますが、Nさんや、しんさんのかかえている問題など、何でもないと言えるほど、深刻で不幸な境遇の人(女性、30歳くらい)がいました。

 父親は、その女性が、3、4歳のとき、自殺。以後、養女として、親戚をたらい回しにされたあと、叔父に強姦され、家出。それが中学2年生のとき。そのあとは、お決まりの流転生活。非行。妊娠、中絶。その繰りかえし。やっと現在の夫と結婚し、2人の子どもをもうけたが、そのころ、今度は、兄が自殺。おまけに下の子(8歳)が、重い病気に……。

 その女性は、「もう何がなんだか、わけがわからなくなりました」と手紙に書いていましたが、そんな女性でも、今、懸命に生きていますよ。明るく、前向きに生きていますよ。「今、ここで幸福を逃がしたら、私は、本当に不幸になってしまう」「幸いにも、夫は、私を愛してくれています」「すばらしい家庭を築いています」と。

 Nさんについて言うなら、養育費の問題が出てきたら、そのときは、そのとき。それをバネにして、あなたはもう一度、人生にチャレンジすればいいのです。またしんさんについて言うなら、もう学校など、あきらめなさい。

 何が、難関コースですか!! 笑わせるな!! そんな愚劣な高校なら、あなたのほうから、蹴飛ばしてやりなさい。つまずいて、ころんでいく子どもに転校を勧めるような学校は、もう学校ではありません。ただの訓練校。進学塾。バカを育てる、家畜の養育場。

 そういう学校に背を向ける、あなたの子どものほうが、よっぽど、正常です。わかりますか? ただしばらく、今までの後遺症が残り、ここ数年は、あなたの子どもは、宙ぶらりんの状態になるかもしれません。

 しかし大切なことは、あなたたちは、自分の子どもを最後の最後まで、信ずることです。だまされても、だまされたフリをして、無視することです。わかりますか?

 あなたたちの子どもは、あなたたちの過干渉と、過関心で、心の中がズタズタにされている。私があなたたちの子どもなら、「もう、いいかげんにしてくれ」と、叫ぶでしょうね。きっと……。うるさくてしかたない……。何かをするたびに、ああでもない、こうでもないと、否定ばかりする。たまらないでしょうね。きっと……。

 とくにNさんは、何かあるたびに、ものごとを悪いほうに、悪いほうに考えてしまう(?)。車の運転免許を取ったら、だれだって、つぎに車をほしがうようになりますよ。どうしてそれが悪いことなのですか。親の価値観を、子どもに押しつけないこと。

 こうした身勝手さが、あなたと、あなたの子どもの間を遠ざけている。そういうことを、あなたは考えたことがありますか? あなたは、いつも、自分のことしか、考えていない! あるいは自分の不安や心配を、自分の息子にぶつけているだけ! 自分がしてきた、数々の、失敗は、すべて棚にあげて、それを正面から見ようともしていない。それともあなたは、「私はすばらしい母親だった」「すばらしい母親になるために、努力してきた」と、あなたは胸を張って、それを言えるとでもいうのでしょうか。

 あなたにして、あなたの子どもなのです。

 だから、もう運命を受け入れなさい。前にも書いたと思いますが、あなたの孫が生まれたのです。今は、愛情は感じないかもしれませんが、会って、世話をするうちに、あなたの感情も変わってくるはずです。もしあなたが心のどこかで、祖母としての、責任を感ずるならの、話しですが……。

 毎回、きびしいことを書いていますが、これはあなた自身を救うためと、許してください。しかしもしここであなたが、この問題から逃げるようなことがあれば、つまりあなたの息子に問題を押しつけて逃げるようなことがあれば、あなたはあなたのままだということです。

 しかし運命を前向きに受け入れれば、あなたはこの時点を境に、もっとすばらしい世界をそこに見ることになります。あなたは、すばらしい女性になることができます。

 どうですか? それができますか? が、もしそれができないというのなら、もう私のような人間に相談するのは、やめなさい。相談したところで、問題は、何も解決しませんよ。あなたはいつまでも、ジクジクと悩みつづけるだけです。

 しんさんも、同じです。今、あなたの子どもは、自分の命をかけて、あなたに何かを教えようとしているのです。それに謙虚に耳を傾ければよいのです。「あなたは苦しかったのね」と、です。

 いいですか、親が子どもを育てるのではありませんよ。子どもが、親を育てるのですよ。幾多の山を越え、谷を越えるうちに、親が、子どもに育てられるのです。それに気づけば、あなたたちは、すばらしい親になれます。と、同時に、こうした問題は、笑い話となって、闇のかなたに消えていくのです。

 あと一歩ですよ、みなさん! がんばってください!
 

Nさん、しんさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 9月 3日(日)21時16分33秒
  書き込み、ありがとうございました。
近く、ゆっくりと考えてみます。
返事は、楽天の日記か、10月4日号のマガジン(無料)
のほうで、書いてみたいと思っています。
今しばらく、お待ちください。

今日は、長旅で疲れました。ごめんなさい。(9月3日)
 

林先生へ

 投稿者:N  投稿日:2006年 9月 3日(日)20時33分57秒
  5月と7月に大1息子のことで相談させていただきましたNです。
度々書き込み申し訳ございません。

今朝、息子の元彼女の母親から電話ありました。
主人が出ました。 「赤ん坊が生まれました。息子さんと連絡つかないので伝えてください。」でした。主人は「そうですか」しか答えなかったそうです。

息子にそのことを伝えどうするのか聞きました。息子はもうすでにそのことを知ってました。が、「まだ考えてないので考えたら言う。」でした。

先生のおっしゃる通り静観してきました。が、今回の電話では要求はありませんでした。
息子は人事のようです。私も詩人も妊娠6ヶ月まで何も知らせてくれなかった元彼女と両親を憤慨してます。が、また、息子には責任をとってもらいたい気持ちもあります。
主人はまだ、静観しようと言います。 それでいいのでしょうか?!

9月からも大学に行くかどうか分からない息子。
なのに、免許とったので車買う!とまで言う無責任な息子。
まだまだ、受容で口チャックで水が流れるままに見守るのでしょうか?!
(まだ子離れできてませんね。しかし人が一人、この世に生まれてきたのです.息子のように安易でいいとは思えません)
何度も何度もお許しください。
 

(無題)

 投稿者:しん  投稿日:2006年 9月 3日(日)06時25分27秒
  長男高校二年のことで、ご相談させていただきます。
家族構成は夫48歳 (自分)44歳 長女高校三年 長男 夫の両親共に74歳 と6人家族です。神奈川県在住
長男は公立中学卒業後、東京都内の、農学部のある大学の付属高校へ通っています。
小さい頃から、生き物など大好きで、中学に入り果樹や熱帯果樹に興味をもち、今では狭い庭には季節ごとに色々な果樹が実りを見せてくれます。
。中学の成績は中の上で、進路を決めた高校も長男の学力に見合った程度と思っていました。推薦入試ののち、一般入試で受けた難関クラスへ入学しました。(難関クラスは長男が入学する年に出来た国公立大や有名大をめざすクラス)
部活はハンドボール部に入部。親としては小柄で痩せていて、体力がなく通学にも1時間半かかるので賛成できない気持ちもありましたが、本人の強い意志に任せました。
高1年の3学期から、気持ち悪い、頭痛、中学の頃からの慢性じんましん症状を訴え、通学途中、何度となく電車を途中下車して引き返すこともありました。成績も下がりはじめ、2年の1学期にさらに成績は落ち込みました。
そして1学期の成績で赤点2つ、夏休み直前に担任と面談した時点でこの先自分はどうするか考えて報告するという約束に、7月末に担任へ「退学」を宣言しました。私には「部活も友達もいいから(いらないから)辞めたい」と話してくれました。
(難関コースから進学コースへの変更は出来ません。)
私からみていても自信がなく、ただ時間に追われている長男に気付いたのは春休みぐらいで、膨大な量の宿題もはかどらず、部活に終われ、でも心の内は話してもくれず。私はただ漠然と悩み、さらに日々一方的なあらねば論を長男に吐き出しました。
2年1学期期末テストが終わったぐらいから、行動も投げやりになり、やっと生き抜いている状態の緊迫した中で、ネットで調べて、やっと親の過干渉や抑圧と度を越した勉強管理で自立できないで苦しんでいることが判りました。
私はカウンセリングをうけて長男に対して全ての話しかけは辞めていますので、
少し表情は柔らかくなったり、機嫌のいい時は話をしてくれます。が、夏休み中、学校からの転校の提案(東京では可能だが、神奈川では無理)や行事(勉強合宿)、夏休み前後は避けられていることが多いです。9月から不登校ということです。
自立しなくてはいけない子どもに余計な働きかけはいけないことも承知ですが、親に対して信じられないとか、学校は行けない後ろめたさとか、退学すると宣言しても本心は学校に行きたいなどの気持ちを、このまま誰にも心を明かすことなく孤独と戦うのかと思いますと、カウンセリングを無理にでも受けたほうがいいのかとも…考えてしまいます。
今度のことで今までの自分がいかに子どもを信頼していなかったか気付き、ありのままの長男を受け入れられる自信がでてきたのですが、自分だけが楽になっているように思い、相談させていただきます。
文章能力がないため、判りにくいかもしれませんが、よろしくお願い致します。


高校1年の2学期ころから、集中力がない自分に気付き、あとはあせればあせるほど手につかない勉強と
 

林先生へ

 投稿者:N  投稿日:2006年 7月27日(木)16時29分2秒
  早速のお返事ありがとうございます。

先生のおっしゃる通りです。私は息子の前でいつも息子をひっぱってきました。だからよけいに反抗期も長くなったのだと思います。その反動で高校に入ってからはまるっきり親の言う事を聞かなくなりました。 私自身いまだに子離れできてないのです。(したいと思いながら)

昨日主人と話し合いました。
主人は「前期試験が終わった段階で学校に出席や試験を受けたか聞き、また本人と話し合い、行く気のない学校なら親として後期授業料を払わない。働け、そして自活しろと言う。学校行く気があれば頑張れと言う。」と言いました。

ほっとく、騙され続ける。大事ですね。
でも、授業料(半期60万)が絡んでくるとやはり話し合いも必要ですよね。
その後、先生のおっしゃられる通り、水の流れに任せる。
これでいいのでしょうか?!

昨日は夜帰って来てそのまま自分の部屋に直行でした。(バツわるいのでしょう。)
今朝はまた、出て行きました。かばんも持たずに(学校ではないでしょう)
 

●Nさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 7月26日(水)11時09分12秒
  ●Nさんからの相談

 掲示板のほうに、Nさんという母親から、相談の書きこみがあった。そのままここに紹介させてもらう。Nさんの息子さんは、高校生のとき、すでに一児をもつ女性と、半同棲生活を経験している。そしてこの春に、その女性との間に、子どもまで、できてしまった。相手の女性は、「中絶はしない」「子どもは、産む」と言っているという。

 やっとのことで、息子さんは、その女性とは別れ、この春に、大学に入学。

+++++++++++++++++++++

【Nさんより、はやし浩司へ】

ご無沙汰しています。
冬から春にかけて、大1の息子の悩みを聞いていただき、その節はありがとうございました。

先生のお言葉の通り、「真の愛」を探して「受容、黙認」で、頑張ってきました。
息子の元彼女や彼女の親から、あれ以来、一切連絡はありません。

息子に、「元彼女と話し合った?」と聞いても、「いいや」というだけです。
4月は元気の楽しく大学に通っていましたが、私たち親が、元彼女の妊娠を知ってからは、息子の様子は、また逆戻りになりました。

最近は高校中退のフリーターとバイトに通いだし、学校に行っいてる様子ありません。でも、本人は「ちゃんと通っている」というので、定期券代も渡し、様子をみていました。

今前期試験真っ最中です。

昨日、「明日は2時間目から試験」と言い、今朝、「電車に間に合わないから車で送って」と言うので、送っていきました。その後、買い物して帰ろうと別の道を走っいると、息子の姿があります。

その先はバイト先のパチンコ屋です。車を止めて「試験は?」と聞くと、「明日やった・・・・」と。本人にしたらウソがばれたのです。
今までの試験も受けてないと思います・・

動機もよくわからないまま、受けた遠い大学です。

私たち親もあの時は、なんとか彼女の家に入り浸りになる状況から、ほかの明るい世界を見せようと必死でした。本人が受けたい大学(元彼女の家の近く)ということで 受験。合格。親は不満でしたが入学させました。だけど、彼女と別れたので、必要がなくなったのかもしれません。

今、高校中退のフリーターの友達と一緒にいるのが楽なのかも・・。
そうやって、常に現実逃避ばかりしています。

夏休みに2輪の免許を取ると言い、お金が必要なんだと言っています。

先生が、自立の一歩にウソをあげられていましたが、親は騙されっぱなしです。

旦那は「ほっとけ」しか言いません。

秋になったら、もしかしたら元彼女側からなにか要求があるかもしれません。(生まれてくる子どもの養育費など。)

絶対それには、息子に、そっぽをむかせたくありません。(責任を取らせます。)
でも、こんな状態でなにもかも中途半端。今さえよければそれでいい。今の息子は、そんな感じです。

春休みにしていたガソリンスタンドのバイトも途中でやめて、息子は、上司に家の前で怒られていました。

(ありがたかったです)

でも、本人は責任というものが何もなく、感謝の気持ちもなく、私はどうしたらいいのでしょう?

文章が支離滅裂でごめんなさい。

+++++++++++++++++++++++

【はやし浩司よりNさんへ】

 大学生といえば、おとなです。親は、だまされたとわかっていても、だまされたフリをして、あとは、許して忘れなさい。Nさんの息子さんだけが、そうというわけではありません。みな、そうです。

 あなたの夫も言っているように、「ほってけ」です。またそれが正解です。

 今のあなたの息子さんの心理は、(自分のしたいこと)と、(していること)が一致していない状態にあるとみます。自己の同一性(アイデンティティ)がもてないまま、右往左往している状態と考えると、わかりやすいでしょう。

 私も、一時期、……といっても、5年間ほど、つづきましたが、そういう時期がありました。それは当人にとっても、苦しい一時期です。はたから見ると、無責任に見えるかもしれませんが、今までの、あなたの子育てのツケが、今の息子さんに集約されていると考えてください。

 いつもあなたは、子どもの手を引きながら、子どもの前ばかり、歩いていた。あるいは、グイグイと、うしろから押しつづけてばかりいた。以前の書きこみを読んでいると、そんな感じがしてなりません。

 もともとあなたは、心配先行型の子育てをしてきた。息子さんが、赤ちゃんのときからです。それがいまだにつづいている。はっきり言えば、いまだに、子離れができていない(?)。

 私はあなた自身の、精神的な未熟性を強く感じます(失礼!)。あるいは、情緒も不安定かもしれません(失礼!)。

 息子さんのことは、もう、放っておきなさい。水が、やがて流れいく場所を自分をみつけて流れていくように、息子さんも、自然の流れの中で、自分の進むべき道をみつけていくでしょう。こういう問題では、親が心配すればするほど、子どもは、あなたの望む方向とは別の方向に進んでしまうものです。

 あなたはあなたで、したいことをすればよいのです。そしてもし、何か息子さんのことで問題が起きたら、そのときは、「友」として、息子さんの横に立ちます。友として、相談にのってやります。

 このあたりが、親の限界ということにもなります。またその限界を知る親が、賢い親ということになります。

 私の母も、私が幼稚園の教師になると告げたとき、電話口の向こうで、ワーワーと泣き崩れてしまいました。母には母の思いというものがあったのでしょう。それはわかりますが、今のNさんの書きこみを読んでいると、当時の私の母を思い出します。

 大切なことは、だまされても、だまされても、息子さんを信ずることです。あなたの息子さんでは、ないですか。またそれしか、今のあなたにできることはありません。

 あなたの子どもといっても、大学生です。おとなですよ!
 

林先生へ

 投稿者:のぶこ  投稿日:2006年 7月26日(水)09時49分22秒
  ご無沙汰してます。
冬から春にかけて大1の息子の悩みを聞いていただきその節はありがとうございました。

先生のお言葉の通り、「真の愛」を探して「受容、黙認」で頑張ってきました。
息子の元彼女や彼女の親から、あれ以来一切連絡ありません。
息子に「元彼女と話し合った?」と聞いても「いいや」というだけです。
4月は元気の楽しく大学に通ってましたが、私たち親が元彼女の妊娠を知ってから息子の様子がまた逆戻りになりました。
最近は高校中退のフリーターとバイトに通いだし、学校に行ってる様子ありません。でも、本人は「ちゃんと通ってる」というので定期券代も渡し、様子をみてました。
今前期試験真っ最中です。
昨日、「明日は2時間目から試験」と言い、今朝、「電車に間に合わないから車で送って」と言うので送りました。その後、買い物して帰ろうと別の道を走ってると、息子の姿があります。その先はバイト先のパチンコ屋です。車を止めて「試験は?」と聞くと「明日やった・・・・」本人にしたらウソがばれたのです。
今までの試験も受けてないと思います・・

動機不順で受けた遠い大学。
私たち親もあの時はなんとか彼女の家に入り浸りになる状況からなんとかほかの明るい世界を見せようと必死でした。本人が受けたい大学(元彼女の家の近く)ということで 受験。合格。親は不満でしたが入学させました。だけど、彼女と別れたので必要のくなったのかも・・・
今、高校中退のフリーターの友達と一緒にいるのが楽なのかも・・
そうやって、常に現実逃避です。

夏休みに2輪の免許を取ると言い、お金が必要なんだと思います。

先生が自立の一歩にウソをあげられてましたが、親は騙されっぱなしです。

旦那は「ほっとけ」しか言いません。

秋になったらもしかしたら元彼女側からなにか要求あるでしょう。
絶対それにはそっぽをむかせたくありません。
でも、こんな状態でなにもかも中途半端。今さえよければそれでいい。

春休みにしてたガソリンスタンドのバイトも途中でやめて、上司に家の前で怒られてました。
(ありがたかったです)
でも、本人は責任というものが何もなく、感謝の気持ちもなく、私はどうしたらいいのでしょう?
文章が支離滅裂でごめんなさい。
 

●高層住宅と子供の心理

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2006年 7月22日(土)16時14分33秒
  ついでですので、原稿を「書斎」のほうに
載せておきました。

どうぞ、ご覧になってください。

(はやし浩司のHP)→(書斎)→(FPRUM)→高層住宅と子供の心理
 

かず様へ(4)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 7月22日(土)15時05分53秒
  楽天のアドレスは、
http://plaza.rakuten.co.jp/hhayashi/diary/

です。
では……。
 

かず様へ

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2006年 7月22日(土)14時15分52秒
  追伸

私のもっている資料のほうには、10階以上も、
きちんと調査されている記録が残っています。

おかしいですね?

内容が内容だけに、当時、かなり慎重に、この
記事を書いた記憶があります。

あとで、私がもっている資料を調べて、報告します。

はやし浩司
 

かず様へ

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2006年 7月22日(土)14時13分8秒
  かず様へ

詳しくは、下記「保健の科学」を
ご覧いただくとよいかと思います。

かなり詳しく調査されています。

以上です。

はやし浩司


●流産率が39%
 よく高層住宅の子どもに与える心理について、話題になる。その影響はあるのか。ないのか。
それについては、こんなショッキングな調査結果がある。妊婦の流産率について調べたものだが、10階以上の高層住宅に住む妊婦の流産率が、何と、39%もあるというのだ(東海大学医学部・逢坂氏、「保健の科学」第36巻1994別冊)。
6階以上では、24%、1~5階は5~7%。10階以上では、39%。流・死産率でも6階以上では、21%(一戸建ても含めて、全体では8%)、と。
マンションなど集合住宅に住む妊婦で、マタニティブルー(うつ病)になる妊婦は、一戸建ての居住者の4倍(国立精神神経センター・北村氏)という調査結果もある。母親ですら、これだけの影響を受ける。いわんや子どもをや、と考えるのが妥当ではないのか。
●多い神経症的傾向
逢坂氏は、「(高層階に住む妊婦ほど)、妊婦の運動不足に伴い、出生体重値の増加がみられ、その結果が異常分娩に関与するものと推察される」と述べている(同論文)。つまりこの問題は、妊婦の運動不足と関係があるというわけである。
 が、問題はつづく。高層住宅の高層部に住む母親ほど、神経症的傾向を示す割合が、多いという。
 集合住宅の1~2階で、10・2%であるのに対して、6階以上になると、13・2%にふえる。(一戸建てで、5・3%。)
 さらに逢坂氏は、喫煙率も同じような割合で、高層階ほどふえていることを指摘している。たとえば集合住宅の1~2階で、11・4%。3~5階で、10・9%、6階以上になると、17・6%。(一戸建てで、9・0%。)
●運動と心のケア
 高層住宅というのは、高層になればなるほど、視野が広がり、開放感があると考えられがちである。しかし実際には、ガラス1枚をへだてて、その向こうは、大絶壁。そのため長く住んでいると、閉塞感が蓄積するのではないかと考えられる。
 そこで高層階に住む人ほど、外出の機会をふやし、のぼりおりの回数をふやすなどの運動が必要ということになる。子どもについて言えば、戸外活動を、より頻繁に行うということも大切かもしれない。
 で、これは私のあくまでも個人的な実感だが、高層住宅だからといって、子どもに心の問題が起きるわけではない。しかしひとたび何か問題が起きると、高層住宅に住む子どもほど、症状は急速に悪化し、また立ちなおるのに、より時間がかかるように思う。
母親も、子どもも、決して、部屋の中に、とじこもってしまってはいけない。
 

高層住宅と健康

 投稿者:かず  投稿日:2006年 7月22日(土)09時57分5秒
  はじめまして。
当方は建築に関係した仕事をしております。
その中で、先生の引用された「居住階に係わる健康影響について 逢坂文夫氏」の内容に関心を持ちました。
最近のタワーマンションが、どうもヒューマンスケールに合わない問題があると思い、意を強くしております。
この論文を杏林書院様のご好意で取り寄せたのですが、その中では1・2階、3-5階、6階以上という区分けで、先生の触れられた10階以上、に関する分析結果が掲載されていないようです。もしお差支えなければ、6-9階、10階以上、で細分化された分析結果とその参照元をお教えいただけないでしょうか。
勝手なお願いで申し訳ありませんが、ご勘案いただければ幸いです。
 

(無題)

 投稿者:ともメール  投稿日:2006年 7月 6日(木)17時05分44秒
  度々すみません、先生。彼女の言葉で気になったのですが、「クレームではなく相談です。」と言われたのです。頭を下げるだけではダメなのかなと思ったのですが、どうでしょう。  

(無題)

 投稿者:ともメール  投稿日:2006年 7月 6日(木)15時03分12秒
  ありがとうございます。自分では、冷静に冷静にと、女性は感情的になりやすいから、と思い何かある度、主人の言葉に耳を傾けていたのですが・・。意地を張っている部分があるのですね。少し心が楽になりました。自己解決する力がつくまでは、負けている。が一番の方法ということですね。  

とも様へ

 投稿者:はやし浩司  投稿日:2006年 7月 6日(木)10時02分34秒
  とも様へ

投稿、ありがとうございました。

子供の世界では、「負けるが勝ち」と心得てください。
言いたいこともあるでしょうが、そこは、がまん!

相手の方に、頭をさげてすまします。「うちの子が
迷惑をおかけしてすみません」と、です。

それについての原稿は、このあとに添付しておきます。

負けて、負けて、負ける。
それでいいのです。

あなたが気を張っている間は、
たがいの緊張感はほぐれず、いつまでも
今のような緊張状態がつづきます。

それが回りまわって、あなたのお子さんの
世界を、息苦しくします。

小学3年生ですから、この種の問題は、
もうそろそろ子供たち自身が解決していきます。

相手の方に反論せず、よき聞き役に回るのが
こつです。

では、

**************************




●勇気

++++++++++++++++

勇気にもいろいろある。

その中でも、最大の勇気は、
負けを認める勇気ではないか。

自分のことでも、また
子どものことでも……。

+++++++++++++++++

 勇気にもいろいろ、ある。子どもの世界風に言えば、悪と戦う勇気、未知の世界に飛び出す勇気、恐怖と戦う勇気などがある。自分を奮(ふる)いたたせることを勇気というが、広辞苑には、「いさましい意気、ものに恐れない気概」とある。

 しかし本当の勇気は、負けを認める勇気ではないか。「私はバカです。私はつまらない人間です。私は負けました」と、それをすなおに認める勇気ではないか。

 人も、ある年齢になると、否応(いやおう)なしに、その(負け)を認めざるをえない立場に立たされる。体力、気力、それに知力など。そのつど、自ら負けを認めて、身を引く。そんな場面が多くなる。

 しかしそれは、実のところ、たいへん苦しい戦いでもある。負けを認めたくないから、最後の最後の、その土壇場でがんばる。ふんばる。しかしその力には限界がある。できるなら勝ちたい……そう思いながら、最後の力をふりしぼる。

 が、こんな状態では、いつまでたっても、安穏たる日々はやってこない。心を不安にするザワめきを、消すことはできない。こんな話を、姉から聞いた。

 姉はボランティアで、近所のひとり住まいの老人たちの世話をしている。その中の1人が、このところ、大便の始末ができなくなってきた。トイレに間にあわないとか、あるいは、うまく下着をさげられないとか、いろいろあるらしい。トイレから出てくるたびに、衣服に、大便をつけて出てくるという。

 が、当の本人は、絶対に、それを認めようとしない。姉が、「おばあちゃん、ここにウンチがついているでしょ!」と言って、それを見せても、「ついていない!」「ウンチじゃない!」と言ってがんばるという。

 しかたないので、姉が、下着や衣服を取りかえてやろうとするのだが、それについても、「このままでいい」「自分でできる」と言って、拒否するという。が、姉がつらがるのは、そのことではない。このところ、その老人が、姉に反抗的になってきたこと。言葉もきつくなってきた。ときに、そういう姉を、罵倒することもあるという。

 で、こういうとき、老人介護のマニュアルには、こうあるという。「そうだねと言って、老人の言い分を認めてやること」と。が、便臭だけは、どうにもならない。だからついつい姉も、きつく出ることもあるという。

 私が「きっと、自分がなさけなくて、その老人は、自分に怒っているのだよ」「負けを認めるのがいやなんだよ」と言うと、姉は、「そうかしら?」と言った。姉は、その老人が、ますますがんこで、わがままになってきたと言った。

 こういう例は、多い。老人の世界には、とくに、多い。過去の地位や肩書き、名誉や栄華にしがみつき、それから自分を解放できないでいる老人たちだ。人生そのものを、完全燃焼していない。その不燃焼感が、ますますそういった老人たちをして、がんこにする。しかしその老人は、女性である。

私「どうして、そんなにプライドが高いのかね?」
姉「昔から、近所でも、お姫様と呼ばれていたような人だから……。実家は、元武家とかで、こんな田舎に嫁いでくるような人ではなかったみたい……」
私「そういうことか……」
姉「そういうこと」と。

 が、それだけではないようだ。この世界には、「応報」という言葉がある。長い話だったが、姉の話をまとめると、こうなる。

 その女性は、若いときから、近所の人たちを、どこか見くだしていたという。そして夫の両親、つまりその女性の義理の両親たちが、ボケ始める年齢になると、陰で両親に対して、虐待に近いようなことをしていたという。

姉「表では、いい嫁さんという感じだったけど、裏では、そうでなかったみたい」
私「たとえば……」
姉「きつい人だったみたいよ。とくに母親は、その女性に、ビクビクといった感じだったわ」と。

 義理の母親が、便をもらしたりすると、その女性は、大声をあげて母親を叱っていたという。その声が、となり近所まで、聞こえることがあったという。

私「そういう過去があるから、自分を許せないのだろうね、きっと……」
姉「そうかもね」と。

 親子でも、親が老齢期に入ると、立場が逆転するということは、よくある。そして親が子どもにしたのと同じことを、今度は、子どもが親にするようになる。

 ときどき耳にする例は、こんな話だ。

 親が子どもを虐待すると、今度は、その親が老人になったとき、同じように、子どもが親を虐待するようになる。まさに「因果応報」ということになる。

 話が脱線したが、こうした応報を避けるためにも、「負けを認める勇気」、それが重要である。若いときはなかなかむずかしいかもしれないが、しかしそのいさぎよさが、心を軽くする。人間関係に、さわやかな風を通す。

 その大便をもらす老人にしても、「ごめんなさい」と負けを認めてしまえば、世話をする姉だって、救われる。が、いつまでも、「そんはずはない」「そうであってはいけない」とがんばるから、人間関係も、ぎこちなくなる。

 そうそう、大切なことを言い忘れた。

 実は、負けることは、負けることではない。日本では、昔から、『負けるが勝ち』という。それについては、今までにも何度も書いてきた。以前、書いた原稿を、ここに添付する。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●負けるが勝ち

 この世界、子どもをはさんだ親同士のトラブルは、日常茶飯事。言った、言わないがこじれて、転校ざた、さらには裁判ざたになるケースも珍しくない。ほかのことならともかくも、間に子どもが入るため、親も妥協しない。が、いくつかの鉄則がある。

 まず親同士のつきあいは、「如水淡交」。水のように淡く交際するのがよい。この世界、「教育」「教育」と言いながら、その底辺ではドス黒い親の欲望が渦巻いている。それに皆が皆、まともな人とは限らない。情緒的に不安定な人もいれば、精神的に問題のある人もいる。さらには、アルツハイマーの初期のそのまた初期症状の人も、40歳前後で、20人に1人はいる。このタイプの人は、自己中心性が強く、がんこで、それにズケズケとものをいう。そういうまともでない人(失礼!)に巻き込まれると、それこそたいへんなことになる。

 つぎに「負けるが勝ち」。子どもをはさんで何かトラブルが起きたら、まず頭をさげる。相手が先生ならなおさら、親でも頭をさげる。「すみません、うちの子のできが悪くて……」とか何とか言えばよい。あなたに言い分もあるだろう。相手が悪いと思うときもあるだろう。しかしそれでも頭をさげる。あなたががんばればがんばるほど、結局はそのシワよせは、子どものところに集まる。

しかしあなたが最初に頭をさげてしまえば、相手も「いいんですよ、うちも悪いですから……」となる。そうなればあとはスムーズにことが流れ始める。要するに、負けるが勝ち。

 ……と書くと、「それでは子どもがかわいそう」と言う人がいる。しかしわかっているようでわからないのが、自分の子ども。あなたが見ている姿が、子どものすべてではない。すべてではないことは、実はあなた自身が一番よく知っている。あなたは子どものころ、あなたの親は、あなたのすべてを知っていただろうか。

それに相手が先生であるにせよ、親であるにせよ、そういった苦情が耳に届くということは、よほどのことと考えてよい。そういう意味でも、「負けるが勝ち」。これは親同士のつきあいの大鉄則と考えてよい。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

【親の欲目】

●親の欲目

 「己の子どもを知るは賢い父親だ」と言ったのはシェークスピア(「ベニスの商人」)だが、それくらい自分の子どものことを知るのは難しい。

親というのは、どうしても自分の子どもを欲目で見る。あるいは悪い部分を見ない。「人、その子の悪を知ることなし」(「大学」)というのがそれだが、こうした親の目は、えてして子どもの本当の姿を見誤る。いろいろなことがあった。

●やってここまで

 ある子ども(小6男児)が、祭で酒を飲んでいて補導された。親は「誘われただけ」と、がんばっていたが、調べてみると、その子どもが主犯格だった。またある夜1人の父親が、A君(中1)の家に怒鳴り込んできた。「お宅の子どものせいで、うちの子が不登校児になってしまった」と。A君の父親は、「そんなはずはない」とがんばったが、A君は学校でもいじめグループの中心にいた、などなど。こうした例は、本当に多い。子どもの姿を正しくとらえることは難しいが、子どもの学力となると、さらに難しい。

たいていの親は、「うちの子はやればできるはず」と思っている。たとえ成績が悪くても、「勉強の量が少なかっただけ」とか、「調子が悪かっただけ」と。そう思いたい気持ちはよくわかるが、しかしそう思ったら、「やってここまで」と思いなおす。子どものばあい、(やる・やらない)も力のうち。子どもを疑えというわけではないが、親の過剰期待ほど、子どもを苦しめるものはない。そこで子どもの学力は、つぎのようにして判断する。

●子どもを受け入れる

 子どもの学校生活には、ほとんど心配しない。いつも安心して子どもに任せているというのであれば、あなたの子どもはかなり優秀な子どもとみてよい。しかしいつも何か心配で、不安がつきまとうというのであれば、あなたの子どもは、その程度の子ども(失礼!)とみる。そしてもし後者のようであれば、できるだけ子どもの力を認め、それを受け入れる。早ければ早いほどよい。

そうでないと、(無理を強いる)→(ますます学力がさがる)の悪循環の中で、子どもの成績はますますさがる。要するに「あきらめる」ということだが、不思議なことにあきらめると、それまで見えていなかった子どもの姿が見えるようになる。シェークスピアがいう「賢い父親」というのは、そういう父親をいう。
 

(無題)

 投稿者:ともメール  投稿日:2006年 7月 6日(木)09時51分6秒
  小3の息子のことです。友人関係で小さな頃から同じ子から衝突があった。とその子の親から連絡をもらいます。様子を聞いてみると、私は子供同士の良くある衝突としか考えてなかったのですが、度々連絡をされるとこちらも気になります。彼女の心配は、成長してもそのままの衝突が続くことが気になる。とのこと。よくいやな思いをした、彼女の息子がよくいやな思いをした。ともらすのが、決まって3人の名前を挙げるそうです。その中に息子も入っています。息子が意識的に彼女の息子へ衝突するのかというとそうではないようです。彼女の息子も何らかのアクションをしてきて結果、結果あちらがいやな思いをした。といういきさつになっているように思います。小学校の先生にも相談したのですが、先生は、息子が特に、何かしているかというとそうでもないように思います。との事。幼稚園から小学校まで同じ顔ぶれで通さなくてはならない校区なので、できれば彼女からの連絡はもうもらいたくない!解決したい。という気持ちでいっぱいです。私達親子でできる限りの対処法って何でしょう?  

(無題)

 投稿者:こうたろうメール  投稿日:2006年 7月 4日(火)13時26分51秒
  はやし先生お返事ありがとうございます!お忙しいので返事は、期待していなかったのでとても嬉しいです。一言一言が心にしみました。ありがたいことに神経症・心身症は出ていないです。厳しい園ですが、彼なりに頑張って適応しようとしている事がよく分かりました。「先生は叱っていて気が抜けないけど友達と遊ぶ事が楽しみ」と言って毎日通園してます。参観もどうしたら辛くないか担任の先生と相談して無理のないようにすすめています。そして、疲れている時はズル休みしてます。分離不安はそうかな?と思います。「よくがんばったね。」とねぎらい3つのコツを心に刻もうと思います。姉のいる小学校は、とても「自由」です。あと何ヶ月かです。彼の心が萎縮せず伸び伸びするまで、先生のアドバイスを胸に抱き見守ってゆきたいです。ありがとうございました。  

こうたろう様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 7月 3日(月)09時52分33秒
  ●掲示板への投稿記事より

++++++++++++++++

掲示板に、こんな投稿記事があった。

それについて、考えてみたい。

++++++++++++++++

【KTさんより、はやし浩司へ】

はじめまして。はやし先生の子育て論を、いつも読ませていただいています。「?」と思う事柄にも納得できる解説で、感動しています!

うちの第二子、男の子のことについてですが、つい先ごろ6歳になりました。が、まだまだ甘えん坊です。幼稚園では、私の姿が見えなければ、頑張り屋さんです。が、自分でできることでも、参観授業などで、私の姿を見たとたん、「できない」と泣いてしまったりします。そういうときの二男は、まるで別人のようです。

家では、のんびりご機嫌で遊んでいて大らかな子供です。担任の先生も驚かれて、私がいないと、「きっと、泣くこともない。」とのことです。

ちなみに幼稚園は、スパルタ教育方式で、押さえつけが厳しいです。転園を何度か考えながら、ここまできてしまいました。

本人は、情緒不安なのでしょうか? ずっとこの状態なわけではなく、大丈夫なときと、ダメなときが、交互に出ているようです。

私としては、ただ抱きしめて、安心させてあげるだけです。時々「泣かないでよ」と言ってしまう事があります。良いアドバイスお願いします。

【はやし浩司より、KTさんへ】

 基本的には、現在の状況を守ってください。

 幼稚園でがんばっている分だけ、家の中では、息抜きをしようとします。態度が横柄になったり、ぞんざいになったりします。暴言を吐いたり、暴れたりすることもあるかもしれません。

 そういうときは、「ああ、うちの子は、外でがんばっているから、家の中では、こうなのだ」と思いなおすようにしてください。

 コツは、3つあります。

(1) 暖かい無視
(2) ほどよい親
(3) 求めてきたときが与えどき、です。

 つまり愛情で子どもを包むようにして、そっとしておいてあげるということです。また親として、やりすぎない。過干渉、過関心にならないということ。それに、このタイプの子どもは、ときどき子どものほうから、スキンシップなど、突発的に求めてくるときがありますので、そのときは、すかさず、抱いてあげるなどの行為をしてあげます。

 「あとでね」とか、「忙しいから」は、禁句です。

 幼稚園は、スパルタ方式とか。現在、年長児ですので、あなたのお子さんは、すでにじゅうぶん、それに耐え、乗り越えたと思います。あなたのすべきことは、あなたのお子さんをほめ、「よくがんばったわね」と、ねぎらうことです。

 (ほかに、とくに神経症あるいは心身症による症状が見られなければ、という話ですが……。)

 文面から、たいへん暖かいあなたの愛情を感じます。今のままでよいと思います。

 あなたの姿を見て泣くのは、その瞬間、心の緊張感がゆるむからです。分離不安も考えられます。これらについての原稿は、このあとに添付しておきますので、参考にしてください。

 問題としては、たいへんよくある問題で、この時期の子どもの問題としては、それほど心配しなくてもよいと思います。一過性の問題として、終わるはずです。(神経症、心身症による諸症状が見られたら、話は別ですが……。幼児の神経症については、私のHPのどこかに一覧表として載せてありますので、参考にしてください。)

 では、今日は、これで失礼します。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●内弁慶、外幽霊

 家の中ではおお声を出していばっているものの、一歩家の外に出ると、借りてきたネコの子のようにおとなしくなることを、「内弁慶、外幽霊」という。

といっても、それは二つに分けて考える。自意識によるものと、自意識によらないもの。緊張したり、恐怖感を感じて外幽霊になるのが、前者。情緒そのものに何かの問題があって、外幽霊になるのが、後者ということになる。たとえばかん黙症タイプの子どもなどがいるが、それについてはまた別のところで考える。

 子どもというのは、緊張したり、恐怖感を覚えたりすると、外幽霊になる。が、それはごく自然な症状であって、問題はない。しかしその程度を超えて、子ども自身の意識では制御できなくなることがある。対人恐怖症、集団恐怖症など。子どもはふとしたきっかけで、この恐怖症になりやすい。その図式はつぎのように考えるとわかりやすい。

 もともと手厚い親の保護のもとで、ていねいにかつわがままに育てられる。→そのため社会経験がじゅうぶん、身についていない。この時期、子どもは同年齢の子どもととっくみあいのけんかをしながら成長する。→同年齢の子どもたちの中に、いきなりほうりこまれる。→そういう変化に対処できず、恐怖症になる。→おとなしくすることによって、自分を防御する。

 このタイプの子どもが問題なのは、外幽霊そのものではなく、外で幽霊のようにふるまうことによって、その分、ストレスを自分の内側にためやすいということ。そしてそのストレスが、子どもの心に大きな影響を与える。

家の中で暴れたり、暴言をはくのをプラス型とするなら、ぐずったり、引きこもったりするのはマイナス型ということになる。

こういう様子がみられたら、それをなおそうと考えるのではなく、家の中ではむしろ心をゆるめさせるようにする。リラックスさせ、心を開放させる。多少の暴言などは、大目に見て許す。とくに保育園や幼稚園、さらには小学校に入学したりすると、この緊張感は極度に高くなるので注意する。仮に家でおさえつけるようなことがあると、子どもは行き場をなくし、さらに対処がむずかしくなる。

 本来そうしないために、子どもは乳幼児期から、適度な刺激を与え、社会性を身につけさせる。親子だけのマンツーマンの子育ては、子どもにとっては、決して好ましい環境とはいえない。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●分離不安(プラス型とマイナス型)

 情緒が不安定な子どもというのは、心がいつも緊張状態にあるのが知られている。その緊張状態のところに、不安が入り込むと、その不安を解消しようと一挙に緊張状態が高まり、情緒が不安定になる。

で、そのとき、激怒したり、暴れたりするタイプの子どもと、内閉したりぐずったりするタイプの子どもがいることがわかる。一見、正反対な症状に見えるが、ともに「不安を解消しようとする動き」ということで共通点がみられる。それはともかく、私は前者をプラス型、後者をマイナス型として考えるようにしている。

 ……というわけで、「プラス型」「マイナス型」という言葉は、私が考えた。この言葉を最初に使うようになったのは、分離不安の子どもを見ていたときのことである。子どもの世界には、「分離不安」というよく知られた現象がある。親の姿が見えなくなると興奮状態(あるいは反対に混乱状態)になったりする。

年長児についていうなら、程度の差もあるが、15~20人に一人くらいの割で経験する。

その子どもを調べていたときのことだが、症状が、(1)興奮状態になり、ワーワー叫ぶタイプと、(2)オドオドし混乱状態になるタイプの子どもがいることがわかった。

そのときワーワーと外に向かって叫ぶ子どもを、私は「プラス型」、内にこもって、混乱状態になる子どもを、「マイナス型」とした。

 この分類方法は、使ってみるとたいへん便利なことがわかった。たとえば過干渉児と呼ばれるタイプの子どもがいる。親の日常的な過干渉がつづくと、子どもは独特の症状を示すようになるが、このタイプの子どもも、粗放化するプラス型と、内閉するマイナス型に分けて考えることができる。子ども自身の生命力の違いによるものだが、もちろん共通点もある。ともに常識ハズレになりやすいなど。

 ほかにたとえば赤ちゃんがえりをする子どもも、下の子に暴力行為を繰りかえすタイプをプラス型、ネチネチといわゆる赤ちゃんぽくなるタイプをマイナス型と分けることができる。

いじめについても、攻撃的にいじめるタイプをプラス型、もの隠しをするなど陰湿化するタイプをマイナス型に分けるなど。また原因はともあれ、家庭内暴力を起こす子どもをプラス型、引きこもってしまう子どもをマイナス型と考えることもできる。表面的な症状はともかくも、その症状を別とすると、共通点が多い。またそういう視点で指導を始めると、たいへん指導しやすい。

 こうした考え方は、もちろん確立された考え方ではないが、子どもをみるときには、たいへん役に立つ。あなたも一度、そういう目であなたの子どもを観察してみてはどうだろうか。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●子どもの神経症

子どものおねしょと、ストレス

 いわゆる生理的ひずみをストレスという。多くは精神的、肉体的な緊張が引き金になることが多い。

たとえば急激に緊張すると、副腎髄質からアドレナリンの分泌が始まり、その結果心臓がドキドキし、さらにその結果、脳や筋肉に大量の酸素が送り込まれ、脳や筋肉の活動が活発になる。

が、そのストレスが慢性的につづくと、副腎機能が亢進するばかりではなく、「食欲不振や性機能の低下、免疫機能の低下、低体温、胃潰瘍などの種々の反応が引き起こされる」(新井康允氏)という。こうした現象はごく日常的に、子どもの世界でも見られる。

 何かのことで緊張したりすると、子どもは汗をかいたり、トイレが近くなったりする。さらにその緊張感が長くつづくと、脳の機能そのものが乱れ、いわゆる神経症を発症する。

ただ子どものばあい、この神経症による症状は、まさに千差万別で、定型がない。「尿」についても、夜尿(おねしょ)、頻尿(たびたびトイレに行く)、遺尿(尿意がないまま漏らす)など。私がそれを指摘すると、「うちの子はのんびりしています」と言う親がいるが、日中、明るく伸びやかな子どもでも、夜尿症の子どもはいくらでもいる。(尿をコントロールしているのが、自律神経。その自律神経が何らかの原因で変調したと考えるとわかりやすい。)

同じストレッサー(ストレスの原因)を受けても、子どもによっては受け止め方が違うということもある。

 しかし考えるべきことは、ストレスではない。そしてそれから受ける生理的変調でもない。(ほとんどのドクターは、そういう視点で問題を解決しようとするが……。)

大切なことは、仮にそういうストレスがあったとしても、そのストレスでキズついた心をいやす場所があれば、それで問題のほとんどは解決するということ。ストレスのない世界はないし、またストレスと無縁であるからといって、それでよいというのでもない。

ある意味で、人は、そして子どもも、そのストレスの中でもまれながら成長する。で、その結果、言うまでもなく、そのキズついた心をいやす場所が、「家庭」ということになる。

子どもがここでいうような、「変調」を見せたら、いわば心の黄信号ととらえ、家庭のあり方を反省する。手綱(たづな)にたとえて言うなら、思い切って、手綱をゆるめる。

一番よいのは、子どもの側から見て、親の視線や存在をまったく意識しなくてすむような家庭環境を用意する。たいていのばあい、親があれこれ心配するのは、かえって逆効果。子ども自身がだれの目を感ずることもなく、ひとりでのんびりとくつろげるような家庭環境を用意する。

子どものおねしょについても、そのおねしょをなおそうと考えるのではなく、家庭のあり方そのものを考えなおす。そしてあとは、「あきらめて、時がくるのを待つ」。それがおねしょに対する、対処法ということになる。
 

ママ大好き

 投稿者:こうたろうメール  投稿日:2006年 6月29日(木)20時07分23秒
  はじめまして。はやし先生の子育て論いつも読ませていただいてます。?と思う事柄にも納得できる解説で感動してます!うちの第二子男の子ですが、つい先ごろ6歳になりましたがまだまだ甘えん坊で幼稚園で私がいなければ、頑張り屋さんでできることも参観で見に行ったとたん「できない」と泣いてしまったり、別人のようです。家では、のんびりご機嫌で遊んでいて大らかな子供です。担任の先生も驚かれて、私がいないと「きちっとでき泣くこともない。」とのことです。ちなみに園は、スパルタ教育押さえつけて厳しいです。転園を何度か考えながらここまできてしまいました。本人は、先生の書かれている「疲れる」と言う言葉を使い情緒不安なのでしょうか?ずっとこの状態なわけではなく大丈夫なときとダメなな時が交互に出ています。私としては、ただ抱きしめて安心させているだけです。時々「泣かないよ」と言ってしまう事があります。良いアドバイスお願いします。  

その後

 投稿者:みさき  投稿日:2006年 6月22日(木)01時46分28秒
  読んでいただくだけで結構です。
前回の書き込みから、そう日は経っていませんが、その後・・・。
とても早いペースで進んでいます。現在も前回投稿の様な対応と、加え(?)意識的に少しずつ離れています。もちろん様子をみながら。
自分で登校し、自分で教室に行き、支度を済ませ迎えにきます。
わがままもたっぷり言ってきます。
「我が」「まま」とてもいいことだなと思います。
聞いてばかりではありません。
今日は、休み時間べったりとしていましたが、当人の席周囲の男の子たちが走ってきて、「遊具で遊ぶぞー!Mさんも入る?!」との言葉に「何やるのー?」と言いながら付いて行ってしまいました。聞こえないなと思いながらも「じゃあねー」と声を掛け見送りました。あんなに「恐い・・・恐い・・・」と言っていたクラスの児童たちに、ここまで近づくことができたようです。
 

みさき様へ(3)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 6月17日(土)01時10分14秒
  こんばんは!

今夜は、夜更かしをしてしまいました。
昼寝をしたのが、いけなかったです。

書き込み、ありがとうございました。

で、書きこんでいただいた内容ですが、
少し私のマガジンの文体に整えて、
7月21日号のマガジンに載せさせて
いただきたいのですが、よろしく
ご了解ください。

お願いします。

以下、文体をマガジン風に書き直させてもらった
原稿です。そのまま、ここに、張りつけます。

では、おやすみなさい。このまま、床につきます。


***********以下、原稿*************





【S先生より、はやし浩司へ】

早速のお返事、ありがとうございます。

「根気」という言葉、身にしみて感じます。

今回、自分が予想していたよりも、ものすごいスピードで、Mさんが変わってきて、私の方に、「喜び」といった感情が湧いてしまったということがあります。そして同時に、「これはMさんが、頑張りすぎているせいだ」「もしそうだとするなら、どこかできっと・・・」と、思ってしまったわけです。

少々、自分のペースが乱れてしまったのですね。だから担任や、その他の先生にも、感情的になってしまったのですね。反省しています。

子どもには、感情で対応しない。これは鉄則でしょうね。全くの素人で、不安が多い中での今回のこと。はやし先生のお返事で、冷静になれそうです。

実は、私にも小学生の子どもが2人います。私の子供との関わりは、「感情で接しない」「対等の人間として扱う」です。

・・・例えば子どもたちのものでも、許可を得てから見たり使ったりする。ましてや黙って、カバンを開けない、など。・・・・そして「愛情はあげるだけのもの」と考えています。絶対にお返しにこのくらいしてくれたって、とは思わない。

これは、私の両親から受けた教育の全く逆のことです。私は、親の恩を押しつけられて、育てられました。だからここでは、ブレません。ここまでに強くなるまで、大変でした。今は笑い話ですが、私の反抗期はたいへんなものでした。

以上、余談でした。私も熱いタイプですね(笑)。

そうですね。どこかに、「これだけしてやっているんだよ」という気持ちがあったと思います。Mさんにも、他の先生にも。

そういえば、私も子供の頃、熱い先生に必死に指導されても、う~ん?、と思った経験があります。どうも、社会人をやった後、教職の世界に入ったせいか、先生をみては「あなたのような先生がいるから!!!」と、怒鳴りたくなってしまったのだと思います。

「おまえはダメな人間だ!」「いい人間に拍手をしろ!」「声が小さい!」と。答えを間違えただけで、何もそこまでしなくても・・・・というような先生でした。そして授業中、必ず誰か泣いていました。私も、です。私が悪いのだから叱られて当然・・・と。

長々と申し訳ありません。お返事は結構です。(変な意味ではありません。)ただ、本当に「うさ晴らし」をしてしまいました。すっきりしました。こんなつたない文章ですが、読んでいただいて、そして救っていただいて感謝しております。

お忙しい中、本当に本当にありがとうございました。
 

はやし先生へ

 投稿者:みさき  投稿日:2006年 6月17日(土)00時44分58秒
  早速のお返事ありがとうございます。「根気」という言葉、身にしみて感じます。今回、自分の予想よりも、ものすごいスピードで変わってきて、私の方に「喜び」といった感情が湧いてしまった。そして同時に、これがMさんが「頑張りすぎているのだったらどこかできっと・・・」と、少々自分のペースが乱れてしまいました。だから担任、その他の先生にも「感情的」になってしまったのですね。反省です。感情で対応しない。これは鉄則でしょうね。全くの素人で不安が多い中での今回の事。はやし先生のお返事で、冷静になれそうです。私にも小学生の子どもが2人います。私の子供との関わりは、「感情で接しない」「対等の人間として扱う」・・・例えば子どもたちのものは許可を得てから見たり使ったりする。ましてや黙って夜カバンを開けない・・・・そして「愛情はあげるだけのもの」と考えています。絶対にお返しにこのくらいしてくれたって、とは思わない。
これは、私の両親から受けた私への教育の全く逆のこと。私はこうして欲しかったを詰め込んだものです。だからここはブレません。ここまでになるまで大変でしたが、今は笑い話です。大変な反抗期でした。
余談でした。私も熱いタイプですね(笑)
そうですね。どこかで「これだけしてるんだよ」という気持ちがあったと思います。Mさんにも、他の先生にも。そういえば、私も子供の頃、熱い先生に必死に指導されても、う~ん?と思った経験があります。どうも、社会人をやった後入ったせいか、先生をみては「あなたのような先生がいるから!!!」と怒鳴りたくなってしまっています。「おまえはダメな人間だ!いい人間に拍手をしろ!小さい!」と答えを間違えただけでそこまで・・・・。そして授業中、必ず誰か泣いています。私が悪いのだから叱られて当然・・・と。
長々と申し訳ありません。お返事は結構です。(変な意味ではありません)ただ、本当に「うさ晴らし」をしてしまいました。すっきりしました。こんなつたない文章ですが、読んで頂いて、そして救って頂いて感謝しております。お忙しい中、本当に本当にありがとうございました。
 

●みさきさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 6月16日(金)19時41分28秒
  【掲示板より】

+++++++++++++++++

掲示板にこんな書き込みがあった。
ある学校で、1人の児童(女児)を
世話している、先生からのもの。

以前からのメールのやり取りを通して、
私が知っている範囲で、私のほうで、
少し内容を補った。

+++++++++++++++++

【Sより、はやし浩司へ】

今日までで、(私が担当している、Mさんが)、急激に変わってきました。そして新たな問題が出てきました。

私は、いろいろな副次的な問題が起きてくるだろうと予想していたので、あまり気にはならないのですが、養護教諭は、そうではありません。

養護教諭は、「私は専門のカウンセラーだから」と言いますが、どうしても、すべてを信用できないでいます。イヤミがひどく、「私には、問題もなく、とってもいい子なのに!」と、言うばかりです。

これは愚痴ですね。すみません。で、本題です。

保健室入り口に木の柱があります。その柱に、私の名前が、ハサミのようなもので、強くひっかいて書いてあり、その横に、「○○のばか」と彫られていました。

Mさんは私のあとをおいかけてきて、よく、保健室隣りの更衣室までついてきます。きっとそのとき、Mさんが書いたものだろうと思います。

私のあとを追いかけて、更衣室まで一緒に来るとき、いろんな子がついてくるときがあります。ADHD児、クラスの児童などなど。それがどうも、Mさんには、不満なのかもしれません。

その養護教諭は、「この子(=Mさん)には、二面性があります。かまってやれば、嬉しそうな顔をするけど、そういう様子をして見せるのは、私(=養護教諭)に、○○先生(=私)がうるさい。何とかしてほしいという訴えているからです。○○先生もよくやってくださっています。あなたが悪いのではありませんが、分離不安なら、私がめんどうをみます」と。

Mさんが、分離不安であることは、もちろん、この先生もよく知っているはずです。が、Mさんが、保健室に行くたびに、「忙しい忙しい」と、ほとんどMさんの世話をしませんでした。たとえば私がいないときは、Mさんに、忙しいから教室へ行ってなさいと、廊下に出したりします。だれもMさんのめんどうを見ないからこそ、私がついていたのですが・・・・。

私はこう思います。Mさんは、心のバランスをとっているのではないか、とです。ものすごく頑張り屋なところがあり、私のことを受け入れ始めた時に、他の子に邪魔され、むかむかしたのではないでしょうか。嫉妬のような感情です。

そこでこうした悪口を、こっそり書くことで、自分の心の中の不満を、解消してるんじゃないかな?と。もしそうなら、これくらいのことは何でもありません。だって、Mさんは、家でも、母親に、受け入れてもらえないんですから。

が、このように養護教諭に言われると、また学校で、学校の方針とは違った方向に、私は、行きそうになってしまいます。

「私はカウンセラーだから!」「いらぬことは言うな」という養護教諭。それとも、私が、まちがっているのでしょうか。

下にも書きましたが、Mさんが、ここにきて、急に「保健室に行く」と言わなくなりました。「無理なら保健室行く?」と聞くと、「ここ(=私の教室)がいい」と言います。このMさんの言葉と、養護教諭とは、関係があるでしょうか。無理をさせないようにとしてきたつもりなのですが、どこかで無理をさせていたのでしょうか。

しかし、私の悪口を書いたのが、Mさんではなく、他の子だったらどうでしょうか。それもまた、あれこれと考えてしまいます。

今までの経緯を、もう少し、お話しします。

以前の不登校の状態から、今は、保健室で1日を過ごすようになりました。養護教諭も同じ部屋で、私といっしょに仕事をしています。私はMさんと、折り紙を折ったり、ごっこ遊びをしたり、漢字を学習したりしています。そういうときのMさんは、とてもいい笑顔を見せます。私も、ずっとつきっきりで、Mさんを指導しています。

が、教室には全く行けません。時々、「(教室へ)行ってみる」と、Mさんが自分から言うので、教室へ向かうと、その途中で、「恐い」「○○さんがああ言った」「みんながいる。恐い」「気持ちが悪い」「担任の先生が恐い」などと言い出したりします。

毎朝、無理にはがすようにお母さんと引き離し、Mさんは、泣いてお母さんと、別れます。「ママがバイバイって言ってくれなかったー」から始まり、そのあとは、とお母さんの悪口。「ママはこんなにひどい」と、です。

この状態を段階を1とするなら、2の段階はこうです。

朝、学校の靴箱のところで、なんとかお母さんと、泣かないで離れる。午前の4時間の内、私が付き添うのは3時間。その間中、教室前の廊下で過ごしています。

担任はそれをいやがっているようですが、私と一緒に廊下で、授業。そういうときMさんは、時々、教室の中の様子をうかがったりします。私も時々、いっしょに教室の中に入り、「入れるかな~?」と、たまに声をかけたりします。

が、Mさんは、「気持ち悪い」「無理」とか言います。下痢も頻繁に訴えたりします。Mさんの訴えることについては、全部聞くようにしています。「無理しなくていいのよ。気持ちが悪ければ保健室でもいいのよ。お腹が痛ければトイレにいけばいいのよ」と。

ほかにMさんが、悪口を言われていると言ったようなときには、「つらかったねー」となだめたり、教室に入りたくなさそうなときには、「廊下でノートを広げればいいのよ」と。少しでも教室に入ることができたときには、「すごいねー。がんばったねー」と、抱いたりします。

それをしていると、全体の1時間分くらいは、教室へ入れるようになります。担任へも「無理はやめましょう。きっといつかは入れますよ」と話したりしています。

午前中は、赤ちゃん言葉を使うことが多いようです。時間がたち、教室に入れるころになると、「こんなのできない~!」などなど、文句がたくさん出るようになります。でも、つぎの瞬間、「はっ!」と、私の顔色をうかがったりします。・・・そのときは、家では、お母さんに厳しく言われているのかなと感じましたが。

そこで軽くたしなめると、Mさんは、えへへ・・・と笑ったりします。

休み時間は、教室の前では嫌だというので、子どもの少ないところへつれていきます。休み時間中、抱きしめてあげたりします。ほかの先生がその場を通りかかり、先生に、「ア~甘えてる~」と言われても、Mさんは、「いいもん!」と答えたりしています。

授業開始前にMさんを説得し、、教室前へ連れて行くこともあります。が、私のあとを追いかけるばかり。トイレまでついてきます。

が、学校側の指示で、Mさんから離れ、本来の業務にもどるようという話が出たので、授業中は、1時間の中で、行き来しながら、少しずつ離れるようにしています。(5分~10分間隔くらいです。)

苦労して、3時間かけて、やっと入った教室。みんなと同じようにドリルをし、先生の列に並ぶ。が、担任から一言。「申し訳ないですが、先生、今こんな事をしている場合じゃないんですよ。○○体験の絵と文をかかせてください。掲示するのに困るんです」と。

私にとっては、なんとも悲しい言葉。やはり担任の先生は、何も分っていないのか・・・・。

ただ、Mさんのまわりの子どもたちの態度が、少し変わってきたように感じます。私も、普通にみんなと接するようにしています。子どもたちも、Mさんと私に慣れてきたような感じです。が、Mさんにしてみれば、不満気味。算数教えて!と、私を、ほかの子どもたちと、取り合いになることもあります。

ここで事件発生(?)

段階3、行動は同じでも、「気持ち悪い」「○○さんがああいう、こういう」「だってさー・・・だもん」「ママね・・・・」という言葉は、極端に減ってきました。とくにママの話はしなくなりました。

そして段階4、今日の事です。

朝、家から近所の上級生と徒歩で登校してきました。自分で教室へ行き、朝の準備をしたあと、Mさんは、私が来るのを玄関で待っていました。

「今日、ひとりで来れたよ!」というMさんが奉公するものですから、「頑張ったねー!」と、Mさんを抱き、一緒に教室へ行きました。が、そのあと、「今日は先生はどこの教室?」「行っちゃ嫌だ」と、私を放しません。「先生が、行くなら、私も廊下」と、だだをこねました。

わがままが出てきたようです。はやし先生が言っていたとおりです。できないことはできませんので、よく話して聞かせ、「休み時間にはこれるけど、ここではダメだよ」と話し、「無理なら保健室でもいいよ」と言ったのですが、Mさんは、「保健室は行かない。ここにする」と言うばかりです。そんなわけで、4時間ほとんどを、私の教室で過ごすことになりました。

が、3クラスの合同の一斉自習があり、Mさんのクラスも含めて、回っていくと「ここにずーっと、いてぇー」を繰りかえします。あるいは、「気持ち悪い」「目が痛い」などと、そのときも、訴えました。Mさんは、「ふーって、(息をかけてくれると)治るんだよ」と言って、私のスキンシップを求めてきます。私がMさんにさわっていると。Mさんは、安心したのか、落ち着いてきました。

担任とは相変わらずです。担任の授業だと、Mさんは、教室に入りにくいようです。そんな状態が、今、つづいています。

【はやし浩司からS先生へ】

 このタイプの子どもの指導には、とにかく、根気が必要です。ばあいによっては、1~2年単位の根気比べになります。幼児のときは、とくに、そうです。

 しかし現在小学2年生ということなので、年齢的には、もうそろそろ、自己管理ができるころにさしかかっています。これから先、大きな変化が見られるかもしれません。あと一息というところでは、ないでしょうか。

 ただ、担任の先生を一方的に責めることもできません。ご存知のように、先生も、忙しいです。現実問題として、Mさんのことに、今のSさんのように気を配るということは、不可能のように思います。上からは、課題をこなせと言われる。一方、親たちからは、もっとしっかりとめんどうをみろと言われる。先生も、たいへんです。

 Mさんは、たしかに、仮面をかぶっていると思います。二面性があるというよりは、仮面だと思います。(いい子)ぶることで、自分の立場をとりつくろっているのですね。悲しい子どもの心です。

 が、あなたの前では、少しずつ、仮面をはずしつつある。そんな感じがします。ありのままの自分をさらけ出しながら、あなたとの信頼関係を、確かめようとしている。そんな感じがします。

 このタイプの子どもの指導のむずかしいところは、Mさん自身でもどうにもならない、もうひとつ奥の、別のMさんが、Mさんを、裏から操っているという点です。ですから、Mさんに、言葉として、あれこれ諭(さと)しても、あまり意味がありません。(言うべきことは、言わなければいけませんが。またその程度で、終わるようにします。)

 Mさん自身も、自分でも、どうしていいのか、わからないでいるからです。また、まだ、自分を客観的に見ることができることができません。母親の威圧的な過干渉、育児拒否などによって、ほかの子どもたちよりも、そういう面の発達が、つまり人格の核形成が、遅れがちになっていることも考えられます。

 ふつうは、小学3年生くらいになると、自我が急速に発達し、自己管理能力ができてくるものですが、Mさんのばあい、1~3年、それが遅れる可能性があります。

 Mさんのように、他人との良好な人間関係を結ぶことができない子どもは、(1)攻撃的なったり、(2)服従的になったり、(3)同情的になったり、(4)依存的になったりします。

 Mさんのばあいは、(3)と(4)の混合したパターンで、それが現れているのではないでしょうか。気持ち悪いと訴えるのは、あなたに同情をしてもらうため。あなたのあとを追いかけるのは、依存的になっていることを示します。

 でも、意外とこういうケースでは、(私たちがしてやっている)という思いと、(子どもがしてもらっている)という思いの間には、大きなギャップがあるから、注意してください。

 私は、もう少し年齢の低い子どもたちを相手に四苦八苦した経験が、たくさんあります。が、去っていくときは、みなさん、淡白なものです。親も、子どもも、です。若いころは、それだけで落ちこんだりしたものです。

 ですから、(してあげている)という意識が、どこかにあったら、今のうちに、消しておくことです。無我とは言いませんが、それに近い気持ちで、Mさんと、接することです。これはあとで自分がキズつかないための予防策のようなものです。

 今の私には、この程度のアドバイスしかできません。どうか、お許しください。前回も書きましたが、最近、私は、こうした指導をしていませんし、また指導を断るようにしています。体力がとても、つづかないからです。つまり、もう偉そうなことは、言えなくなりました。

 S先生の苦労というか、努力には、本当に頭がさがります。今回も掲示板に書きこみをしていただき、私の方が、勉強させてもらっているような感じです。ありがとうございました。

 それでもよければ、自己開示、もしくは、うさ晴らしのためでも結構ですから、また何でも書きこんでみてください。同じような問題をかかえた、多くの親や先生たちの、参考になると思います。

 では、今日はこれで失礼します。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 保健室 保健室登校 集団恐怖 回避性障害)
 

新たな問題です

 投稿者:みさき  投稿日:2006年 6月16日(金)17時00分17秒
  今日までで急激に変わってきました。そして新たな問題です。

私は色々な副産物を生んでいくであろうと予想していたのであまり気にはならないのですが。養護教諭の言葉が本当なのか・・・。
養護教諭は「私はカウンセラー」だからと言いますが、どうしても全てを信用しきれません。すみません。イヤミがひどく「私にはとってもいいのに!!」(ADHD児に手を焼いた時)を繰り返します。(愚痴ですね。すみません)で、本題です。保健室入り口の木の柱に、私の名前がハサミのようなもので強くひっかいて「○○ばか」と彫られていました。Mさんは後追いして、よく保健室隣りの更衣室までついてきます。きっとその時彼女が書いたものだろうと言います。
後追いで更衣室まで一緒に行く時、いろんな子がくっついてくるときがあります。ADHD児、クラスの児童などなど。本人は不服そう・・・。
その養護教諭は「この子は二面性があります。かまってくれて嬉しいけど、これは、私(養護教諭)に○○先生(私)がうるさい。何とかしてほしい。という訴えなんです!先生もよくやってくださっています。あなたが悪いのではありませんが、分離不安なら私がみます。」と。今までももちろん分離不安である事は、この先生はよく知っていました。が、保健室に行く度に「忙しい忙しい」とほとんど相手にしません。私がいないと、忙しいから教室行ってと、廊下に出されます。誰も見ないから私がついていたのですが・・・・。
私はこう思います。これも心のバランスをとっているのではないか。ものすごい頑張りで私のことも受け入れ始めた時に、他の子に邪魔され、むかむかしてきて・・・。嫉妬のような感情。こっそり書くことで解消してるんじゃないかな?と。もしそうならこのくらいは覚悟です。だって、家では受け入れてもらえないんですから。が、このように言われると、また学校で違う方向に動きそうで。
「私はカウンセラーだから!」という養護教諭。私がまちがっているのでしょうか。
下にも書きましたが、急に「保健室に行く」と言わなくなりました。無理なら保健室行く?と聞くと「ここがいい(教室)」と言います。関係あるでしょうか。無理しないようにとしながら、とても無理をさせていたのでしょうか。
しかし、書いたのが他の子だったらどうでしょうか。それは又考えてしまいます。


それでは今までの経緯をお話しします。
以前の状態から、保健室で1日を過ごすようになりました。養護教諭も同じ部屋で仕事をしています。折り紙を折ったり、ごっこ遊びをしたり、漢字を学習したりもしました。とてもいい笑顔です。私もずっとつきっきりです。
が、教室には全く行けません。時々「行ってみる」というので向かうと、「恐い」「○○さんがああ言った。」「みんながいる。恐い」「気持ちが悪い」「担任の先生が恐い」。
朝毎日、剥がすようにお母さんと引き離し、泣いて別れます。「ママばいばい言ってくれなかったー」から始まり、ずーっとママの悪口。「ママはこんなにひどい」と。

この状態を段階で1とするなら、2の段階はこうです。朝、学校の靴箱でなんとかお母さんと泣かないで離れる。午前の4時間の内、付き添うのは3時間。教室前の廊下で過ごす。担任は認めたくないようでしたが、私と一緒に廊下で授業。時々中の様子を伺う。私も時々中に入り、「入れるかな~?」とたまに声を掛ける。気持ち悪い、無理、などなど。下痢も頻繁に訴え始める。訴えは全部聞き、無理しなくていい。気持ちが悪ければ保健室でもいい。お腹が痛ければトイレにいけばいい。悪口を言われるなら、つらかったねーと話し、教室に入りたくなければ廊下でノートを広げればいい。少しでも入れれば「すごいねー。がんばったねーとぎゅーっとし。と。そのうち全体の1時間分くらいは入れるようになる。担任へも「無理はやめましょう。きっといつかは入れますよ」と話す。朝のうちは赤ちゃん言葉が多い。時間が経って、教室に入れると「こんなのできない~!」などなど文句がたくさんでるように。でも、次の瞬間「はっ!」と私の顔色を伺う。・・・家では厳しく言われてるのかなと感じた。軽くたしなめる。えへへ・・・と笑う。
休み時間は教室の前が嫌だというので、人の少ないところへ。休み時間中、抱きしめる。他の先生が通り、あー甘えてるーと言われても、いいもん!と答える。授業開始前に促し、教室前へ・・・。後追いも始まる。トイレまで付いてくる。次第に上からの指示で本来の業務にもどるよう話が出たので、授業中は1時間の中で行き来して少しずつ離れる。(5分~10分間隔)
苦労して3時間かけてはいった教室。みんなと同じようにドリルをし、先生の列に並ぶ。が、担任から一言。「申し訳ないですが、先生、今こんな事してる場合じゃないんですよ。○○体験の絵と文をかかせてください。掲示に困るんです。というなんとも悲しい言葉。やはり何も分っていないのか・・・・。
ただ、周囲児童の態度が変わってきた。私も普通にみんなと接する。周囲児童も当人と私に慣れてきた。当人は不満気味。算数教えて!と取り合いになることも出てきた。
※ここで事件発生(?)
段階3、行動は同じでも、「気持ち悪い」「○○さんがああいう、こういう」「だってさー・・・だもん」「ママね・・・・」が極端に減る。特にママの話はしなくなった。
そして段階4、今日の事。朝、家から近所の上級生と徒歩で登校。自分で教室へ行き、朝の準備をして私が来るのを玄関で待つ。「今日、一人で来れたよ!」と報告を受け、頑張ったねー!ぎゅーをして、一緒に教室へ。今日は先生はどこの教室?行っちゃ嫌だ。と離さない。先生行くなら私も廊下。とだだをこねる。・・・・わがままが出てきたよう。はやし先生もおっしゃってた通り。出来ない事は無理なので、よく話し、ここの休み時間にはこれるけど、ここはダメだよ。と話し、無理なら保健室でもいいよと言うが、「保健室は行かない。ここにする」という。私の知っている4時間ほとんど教室で過ごす。
が、3クラスの一斉自習があり、当人クラスも含めて回っていくと「ここにずーっといてぇー」を繰り返す。「気持ち悪い」「目が痛い」なども訴え出す。「ふーってすると治るんだよ」と言って、さわっていると落ち着いてくる。
担任とは相変わらず。担任の授業だと入りにくい。
 

はやし先生へ

 投稿者:みさき  投稿日:2006年 6月11日(日)22時59分36秒
  お忙しい中、本当にありがとうございます。詳しく丁寧に教えていただいて大変感謝しています。私に出来る事は何なのか・・・担任でも、教員でもない立場の中で。はやし先生、ありがとうございます。だからこその事もありますね。この子への思いを大切に、子のこの家庭環境というより、「この子」と向き合って行きたいと思います。そういえば、ここ2、3日 若干ではありますが、笑い声とともに、わがままな事を言うことが出てきました。「あー、わがまま言えるくらいになったのだ」と、少し安心もしたものです。そのくらい緊張に満ちた顔でした。初めは泣く事もできない様子でした。わかりました!何度も読み返し、あきらめず、頑張っていこうと思います。書かせて頂いて本当によかった。ありがとうございました。  

●みさき様へ(2)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 6月11日(日)19時29分54秒
  ● 掲示板への書きこみから

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掲示板にこんな書きこみがあった。

小学2年生の、Mさん(女児)についてのものだった。

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【掲示板への相談より……】

教員ではありませんが、小学校で子どもと関わる仕事をしています。教員免許は持っています。

お手伝い先生のような仕事です。大卒後、企業で8年間、勤務し、退職後、初めての職場。初めての教育の現場です。詳しく書くことができなく、申し訳ありません。不適切なら削除してください。

現在、ある小2女子児童の担当になっています。(Mさんとしておきます。)・・・と言っても、日替わりで上から指示されるので、とても不安定です。

Mさんは両親が離婚したあと、4月中旬に転校してきました。前の学校では不登校。現在は毎日来ていますが、徐々に完全に保健室登校になってきています。

毎朝お母さんが送ってきますが、子どもがお母さんから離れられません。お母さんは、Mさんを、車からぽーんと出し、バン!と閉めて、そのまま帰ってしまいます。そこでMさんは、泣き叫び後を追いかけます。

道路でMさんを出すのは危険なのでというような指導が、学校側からあったようです。それからは、お母さんは、Mさんを、学校の中まで中まで送ってきます。が、送ってくると、Mさんは、抱きついたままお母さんの髪をぎゅーっとつかんで離しません。

そのとき、お母さんの靴を隠す、持ち物を隠す、取り合いになったりすることもあります。転んだすきに、お母さんは逃げるように、振り返らず去っていきます。

そのあとも、切れ端(ゴミのようなもの)を握り締め、「ママ・・・」と、しくしく泣き、「それどうするの?」と聞くと、「お守りだから・・・」と。それを聞くと、胸が張り裂けそうになります。

私にはこの子を抱きしめる事しかできません。背中をさすって、「そう、そう、つらかったんだね」と、沢山聞いてあげる事しかできません。担任からはくわしく話を聞かせてもらうこともありません。でも一応、Mさんの担当なのです。

学校の担任の先生は、「早く教室に入りなさい」と言うだけです。クラスの児童からは、常に、「この学校は、○○なんだぞ!」とか、「○○ちゃんがきたから、席が替わったじゃない!」と言われ、みなは、どこかMさんをじゃまにしているような雰囲気です。

私がMさんの担当になる前は、誰も付いていなかったので、たとえば教室前でもじもじしていると、担任(女性)から腕をつかまれ、引きずられるように入れられていたそうです。

Mさんが、抵抗すると、担任は、お腹をつねっていたようです。そしてとうとう教室を見ただけで吐き気が起こすようになったり、担任を見ると逃げたり、隠れたり、さらには、クラスの児童を見ると、「恐い・・・」と消えそうな声で、つぶやくようになってしまいました。

「恐い」にしても、初めの段階では、「集団が恐い」と言っていました。が、最近ではクラスの児童に限定されてきたようです。優しい子もふくめて、どの子も恐がっているようです。

時限ごとに、Mさんが、「教室へ行ってみる・・・でも無理だったら戻ってもいい?」と言うので、一緒について行くと、やはり、「恐い・・・やっぱりダメ」という感じです。

また、学校の対応もバラバラです。「今日は1日、この部屋で2人でいていいですよ」というので、それなりにおたがいに楽しそうに、じゃあ、今、国語だから漢字ドリルしようか、というような調子でやっていると、ガラっ!と、突然開いて、知らない先生が「次! 図工だよ! 行ける!?」と、Mさんのランドセルを持って行ってしまうのです。

子どもは一気に緊張した顔で、条件反射的に、「はい」と答え、部屋を出る。が、やはり行けない。そこでその先生が、「はいって言ったじゃない、どうしていけないの?」となじったりします・・・・。と、思ったらまた急に他の先生が入ってきて、保健室にいてもいいですよ。いつ来てもいいですよー、と言う始末。

はやし先生。これでこの子はどうなってしまうのでしょう。「ママ、バイバイしないで行っちゃったー」と泣くことから1日が始まり、クルクルと周りの指導が変わり、(私も規則で12時までしかいっしょに、いられません)、Mさんにしてみれば、親に裏切られ、先生に裏切られ、友達も・・・というような状況ですよね。

お母さんの話をするときは、赤ちゃん言葉です。以前、過呼吸に近い状態になり驚きました。最近、混乱してくると頭を、自分で、げんこつでボカボカと自分で殴ります。見ていて恐いくらいです。

本人の話しによると、以前は、お父さんの実家で同居していたそうです。いとこ(中学生)たちもいたようで、よく殴られたと言います。

そして現在、お母さんにはお友達がいて、私の話ををちっとも聞いてくれない。お友達は男性で、毎日のように泊まっていくとのこと。

また、反対にMさんのお母さんからの話しでは、家ではまったく甘えない。そんなそぶりさえ見せない。学校でこんなに離れないなんてウソみたい。帰ったら遊ぶ約束をしてやっているのに、宿題が終わらないから泣いてばかりで、遊べない、ということです。
(高知県在住・KUより)

【KU先生へ、はやし浩司より】

 掲示板の記事を読んで、その内容が、最近経験した、Z君(中2男子)と、あまりにも酷似しているので、驚きました。

 Z君は、乳幼児のときから、母親の冷淡、無視、育児放棄を経験しています。母親は、「生まれつき、そうだ」と言いますが、Z君は、見るからに弱々しい感じがします。全体に、幼く見え、言動も幼稚ぽく、その年齢にふさわしい人格の核(コア・アイデンティティ)の確立がみられません。

 はきがなく、追従的で、いつも他人の同情をかうような行動をします。かなり強烈なマイナスのストロークが、働いているようで、何をしても、「ぼくはできない」「ぼくはだめな人間」と言います。

 ほかの子どもたちのいじめの対象にもなっています。母親は、そういうZ君を「かわいい」「かわいい」とでき愛していますが、その実、Z君を、外へ出したがりません。「外へ出すと、みなにいじめられるから」を理由にしています。典型的な、代償的過保護ママです。

 特徴としては、つぎのようなことがあります。思い浮かんだまま、並べてみます。

(1) 自己管理能力がない……薬箱のドリンク剤を一日で、全部(10本ほど)、飲んでしまう。そのため、ますます母親に強く叱られる。届け物に買ってきた、菓子などを、勝手に封をあけて、食べてしまったこともある。

(2) 特定のものに、強くこだわる……カードゲームのカードをたいへん大切にしている。それを毎日、戸棚から出し、また並べなおしたりしている。下に、6歳離れた弟がいるが、弟がそのカードに触れただけで、パニック状態(オドオドとして、混乱状態)になる。

(3) 時刻にこだわる……片時も腕時計を身からはなさず、いつも、時計ばかり見ている。行動も、数分単位で、正確。朝、目をさましても、その時刻(6時半)がくるまで、床の中でじっと待っている。そのときも、時計ばかり、見ている。メガネをかけているが、寝るときでさえも、かけたまま。

(4) 衝動的な自傷行為……ときどき、壁に頭をうちつけたりする。あるいは、ものを、壁にぶつけて、壊してしまう。ラジカセが思うようにならなかったときも、かんしゃく発作を起こして、こわしてしまったこともある。が、満足しているときは、借りてきた猫の子のようにおとなしく、おだやかだが、ふとしたことで急変。二階へつづく階段から、大の字のまま、下へ飛び降りたこともある。現在、前歯が2本、欠損しているが、自傷行為のために、そうなったと考えられる。

(5) 異常なまでの依存性……独特の言い方をする。おなかがすいたときも、「~~を食べたい」というような言い方をしない。「~~君は、何も食べなかったから、死んでしまった」「ぼくは、10日くらいだったら、何も食べなくても、平気」などと言ったりする。自主的な行動ができず、他人の同情をかいながら、全体に、何かをしてもらうといった生活態度が目につく。

(6) 幼児がえり……しばらく話しあって、打ち解けあうと、とたんに、幼児言葉になる。年齢的には、4~5歳くらいの話し方をする。「ママが、ぼくを、たたいた」「○○さん(Z君の叔母)が、ぼくをバカにした」と。

 母親は、仮面型タイプの人間で、私のような他人の前では、きわめて穏やか。始終、やさしそうな笑みを浮かべて、さもZ君を心底、思いやっているというようなフリをします。私が会ったときも、母親は、Z君の背中を、さすりながら、「元気を出そうね」と言っていました。

 このZ君というより、Z君の母親について、問題点をあげたら、キリがありません。代償的過保護のほか、代理ミュンヒハウゼン症候群、虐待、基本的不信関係、仮面型人間、ペルソナ……。

 これらの原稿については、このあとに添付しておきますので、どうか、参考にしてください。

 で、私もこうした事例に、よく出会います。そしてそのつど、(限界)というか、(無力感)を味わいます。ここにあげたZ君にしても、最終的に、私が預かるという覚悟ができれば、話は別ですが、そうでなければ、結局は、母親に任すしかないということになります。

 またこういう母親にかぎって、私のようなものの話を聞きません。何かを説明しようとすると、ここにも書いたように、「生まれつきそうだ」とか、「遺伝だ」とか、さらには、「父親(夫)が、ひどいことをしたからだ」と、他人のせいにします。

 ものの考え方が、きわめて自己中心的なのが、特徴です。もっと言えば、自分の子どもを、モノ、あるいは奴隷かペットのように考えています。ひとりの人間として、みていません。

 で、30代のころは、そういう子どもばかり預かって、四苦八苦したことがあります。夜中中、車で、走り回ったこともあります。しかしその結果たどりついたのが、「10%のニヒリズム」という考え方です。

 若いころ、どこかの教師が、何かの会議で教えてくれた言葉です。

 決して、全力投球はしない。90%は、その子どものために働いても、残りの10%は、自分のためにとっておくという考え方です。そうでないと、身も心も、ズタズタにされてしまいます。今のKU先生、あなたが、そうかもしれません。

 が、ご心配なく。もっと複雑で、深刻なケースを、たくさんみてきましたが、子どもは子どもで、ちゃんと、大きくなっていくものです。もちろん心に大きなキズを残しますが、そのキズをもったまま、おとなになっていきます。が、やがて自分で、それを克服していきます。つまりそういう人間が本来的にもつ(力)を信じて、やるべきことはやりながらも、子どもに任すところは、任す。

 あとは、時間が解決してくれます。

 で、Mさんは、明らかに、分離不安ですね。心はいつも緊張状態にあって、その緊張状態から解放されないでいるとみます。家庭の中でも、心が休まることがないのでしょう。一応、母親の前では、(いい子?)でいるのでしょうが、それは、本来のMさんの姿でないことは、確かなようです。

 (いい子?)でいることで、母親の愛情を取り戻そうとしているのです。私がときどき書く、「悲しいピエロ」タイプの子どもというのは、このタイプの子どもをいいます。

 が、肝心の母親は、それに気づいていない。つまりここにこの種の問題の悲劇性があります。

 また閉ざされた子どもの心を開くことは、容易なことではありません。1年や2年は、かかるかもしれません。ちょっとしたことで、また閉じてしまう。この繰りかえしです。しかしあきらめてはいけません。ただ、このタイプの子どもは、いろいろな方法で、あなたの心を試すような行動に出てくることがあります。

 急にわがままを言ってみたり、乱暴な行動に出てみたりする、など。こちらの限界を見極めながら、ギリギリのことをしてくるのが、特徴です。で、そういうときは、まさに根競べ。とことん根競べをします。子どもの方があきらめて手を引くまで、根競べをします。

 「私はどんなことがあっても、あなたを見放しませんからね」と。

 それに納得したとき、子どもははじめて、あなたに対して心を開きます。

 幸いなことに、Mさんは、あなたというすばらしい先生に、出会うことができました。何が大切かといって、あなたの今の(思い)ほど、大切なものは、ありません。その(思い)が、あなたとMさんの絆(きずな)、あるいはMさんの心を支えるゆいいつの柱になっていると思います。

 ところで私は、最近、はじめて、ADHD児の指導を断りました。今までは、むしろそういう子どもほど、求めて教えてきたようなところがあります。

 しかし体力の限界だけは、もうどうしようありません。1~2時間、接しただけで、ものすごい疲労感を覚えるようになりました。それで断りました。

 そのとき感じた、敗北感というか、虚脱感には、ものすごいものがありました。悶々とした気持ちで、数日を過ごしました。

 しかしあなたは、まだ若いし、いくらでも、そういう仕事ができます。どうかあきらめないで、がんばってください。

 繰りかえしますが、あなたのような先生に出会えたことは、Mさんにとっては、本当に幸いなことです。Mさんにかわって、喜んでいます。どうか、どうか、がんばってください。応援します。


******************

つづきは、7月14日号のマガジンで
書きます。よろしくお願いします。

*******************
 

みさき様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 6月11日(日)10時37分26秒
  みさき様へ

現在、返事を書いています。
書き終わったら、それをここに掲載します。
それまで今、しばらくお待ちください。

それまでに、参考までに、いくつかの原稿を
ここに掲載しておきます。

どうか、参考にしてください。

Hiroshi Hayashi++++++++++June 06+++++++++++はやし浩司



●代償的過保護

 同じ過保護でも、その基盤に愛情がなく、子どもを自分の支配下において、自分の思いどおりにしたいという過保護を、代償的過保護という。

 ふつう「過保護」というときは、その背景に、親の濃密な愛情がある。

 しかし代償的過保護には、それがない。一見、同じ過保護に見えるが、そういう意味では、代償的過保護は、過保護とは、区別して考えたほうがよい。

 親が子どもに対して、支配的であると、詫摩武俊氏は、子どもに、つぎのような特徴がみられるようになると書いている(1969)。

 服従的になる。
 自発性がなくなる。
 消極的になる。
 依存的になる。
 温和になる。

 さらにつけ加えるなら、現実検証能力の欠如(現実を理解できない)、管理能力の不足(してよいことと悪いことの区別ができない)、極端な自己中心性なども、見られるようになる。

 この琢摩氏の指摘の中で、私が注目したのは、「温和」という部分である。ハキがなく、親に追従的、依存的であるがために、表面的には、温和に見えるようになる。しかしその温和性は、長い人生経験の中で、養われてできる人格的な温和性とは、まったく異質のものである。

 どこか、やさしい感じがする。どこか、柔和な感じがする。どこか、穏かな感じがする……といったふうになる。

 そのため親、とくに母親の多くは、かえってそういう子どもほど、「できのいい子ども」と誤解する傾向がみられる。そしてますます、問題の本質を見失う。

 ある母親(70歳)は、そういう息子(40歳)を、「すばらしい子ども」と評価している。臆面もなく、「うちの息子ほど、できのいい子どもはいない」と、自慢している。親の前では、借りてきたネコの子のようにおとなしく、ハキがない。

 子どもでも、小学3、4年生を境に、その傾向が、はっきりしてくる。が、本当の問題は、そのことではない。

 つまりこうした症状が現れることではなく、生涯にわたって、その子ども自身が、その呪縛性に苦しむということ。どこか、わけのわからない人生を送りながら、それが何であるかわからないまま、どこか悶々とした状態で過ごすということ。意識するかどうかは別として、その重圧感は、相当なものである。

 もっとも早い段階で、その呪縛性に気がつけばよい。しかし大半の人は、その呪縛性に気がつくこともなく、生涯を終える。あるいは中には、「母親の葬儀が終わったあと、生まれてはじめて、解放感を味わった」と言う人もいた。

 題名は忘れたが、息子が、父親をイスにしばりつけ、その父親を殴打しつづける映画もあった。アメリカ映画だったが、その息子も、それまで、父親の呪縛に苦しんでいた。

 ここでいう代償的過保護を、決して、軽く考えてはいけない。

【自己診断】

 ここにも書いたように、親の代償的過保護で、(つくられたあなた)を知るためには、まず、あなたの親があなたに対して、どうであったかを知る。そしてそれを手がかりに、あなた自身の中の、(つくられたあなた)を知る。

( )あなたの親は、(とくに母親は)、親意識が強く、親風をよく吹かした。
( )あなたの教育にせよ、進路にせよ、結局は、あなたの親は、自分の思いどおりにしてきた。
( )あなたから見て、あなたの親は、自分勝手でわがままなところがあった。
( )あなたの親は、あなたに過酷な勉強や、スポーツなどの練習、訓練を強いたことがある。
( )あなたの親は、あなたが従順であればあるほど、機嫌がよく、満足そうな表情を見せた。
( )あなたの子ども時代を思い浮かべたとき、いつもそこに絶大な親の影をいつも感ずる。

 これらの項目に当てはまるようであれば、あなたはまさに親の代償的過保護の被害者と考えてよい。あなた自身の中の(あなた)である部分と、(つくられたあなた)を、冷静に分析してみるとよい。

【補記】

 子どもに過酷なまでの勉強や、スポーツなどの訓練を強いる親は、少なくない。「子どものため」を口実にしながら、結局は、自分の不安や心配を解消するための道具として、子どもを利用する。

 あるいは自分の果たせなかった夢や希望をかなえるための道具として、子どもを利用する。

 このタイプの親は、ときとして、子どもを奴隷化する。タイプとしては、攻撃的、暴力的、威圧的になる親と、反対に、子どもの服従的、隷属的、同情的になる親がいる。

 「勉強しなさい!」と怒鳴りしらしながら、子どもを従わせるタイプを攻撃型とするなら、お涙ちょうだい式に、わざと親のうしろ姿(=生活や子育てで苦労している姿)を見せつけながら、子どもを従わせるタイプは、同情型ということになる。

 どちらにせよ、子どもは、親の意向のまま、操られることになる。そして操られながら、操られているという意識すらもたない。子ども自身が、親の奴隷になりながら、その親に、異常なまでに依存するというケースも多い。
(はやし浩司 代償的過保護 過保護 過干渉)

【補記2】

 よく柔和で穏やか、やさしい子どもを、「できのいい子ども」と評価する人がいる。

 しかし子どもにかぎらず、その人の人格は、幾多の荒波にもまれてできあがるもの。生まれながらにして、(できのいい子ども)など、存在しない。もしそう見えるなら、その子ども自身が、かなり無理をしていると考えてよい。

 外からは見えないが、その(ひずみ)は、何らかの形で、子どもの心の中に蓄積される。そして子どもの心を、ゆがめる。

 そういう意味で、子どもの世界、なかんずく幼児の世界では、心の状態(情意)と、顔の表情とが一致している子どものことを、すなおな子どもという。

 うれしいときには、うれしそうな顔をする。悲しいときには、悲しそうな顔をする。怒っているときは、怒った顔をする。そしてそれらを自然な形で、行動として、表現する。そういう子どもを、すなおな子どもという。

 子どもは、そういう子どもにする。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 代償的過保護 すなおな子ども 素直な子供 子どもの素直さ 子供のすなおさ)


Hiroshi Hayashi++++++++++June 06+++++++++++はやし浩司
 

みさき様へ(2)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 6月11日(日)10時35分51秒
  ●フリをする母親

 昔、自分を病人に見たてて、病院を渡り歩く男がいた。そういう男を、イギリスのアッシャーという学者は、「ミュンヒハウゼン症候群」と名づけた。ミュンヒハウゼンというのは、現実にいた男爵の名に由来する。ミュンヒハウゼンは、いつも、パブで、ホラ話ばかりしていたという。

 その「ミュンヒハウゼン症候群」の中でも、自分の子どもを虐待しながら、その一方で病院へ連れて行き、献身的に看病する姿を演出する母親がいる。そういう母親を、「代理ミュンヒハウゼン症候群」という(「心理学用語辞典」かんき出版)。

 このタイプの母親というか、女性は、多い。こうした女性も含めて、「ミュンフハウゼン症候群」と呼んでよいかどうかは知らないが、私の知っている女性(当時50歳くらい)に、一方で、姑(義母)を虐待しながら、他人の前では、その姑に献身的に仕える、(よい嫁)を、演じていた人がいた。

 その女性は、夫にはもちろん、夫の兄弟たちにも、「仏様」と呼ばれていた。しかしたった一人だけ、その姑は、嫁の仮面について相談している人がいた。それがその姑の実の長女(当時50歳くらい)だった。

 そのため、その女性は、姑と長女が仲よくしているのを、何よりも、うらんだ。また当然のことながら、その長女を、嫌った。

 さらに、実の息子を虐待しながら、その一方で、人前では、献身的な看病をしてみせる女性(当時60歳くらい)もいた。

 虐待といっても、言葉の虐待である。「お前なんか、早く死んでしまえ」と言いながら、子どもが病気になると、病院へ連れて行き、その息子の背中を、しおらしく、さすって見せるなど。

 「近年、このタイプの虐待がふえている」(同)とのこと。

 実際、このタイプの女性と接していると、何がなんだか、訳がわからなくなる。仮面というより、人格そのものが、分裂している。そんな印象すらもつ。

 もちろん、子どものほうも、混乱する。子どもの側からみても、よい母親なのか、そうでないのか、わからなくなってしまう。たいていは、母親の、異常なまでの虐待で、子どものほうが萎縮してしまっている。母親に抵抗する気力もなければ、またそうした虐待を、だれか他人に訴える気力もない。あるいは母親の影におびえているため、母親を批判することさえできない。

 虐待されても、母親に、すがるしか、ほかに道はない。悲しき、子どもの心である。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 ミュンヒハウゼン症候群 代理ミュンヒハウゼン症候群 子どもの虐待 仮面をかぶる母親)


Hiroshi Hayashi++++++++++June 06+++++++++++はやし浩司

● 基本的信頼関係

信頼関係は、母子の間で、はぐくまれる。

絶対的な(さらけ出し)と、絶対的な(受け入れ)。「絶対的」というのは、「疑いをいだかない」という意味である。こうした相互の関係が、その子ども(人)の、信頼関係の基本となる。

 つまり子ども(人)は、母親との間でつくりあげた信頼関係を基本に、その関係を、先生、友人、さらには夫(妻)、子どもへと応用していくことができる。だから母親との間で構築される信頼関係を、「基本的信頼関係」と呼ぶ。

 が、母子との間で、信頼関係を結ぶことに失敗した子どもは、その反対に、「基本的不信関係」に陥(おちい)る。いわゆる「不安」を基底とした、生きザマになる。そしてこうして生まれた不安を、「基底不安」という。

 こういう状態になると、その子ども(人)は、何をしても不安だという状態になる。遊んでいても、仕事をしていても、その不安感から逃れることができない。その不安感は、生活のあらゆる部分に、およぶ。おとなになり、結婚してからも、消えることはない。夫婦関係はもちろんのこと、親子関係においても、である。

 こうして、たとえば母親について言うなら、いわゆる不安先行型、心配先行型の子育てをしやすくなる。

●基底不安

 親が子育てをしてい不安になるのは、親の勝手だが、ほとんどのばあい、親は、その不安や心配を、そのまま子どもにぶつけてしまう。

 しかし問題は、そのぶつけることというより、親にその自覚がないことである。ほとんどの親は、不安であることや、心配していることを、「ふつうのこと」と思い、そして不安や心配になっても、「それは子どものため」と思いこむ。

 が、本当の問題は、そのつぎに起こる。

 こうした母子との間で、基本的信頼関係の構築に失敗した子どももまた、不安を基底とした生きザマをするようになるということ。

 こうして親から子どもへと、生きザマが連鎖するが、こうした連鎖を、「世代連鎖」、あるいは「世代伝播(でんぱ)」という。

 ある中学生(女子)は、夏休み前に、夏休み後の、実力テストの心配をしていた。私は、「そんな先のことは心配しなくていい」と言ったが、もちろんそう言ったところで、その中学生には、説得力はない。その中学生にしてみれば、そうして心配するのは、ごく自然なことなのである。
(はやし浩司 基本的信頼関係 基底不安)


● 人間関係を結べない子ども(人)

人間関係をうまく結ぶことができない子どもは、自分の孤独を解消し、自分にとって居心地のよい世界をつくろうとする。その結果、大きく分けて、つぎの四つのタイプに分かれる。

(1) 攻撃型……威圧や暴力によって、相手を威嚇(いかく)したりして、自分にとって、居心地のよい環境をつくろうとする。
(2) 依存型……ベタベタと甘えることによって、自分にとって居心地のよい環境をつくろうとする。
(3) 服従型……だれかに徹底的に服従することによって、自分にとって居心地のよい環境をつくろうとする。
(4) 同情型……か弱い自分を演ずることにより、みなから「どうしたの?」「だいじょうぶ?」と同情してもらうことにより、自分にとって、居心地のよい世界をつくろうとする。

それぞれに(プラス型)と、(マイナス型)がある。たとえば攻撃型の子どもも、プラス型(他人に対して攻撃的になる)と、マイナス型(自虐的に勉強したり、運動をしたりするなど、自分に対して攻撃的になる)に分けられる。

 スポーツ選手の中にも、子どものころ、自虐的な練習をして、有名になった人は多い。このタイプの人は、「スポーツを楽しむ」というより、メチャメチャな練習をすることで、自分にとって、居心地のよい世界をつくろうとしたと考えられる。

●子どもの仮面

 人間関係をうまく結べない子ども(人)は、(孤立)と、(密着)を繰りかえすようになる。

 孤独だから、集団の中に入っていく。しかしその集団の中では、キズつきやすく、また相手をキズつけるのではないかと、不安になる。自分をさらけ出すことが、できない。できないから、相手が、自分をさらけ出してくると、それを受入れることができない。

 たとえば自分にとって、いやなことがあっても、はっきりと、「イヤ!」と言うことができない。一方、だれかが冗談で、その子ども(人)に、「バカ!」と言ったとする。しかしそういう言葉を、冗談と、割り切ることができない。

 そこでこのタイプの子どもは、集団の中で、仮面をかぶるようになる。いわゆる、いい子ぶるようになる。これを心理学では、「防衛機制」という。自分の心がキズつくのを防衛するために、独特の心理状態になったり、独特の行動を繰りかえすことをいう。

 子ども(人)は、一度、こういう仮面をかぶるようになると、「何を考えているかわからない子ども」という印象を与えるようになる。さらに進行すると、心の状態と、表情が、遊離するようになる。うれしいはずなのに、むずかしい顔をしてみせたり、悲しいはずなのに、ニンマリと笑ってみせるなど。

 この状態になると、一人の子ども(人)の中に、二重人格性が見られるようになることもある。さらに何か、大きなショックが加わると、人格障害に進むこともある。

●すなおな子ども論

 従順で、おとなしく、親や先生の言うことを、ハイハイと聞く子どものことを、「すなおな子ども」とは、言わない。すなおな子どもというときには、二つの意味がある。

一つは情意(心)と表情が一致しているということ。うれしいときには、うれしそうな顔をする。いやなときはいやな顔をする。

たとえば先生が、プリントを一枚渡したとする。そのとき、「またプリント! いやだな」と言う子どもがいる。一見教えにくい子どもに見えるかもしれないが、このタイプの子どものほうが「裏」がなく、実際には教えやすい。

いやなのに、ニッコリ笑って、黙って従う子どもは、その分、どこかで心をゆがめやすく、またその分、心がつかみにくい。つまり教えにくい。

 もう一つの意味は、「ゆがみ」がないということ。ひがむ、いじける、ひねくれる、すねる、すさむ、つっぱる、ふてくされる、こもる、ぐずるなど。

ゆがみというのは、その子どもであって、その子どもでない部分をいう。たとえば分離不安の子どもがいる。親の姿が見えるときには、静かに落ちついているが、親の姿が見えなくなったとたん、ギャーとものすごい声をはりあげて、親のあとを追いかけたりする。その追いかけている様子を観察すると、その子どもは子ども自身の意思というよりは、もっと別の作用によって動かされているのがわかる。それがここでいう「その子どもであって、その子どもでない部分」ということになる。

 仮面をかぶる子どもは、ここでいうすなおな子どもの、反対側の位置にいる子どもと考えるとわかりやすい。

●仮面をかぶる子どもたち

 たとえばここでいう服従型の子どもは、相手に取り入ることで、自分にとって、居心地のよい世界をつくろうとする。

 先生が、「スリッパを並べてください」と声をかけると、静かにそれに従ったりする。あるいは、いつも、どうすれば、自分がいい子に見られるかを、気にする。行動も、また先生との受け答えのしかたも、優等生的、あるいは模範的であることが多い。

先生「道路に、サイフが落ちていました。どうしますか?」
子ども「警察に届けます」
先生「ブランコを取りあって、二人の子どもがけんかをしています。どうしますか?」
子ども「そういうことをしては、ダメと言ってあげます」と。

 こうした仮面は、服従型のみならず、攻撃型の子どもにも見られる。

先生「君、今度のスポーツ大会に選手で、出てみないか?」
子ども「うっセーナア。オレは、そんなのに、興味ネーヨ」
先生「しかし、君は、そのスポーツが得意なんだろ?」
子ども「やったこと、ネーヨ」と。

 こうした仮面性は、依存型、同情型にも見られる。

●心の葛藤

 基本的信頼関係の構築に失敗した子ども(人)は、集団の中で、(孤立)と(密着)を繰りかえすようになる。

 それをうまく説明したのが、「二匹のヤマアラシ」(ショーペンハウエル)である。

 「寒い夜だった。二匹のヤマアラシは、たがいに寄り添って、体を温めようとした。しかしくっつきすぎると、たがいのハリで相手の体を傷つけてしまう。しかし離れすぎると、体が温まらない。そこで二匹のヤマアラシは、一晩中、つかず離れずを繰りかえしながら、ほどよいところで、体を温めあった」と。

 しかし孤立するにせよ、密着するにせよ、それから発生するストレス(生理的ひずみ)は、相当なものである。それ自体が、子ども(人)の心を、ゆがめることがある。

一時的には、多くは精神的、肉体的な緊張が引き金になることが多い。たとえば急激に緊張すると、副腎髄質からアドレナリンの分泌が始まり、その結果心臓がドキドキし、さらにその結果、脳や筋肉に大量の酸素が送り込まれ、脳や筋肉の活動が活発になる。

が、そのストレスが慢性的につづくと、副腎機能が亢進するばかりではなく、「食欲不振や性機能の低下、免疫機能の低下、低体温、胃潰瘍などの種々の反応が引き起こされる」(新井康允氏)という。

こうしたストレスが日常的に重なると、脳の機能そのものが変調するというのだ。たとえば子どものおねしょがある。このおねしょについても、最近では、大脳生理学の分野で、脳の機能変調説が常識になっている。つまり子どもの意思ではどうにもならない問題という前提で考える。

 こうした一連の心理的、身体的反応を、神経症と呼ぶ。慢性的なストレス状態は、さまざまな神経症による症状を、引き起こす。

● 神経症から、心の問題

ここにも書いたように、心理的反応が、心身の状態に影響し、それが身体的な反応として現れた状態を、「神経症」という。

子どもの神経症、つまり、心理的な要因が原因で、精神的、身体的な面で起こる機能的障害)は、まさに千差万別。「どこかおかしい」と感じたら、この神経症を疑ってみる。

(1)精神面の神経症…恐怖症(ものごとを恐れる)、強迫症状(周囲の者には理解できないものに対して、おののく、こわがる)、不安症状(理由もなく悩む)など。

(2)身体面の神経症……夜驚症(夜中に狂人的な声をはりあげて混乱状態になる)、夜尿症、頻尿症(頻繁にトイレへ行く)、睡眠障害(寝ない、早朝覚醒、寝言)、嘔吐、下痢、便秘、発熱、喘息、頭痛、腹痛、チック、遺尿(その意識がないまま漏らす)など。一般的には精神面での神経症に先立って、身体面での神経症が起こることが多く、身体面での神経症を黄信号ととらえて警戒する。

(3)行動面の神経症……神経症が慢性化したりすると、さまざまな不適応症状となって行動面に現れてくる。不登校もその一つということになるが、その前の段階として、無気力、怠学、無関心、無感動、食欲不振、引きこもり、拒食などが断続的に起こるようになる。

● たとえば不登校

こうした子どもの心理的過反応の中で、とくに問題となっているのが、不登校の問題である。

しかし同じ不登校(school refusal)といっても、症状や様子はさまざま(※)。私の二男はひどい花粉症で、睡眠不足からか、毎年春先になると不登校を繰り返した。

が、その中でも恐怖症の症状を見せるケースを、「学校恐怖症」、行為障害に近い不登校を「怠学(truancy)」といって区別している。これらの不登校は、症状と経過から、三つの段階に分けて考える(A・M・ジョンソン)。心気的時期、登校時パニック時期、それに自閉的時期。これに回復期を加え、もう少しわかりやすくしたのが、つぎである。

(1)前兆期……登校時刻の前になると、頭痛、腹痛、脚痛、朝寝坊、寝ぼけ、疲れ、倦怠感、吐き気、気分の悪さなどの身体的不調を訴える。症状は午前中に重く、午後に軽快し、夜になると、「明日は学校へ行くよ」などと、明るい声で答えたりする。これを症状の日内変動という。学校へ行きたがらない理由を聞くと、「A君がいじめる」などと言ったりする。そこでA君を排除すると、今度は「B君がいじめる」と言いだしたりする。理由となる原因(ターゲット)が、そのつど移動するのが特徴。

(2)パニック期……攻撃的に登校を拒否する。親が無理に車に乗せようとしたりすると、狂ったように暴れ、それに抵抗する。が、親があきらめ、「もう今日は休んでもいい」などと言うと、一転、症状が消滅する。ある母親は、こう言った。「学校から帰ってくる車の中では、鼻歌まで歌っていました」と。たいていの親はそのあまりの変わりように驚いて、「これが同じ子どもか」と思うことが多い。

(3)自閉期……自分のカラにこもる。特定の仲間とは遊んだりする。暴力、暴言などの攻撃的態度は減り、見た目には穏やかな状態になり、落ちつく。ただ心の緊張感は残り、どこかピリピリした感じは続く。そのため親の不用意な言葉などで、突発的に激怒したり、暴れたりすることはある(感情障害)。この段階で回避性障害(人と会うことを避ける)、不安障害(非現実的な不安感をもつ。おののく)の症状を示すこともある。が、ふだんの生活を見る限り、ごくふつうの子どもといった感じがするため、たいていの親は、自分の子どもをどうとらえたらよいのか、わからなくなってしまうことが多い。こうした状態が、数か月から数年続く。

(4)回復期(この回復期は、筆者が加筆した)……外の世界と接触をもつようになり、少しずつ友人との交際を始めたり、外へ遊びに行くようになる。数日学校行っては休むというようなことを、断続的に繰り返したあと、やがて登校できるようになる。日に一~二時間、週に一日~二日、月に一週~二週登校できるようになり、序々にその期間が長くなる。

●前兆をいかにとらえるか

 この不登校について言えば、要はいかに(1)の前兆期をとらえ、この段階で適切な措置をとるかということ。たいていの親はひととおり病院通いをしたあと、「気のせい」と片づけて、無理をする。この無理が症状を悪化させ、(2)のパニック期を招く。

この段階でも、もし親が無理をせず、「そうね、誰だって学校へ行きたくないときもあるわよ」と言えば、その後の症状は軽くすむ。一般にこの恐怖症も含めて、子どもの心の問題は、今の状態をより悪くしないことだけを考える。なおそうと無理をすればするほど、症状はこじれる。悪化する。

※……不登校の態様は、一般に教育現場では、(1)学校生活起因型、(2)遊び非行型、(3)無気力型、(4)不安など情緒混乱型、(5)意図的拒否型、(6)複合型に区分して考えられ
 

小2児童について

 投稿者:みさき  投稿日:2006年 6月11日(日)01時06分33秒
  教員ではありませんが、小学校で子どもと関わる仕事をしています。教員免許は持っています。お手伝い先生のような仕事です。大卒後、企業で12年勤務し、退職後初めての職場。初めての教育の現場です。詳しく書くことができません申し訳ありません。不適切なら削除してください。
現在、小2女子児童の担当になっています。・・・と言っても日替わりで上から指示されるのでとても不安定です。この子は両親離婚後、4月中旬に転校してきました。前の学校では不登校。現在は毎日来ていますが、徐々に完全保健室登校になってきています。毎朝お母さんが送ってきますが、子どもがお母さんから離れられません。車からぽーんと出し、ばん!と閉めて行ってしまいます。泣き叫び後を追います。車は危険なのでと指導があったようで、中まで送ってくると、抱きついたままお母さんの髪をぎゅーっとつかんで離しません。又、お母さんの靴を隠す、持ち物を隠す、取り合いになって転んだすきにお母さんは逃げるように振り返らず去っていきます。その取り合いになったものの切れ端(ゴミのようなもの)を握り締め、ママ・・・としくしく泣き、「それどうするの?」と聞くと「お守りだから・・・」と聞くと胸が張り裂けそうです。私にはこの子を抱きしめる事しか出来ません。背中をさすって、「そう、そう、つらかったんだね」と沢山聞いてあげる事しかできません。担任からは話を聞かせてもらうこともなく、でも担当なのです。(上記詳細は見かねた他教員より)「早く教室に入りなさい」ばかりです。クラス児童からは常に「この学校は○○なんだぞ!」とか、「○○ちゃんがきたから席が替わったじゃない!」などという雰囲気です。私が付く前は誰も付いていられないので(当たり前なのでしょうか)教室前でもじもじしていると担任(女性)から腕をつかまれ、引きずられるように入れられます。抵抗するとお腹をつねるようです。そしてとうとう教室を見ると吐き気が起こり、担任を見ると逃げ、隠れ、クラスの児童を見ると「恐い・・・」と消えそうな声でつぶやくようになりました。「恐い」は初めの段階では「集団が恐い」と言っていました。が、最近ではクラスの児童に限定されてきました。優しい子もみんな恐いようです。
時限ごとに、「教室へ行ってみる・・・でも無理だったら戻ってもいい?」と言うので、一緒に行くと「恐い・・・やっぱりダメ」という感じです。又、学校の対応もバラバラで、今日は1日この部屋で2人でいていいですよというので、たくさんの話をしながら笑顔まで出て、じゃあ今国語だから漢字ドリルしようか。という調子でやっていると、ガラっ!と突然開いて、知らない先生が「次!図工だよ!行ける!?」とランドセルを持って行ってしまう。子どもは一気に緊張した顔で条件反射的に「はい」と答え、部屋を出る。「はいって言ったじゃない、どうしていけないの?」となじる・・・・。と思ったらまた急に他の先生が出てきて、保健室にいてもいいですよ。いつ来てもいいですよー。という言葉。
はやし先生。これでこの子はどうなってしまうのでしょう。「ママ、ばいばいしないで行っちゃったー」と泣く事から1日が始まり、クルクル周りが変わり(私も規則で12時まで)親に裏切られ、先生に裏切られ、友達も・・・と思っていますよね。お母さんの話をするときは、赤ちゃん言葉です。以前、過呼吸に近い状態になり驚きました。最近、混乱してくると頭をげんこつでボカボカと自分で殴ります。見ていて恐いくらいです。本人の話しによると、以前は、お父さんの実家で同居。いとこ(中学生)たちもいたようで、よく殴られたと言います。そして現在、お母さんにはお友達がいて、私の話ををちっとも聞いてくれない。お友達は男性で、毎日のように泊まっていく。又、逆にお母さんからの話しでは、家ではまったく甘えない。そんなそぶりさえ見せない。学校でこんなに離れないなんてウソみたい。帰ったら遊ぶ約束をしてやっているのに宿題が終わらないから泣いてばかりで遊べない。と言う事です。
 

●MFさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月18日(木)10時50分59秒
  ●思春期の子ども

【娘の外泊】

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かわいかった子どもも、思春期を迎えると、
人が変わったかのように、大きく、その心がゆらぐ。

フロイロの自我構造理論によれば、その内的エネルギー、
つまり「イド」が、活発化する。

イドは、元来、欲望のかたまりで、無秩序。無節制。
快楽原理にみによって、その人を、裏から操る。

+++++++++++++++++++

 娘(中3)の外泊に苦しんでいた母親がいた。叱れば叱るほど、逆効果。ますます堂々と外泊をするようになった。親子の間の会話も消えた。そういう娘をもった母親から、久しぶりに、掲示板(相談コーナー)に書き込みがあった。

 それをそのまま紹介する。

+++++++++++++++++++

【MFさんより、はやし浩司へ】

こんにちは。あれから林先生のアドバイスどおり、「そうだ、(ボーイフレンドという)、娘には私以外にも心配してくれる人がいるんだ。私が一人で、やきもきしなくていいんだ。先生の言うとおりしばらく娘のことは、忘れよう」と思いました。

そこで私は、今までしたかったガーデニング、アロマセラピーを始めました。これが楽しいです。ガーデニングをしながら、まいた種がいつ芽を出すか毎日毎日、観察をして芽が出た時は、とても嬉しかったです。

娘が生まれた時のことを思い出したりしました。

で、その娘は、5月2日に、泣きながら帰ってきました。理由を聞くと、A君(ボーイフレンド)が、「おまえが帰ったら死ぬ」と言って、帰してしてくれなかったということでした。

私は、娘の話を聞き背中をなでてあげました。

その日の夕方に、娘はAと話し合いに行くと言ってまたでかけ、次の日の朝、帰って来ました。

娘は、「A君の誕生日の5月20日が終わったら、毎日この家で暮らすから、それまで、A君の家と自分の家を、行ったり来たりするから。」と言いました。

主人と私は、「そうなんだ。そうしたいんだ。」と思い、了解の返事をしました。

娘は、明るくたくさんの話をしてくれるようになりました。

娘が小6の時、次男が誕生したのですが、その時のことを、
「今は、なんとも思ってないけど、Kちゃんが生まれてから、私がもらうパパとママの愛情が、Kちゃんにいってしまってとてもいやだった。許せなかった。」と、話してくました。

私は、「あなたは、そう思ってたんだ。これからは、たくさんの愛情をあなたに注がなくちゃね。」と。

娘は、笑っていました。

娘は、いつ私が娘のことを受け入れてくれるのか、それを待っていたような気がします。

林先生もよく言っていますが、私も娘に育てられてるんだなーと、そのとき、実感しました。娘はこの家にいると、生きていけないと感じたらしく、何もかもいやになって、家を出たようです。娘は、体を張って私たちに訴えてくれたことを、今になってみれば、感謝しています。

娘を信じて一人で立ち上がるまで、何年かかっても見守っていきます。

今は、私の頭の上にあった雲が、なくなったような感じです。

本当にありがとうございました。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●先生の先生が(?)

 つい先日、このS県で、教育委員会の指導主事が、ハレンチ事件を起こして、警察に逮捕されるという事件が起きた。携帯電話で知りあった女子と、ホテルで、(いかがわしい行為)(新聞報道)をしたという。

 そういう事件があると、マスコミや世間は、まるで鬼の首でも取ったかのように、「先生の先生が、そんなことをするなんて!」(C新聞記事)と、非難する。つまり理性や、自己管理能力がふつうの人以上にある人が、そういうことをするということは、信じられない、と。

 しかし本当に、そう言い切ってよいのだろうか。そういう視点だけで、こうした事件を考えてよいのだろうか。

 もちろん、中学生という子どもに、そういう行為をすることは許されない。しかしこの事件を、(人間)という視点で考えるなら、人間が原罪的にもつ、欲望の力は、それほどまでに強力であるということがわかる。

 もっと言えば、人間が、原罪的にもつ欲望の力は、理性によるコントロールの範囲を超えている。それがフロイトが自我構造理論の中でいう、性的エネルギー、つまり、「イド」である。

●性的エネルギー

 イドというのは、性的エネルギーのかたまり(フロイト)と考えるとわかりやすい。快楽原理のみに従い、無秩序、無節制に、その人の心を裏から操る。

 そのイドをコントロールするのが、自我ということになる。「私は私」という意識である。この「私は私」という意識が、イドを抑え込む働きをする。言うなれば、自分の中に潜む、ジャジャ馬、もっと言えば、邪悪な悪魔を飼いならす力ということになる。

 しかしそれは容易なことではない。子どもについていうなら、思春期というその年齢までに、自我をそこまで確立させるということ自体、容易なことではない。むしろ現実は、逆で、多くの親たちは、子育てをしながら、その自我を平気で破壊するようなことをしてしまう。

 子どもの中に、「私は私」という意識が育つ前に、それを破壊してしまう。「そら、ピアンのレッスンだ」「そら、英語のレッスンだ」と。子ども自身が、自分で何をしたいのか、何をすべきなのかを、知る前に、親が、それを子どもの前に、ぶらさげてしまう。(もちろん、MFさんが、そうであったと言っているのではない。誤解のないように!)

 こうして多くの子どもたちは、夢や希望をもてないまま、したがって目標をもつこともなく、思春期を迎える。この時期、イドは肥大化し、活性化する。それがもつエネルギーというか、パワーは、相当強力なものである。強力なものであることは、すでに、みなさん、ご存知のとおり。

 ハレンチ事件を起こした、教育委員会の指導主事に、その例を見るまでもない。つまりこの事件を裏から読むと、「指導主事ですらそうなのだから、いわんや子どもたちをや……」ということになる。

●距離感

 では、「私は私」とは、何かということになる。

 それは距離感をいう。

 たとえばだれしも、たった数時間で、億万長者になれるとしたら、それをしてみたいと思う。方法としては、銀行強盗がある。現金輸送車の襲撃がある。しかし、そういうことをしてみたいという(思い)と、実際の(行動)との間には、(距離)がある。

 この距離感の短い人を、自己管理能力の弱い人という。この距離感の長い人を、自己管理能力の強い人という。

 「私は私」という自我の確立の進んでいる子どもは、その距離感が長い。心の中で、そう思ったとしても、それを実行に移すには、かなりのエネルギーを消費しなければならない。そのエネルギーを感じて、その一歩手前で、たじろいで、その先へ進むのをやめてしまう。

 が、その距離感の短い子どもは、それをそのまま、行動に移してしまう。

●やがてあなたの子どもも……

 幼児をもつ母親や父親たちは、みな、穏やかな顔をしている。そして中学生や高校生の非行問題を見聞きしたりすると、「うちの子にかぎって……」とか、「うちの子は、だいじょうぶ」と思う。

 それもそのはず。この時期の子どもたちは、天真爛漫(らんまん)。まさに天使のような表情をしている。親の指示にも、すなおに従う。悪とは無縁の世界に住んでいるかのようにも、見える。

 しかしそれがその子どもも、やがて大きく変化する。今の様子を、5年後、10年後の姿と思ってはいけない。とくに思春期になると、子どもは、一変する。ここに書いたように、イドの力が活性化する。個人差もあるのだろうが、それは、ものすごいパワーと考えてよい。

 そのパワーが、やがてすぐ、子どもの心を裏から、あやつるようになる。で、そのとき、そのパワーが、適切に発散されれば、それでよし。そうでなければ、その子どもの心、そのものを、大きくゆがめる。

 もちろん、関心ごとも、行動も、大きく変化してくる。総じてみれば、子どもの非行の原動力となっているのも、このイドを考えてよい。(ただしフロイトは、そう説いたが、それにつづくユングは、「性的エネルギー」ではなく、「生への力」こそが、その源泉にあると説いた。念のため。)

●では、どうすればよいのか?

 こうした変化、つまり思春期というのは、どの子どもも経験するものであり、その変化のし方は、まさに千差万別。ひとつとて、定型はない。

 あなたがそうであったからといって、あなたの子どももそうであると考えるのは、まちがい。あるいは先にも書いたように、「うちの子はだいじょうぶ」と、高をくくるのも、まちがい。

 あなたの子どもは、あなたの子どもとして、思春期を向かえ、変化していく。で、そのとき、ポイントは、2つある。

 ひとつは、それまでに、どうやってより自我を確立させていくかということ。そしてもうひとつは、イド(性的エネルギー)は避けられないものだとするなら、そのイドを、どうやって適切に発散させていくかということ。

 方法、つまり各論については、すでにあちこちで私が書いてきたとおりだが、自我の確立については、子どもの中に、夢や希望を育てることで対処する。目的がしっかりと定まれば、先に書いた、(距離感)が生まれる。この距離感が、子どもをして、より自己管理能力の高い子どもにする。

 また「適切に発散させる」ということは、子どもの存在感を、何らかの形で用意するということになる。そのために、私は、「一芸論」を説いてきた。「これこそ私」という一芸を、子どもにもたせる。

 その一芸が、性的エネルギーを、発散する場所として機能するようになる。

 これらの原稿については、以前、書いたものを、このあとに添付しておく。

【はやし浩司より、MFさんへ】

 今の対処のし方で、正解です。

 こうした問題は、「今以上に、悪くしないことだけを考えながら、子どもの様子を、数か月単位でみる」が、大原則です。

 無理をすれば、子どもは、さらに、二番底、三番底へと落ちていきます。

 このことに気づいた今、MFさんには、もう迷いはないはず。5年後、10年後には、笑い話になりますから、今のまま、進んでください。いつかあなたは、娘さんにこう言うのです。

 「あなたも、あのころ、ずいぶんとお母さんに、心配をかけたわね」と。

 すると娘さんは、こう言います。「そうね、ごめんなさい」と。

 今のMFさんには、わからないかもしれませんが、(また、それを奨励するわけではありませんが)、こうした非行(?)を経験した子どもほど、あとあと常識豊かで、世間の道理がよくわかる子どもになります。

 それを信じて、どうか、この時期を乗り切ってみてください。方法は簡単。川の流れに乗って、川を下るように、時の流れに、静かに身を任せばよいのです。あとは、時間が、この問題を解決してくれますよ。

 では……。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●三種の神器

 子どもを伸ばすための、三種の神器、それが「夢、希望、そして目的」。

 それはわかるが、これは何も、子どもにかぎったことではない。おとなだって、そして老人だって、そうだ。みな、そうだ。この夢、希望、目的にしがみつきながら、生きている。

 もし、この夢、希望、目的をなくしたら、人は、……。よくわからないが、私なら、生きていかれないだろうと思う。

 が、中身は、それほど、重要ではない。花畑に咲く、大輪のバラが、その夢や希望や目的になることもある。しかしその一方で、砂漠に咲く、小さな一輪の花でも、その夢や希望や目的になることもある。

 大切なことは、どんなばあいでも、この夢、希望、目的を捨てないことだ。たとえ今は、消えたように見えるときがあっても、明日になれば、かならず、夢、希望、目的はもどってくる。

あのゲオルギウは、『どんなときでも、人がなさねばならないことは、世界が明日、終焉(しゅうえん)するとわかっていても、今日、リンゴの木を植えることだ』(二十五時)という名言を残している。

 ゲオルギウという人は、生涯のほとんどを、収容所ですごしたという。そのゲオルギウが、そう書いている。ギオルギウという人は、ものすごい人だと思う。

 以前書いた原稿の中から、いくつかを拾ってみる。


●希望論

 希望にせよ、その反対側にある絶望にせよ、おおかたのものは、虚妄である。『希望とは、
めざめている夢なり』(「断片」)と言った、アリストテレス。『絶望の虚妄なることは、ま
さに希望と相同じ』(「野草」)と言った、魯迅などがいる。

さらに端的に、『希望は、つねに私たちを欺く、ペテン師である。私のばあい、希望をな
くしたとき、はじめて幸福がおとずれた』(「格言と反省」)と言った、シャンフォールがい
る。

 このことは、子どもたちの世界を見ているとわかる。

 もう10年にもなるだろうか。「たまごっち」というわけのわからないゲームが、子ども
たちの世界で流行した。その前後に、あのポケモンブームがあり、それが最近では、遊戯
王、マジギャザというカードゲームに移り変わってきている。

 そういう世界で、子どもたちは、昔も今も、流行に流されるまま、一喜一憂している。
一度私が操作をまちがえて、あの(たまごっち)を殺して(?)しまったことがある。そ
のときその女の子(小1)は、狂ったように泣いた。「先生が、殺してしまったア!」と。
つまりその女の子は、(たまごっち)が死んだとき、絶望のどん底に落とされたことになる。

 同じように、その反対側に、希望がある。ある受験塾のパンフレットにはこうある。

 「努力は必ず、報われる。希望の星を、君自身の手でつかめ。○×進学塾」と。

 こうした世界を総じてながめていると、おとなの世界も、それほど違わないことが、よ
くわかる。希望にせよ、絶望にせよ、それはまさに虚妄の世界。それにまつわる人間たち
が、勝手につくりだした虚妄にすぎない。その虚妄にハマり、ときに希望をもったり、と
きに絶望したりする。

 ……となると、希望とは何か。絶望とは何か。もう一度、考えなおしてみる必要がある。

キリスト教には、こんな説話がある。あのノアが、大洪水に際して、神にこうたずねる。
「神よ、こうして邪悪な人々を滅ぼすくらいなら、どうして最初から、完全な人間をつ
くらなかったのか」と。それに対して、神は、こう答える。「人間に希望を与えるため」
と。

 少し話はそれるが、以前、こんなエッセー(中日新聞掲載済み)を書いたので、ここに
転載する。

(補足)子どもを伸ばす、三種の神器

子どもを伸ばす、三種の神器が、夢、目的、希望。しかし今、夢のない子どもがふえた。中学生だと、ほとんどが、夢をもっていない。また「明日は、きっといいことがある」と思って、一日を終える子どもは、男子30%、女子35%にすぎない(「日本社会子ども学会」、全国の小学生3226人を対象に、04年度調査)。子どもの夢を大切に、それを伸ばすのは、親の義務と、心得る。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●子どもの一芸論

 Sさん(中1)もT君(小3)も、勉強はまったくダメだったが、Sさんは、手芸で、T君は、スケートで、それぞれ、自分を光らせていた。

中に「勉強、一本!」という子どももいるが、このタイプの子どもは、一度勉強でつまずくと、あとは坂をころげ落ちるように、成績がさがる。そういうときのため、……というだけではないが、子どもには一芸をもたせる。この一芸が、子どもを側面から支える。あるいはその一芸が、その子どもの身を立てることもある。

 M君は高校へ入るころから、不登校を繰り返し、やがて学校へはほとんど行かなくなってしまった。そしてその間、時間をつぶすため、近くの公園でゴルフばかりしていた。が、10年後。ひょっこり私の家にやってきて、こう言って私を驚かせた。「先生、ぼくのほうが先生より、お金を稼いでいるよね」と。彼はゴルフのプロコーチになっていた。

 この一芸は作るものではなく、見つけるもの。親が無理に作ろうとしても、たいてい失敗する。Eさん(2歳児)は、風呂に入っても、平気でお湯の中にもぐって遊んでいた。そこで母親が、「水泳の才能があるのでは」と思い、水泳教室へ入れてみた。案の定、Eさんは水泳ですぐれた才能を見せ、中学2年のときには、全国大会に出場するまでに成長した。S君(年長児)もそうだ。

父親が新車を買ったときのこと。S君は車のスイッチに興味をもち、「これは何だ、これは何だ」と。そこで母親から私に相談があったので、私はS君にパソコンを買ってあげることを勧めた。パソコンはスイッチのかたまりのようなものだ。その後S君は、小学三年生のころには、ベーシック言語を、中学1年生のころには、C言語をマスターするまでになった。

 この一芸。親は聖域と考えること。よく「成績がさがったから、(好きな)サッカーをやめさせる」と言う親がいる。しかし実際には、サッカーをやめさせればやめさせたで、成績は、もっとさがる。一芸というのは、そういうもの。ただし、テレビゲームがうまいとか、カードをたくさん集めているというのは、一芸ではない。ここでいう一芸というのは、集団の中で光り、かつ未来に向かって創造的なものをいう。「創造的なもの」というのは、努力によって、技や内容が磨かれるものという意味である。

そしてここが大切だが、子どもの中に一芸を見つけたら、時間とお金をたっぷりとかける。そういう思いっきりのよさが、子どもの一芸を伸ばす。「誰が見ても、この分野に関しては、あいつしかいない」という状態にする。子どもの立場で言うなら、「これだけは絶対に人に負けない」という状態にする。

 一芸、つまり才能と言いかえてもいいが、その一芸を見つけるのは、乳幼児期から四、五歳ごろまでが勝負。この時期、子どもがどんなことに興味をもち、どんなことをするかを静かに観察する。一見、くだらないことのように見えることでも、その中に、すばらしい才能が隠されていることもある。それを判断するのも、家庭教育の大切な役目の一つである。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 思春期の子どもの心理 子供の思春期 思春期の子供 子供の心理)


Hiroshi Hayashi++++++++++.May.06+++++++++++はやし浩司
 

あれから・・・2

 投稿者:藤田 美佐緒メール  投稿日:2006年 5月17日(水)15時41分33秒
  こんにちは。あれから林先生のアドバイスどおり「そうだ、娘には私以外にも心配してくれる人がいるんだ。私が一人でやきもきしなくていいんだ。先生の言うとおりしばらく娘のことは、忘れよう」と思いました。今までしたかったガーデニング、アロマセラピーを始めました。楽しいです。ガーデニングをしながら、まいた種がいつ芽を出すか毎日毎日、観察をして芽が出た時は、とても嬉しかったです。
娘が生まれた時のことを思い出しました。
娘は、5/2に泣きながら帰ってきました。A君が「おまえが帰ったら死ぬ」と言って帰してしてくれないということでした。
私は、娘の話を聞き胸をなでてあげました。
その日の夕方にAと話し合いに行くと言ってまたでかけ次の日の朝帰って来ました。
娘は、「A君の誕生日5/20が終わったら毎日この家で暮らすから。それまで、A君の家と自分の家を行ったり来たりするから。」
主人と私は、「そうなんだ。そうしたいんだ。」と了解の返事をしました。
娘は、明るくたくさんの話をしてくれるようになりました。
娘が小6の時、次男が誕生しました。その時のことを
「今は、なんとも思ってないけど、康ちゃんが生まれてから私がもらうパパとママの愛情が康ちゃんにいってしまってとてもいやだった。
許せなかった。」と話してくました。
私は、「そう思ってたんだ。これからは、たくさんの愛情をあなたに注がなくちゃね。」
娘は、笑っていました。
娘は、いつ私が娘のことを受け入れてくれるのか待ってたような気がします。
林先生もよく言ってますが、私も娘に育てられてるんだなーと実感しました。娘はこの家にいると、生きていけないと思い何もかもいやになり家出をしました。娘は、体を張って私たちに訴えてくれたことを
感謝しています。
娘を信じて一人で立ち上がるまで、何年かかっても見守っていきます。
今は、私の頭の上にあった雲が、なくなった感じです。
本当にありがとうございました。
投稿者は、M.Fでお願いします。
 

●20歳男さんへ(2)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月16日(火)07時45分23秒
  ●ある青年の苦悩(2)

++++++++++++++++++

私のHPの掲示板で、ある男性と
2度ほど、やり取りをした。

20歳の男性である。

その男性は、今、自分とは何かを、
懸命に模索している。

++++++++++++++++++

【20歳男性より、林へ……】

>愚劣な連中を相手にしていると、自分まで、その愚劣な人間になってしまう

たしかに、そう思います。(そもそも、自分に缶を投げたり、殴りかかってきたのは)、見ず知らずの人間でした。もし自分が中年の男性だったら、分かりません。そういうことをしなかったかもしれません。が、自分は、童顔で高校生に見えて、そのため、対抗意識を持たれたのでしょう。)そんな人間の事をいつまでも恨んでいても、こちらの時間が消えていくだけです。

しばらくその現場には、近づかないようにするなどのことはしなければなりませんが…。
今、自分はそう言う人間の事を考えている場合でもありませんし、余裕ができても、関りたい相手とも思えません

前の投稿では書ききれませんでしたが、自分は高校を2年で辞め、現在20歳です。それまでのずっと学校に、朝から晩まで、通いづめの生活に疲れて、何もしなくなってしまったのです。ただ家に帰って、寝るだけの生活でした。

高校での勉強は、中学と変わらない内容です。そういった勉強に、3年も使う事に、馬鹿馬鹿しさと言うか、「なんでまた3年同じ事をやって無駄にしなければいけないんだ…」と思い、疲れました。

女性とつき合いを持とうと考えても、校則で規制されている事が、凄く嫌な気になったりしました。(異性交遊の校則など、守らなくてもどうという事は無かった程度の校則ですし、そのほうが健全、というか、健康でいられると思います。付き合いをしている人も居ました。)

職員からは気軽に頭を叩かれもするし、生徒と言うのは叩かれやすいよう、頭を少し前に傾ける事が習慣になっています。そんな所を見られたくは無いなと思い、誰かとつき合いを持つなど、できませんでした

今でも、小学校から高校までの生活が、良い勉強になったとは、どうしても思えません。

正直に書けば、自分の知っている学校と言うのは、大した事をやっていませんし、今までの人生を思い出した時に、「この少ない量の勉強に、人生の大半が、十数年も時間が使われてきたんだな」「えっ?これだけに今までの人生を取られてたの!?」「で、何だったのだろう」と思い、どうしても空しくなります。もちろん、人と遊んでいる時はありましたし、楽しかったのですが。

自分にとって結果的には、途中で、何年間も何もしない時期が続いたのは、これから先、何かの原動力になると思います。乱暴ですが一度自分でぶち壊して、何かが必要だという時期が訪れるまで待ちたかったのです。

あのまま大学に行っていれば、まだ高校に行っていたその頃のままの、どこか惨めな自分が続いただろうと思います。働いていたとしても、いつも止めたい止めたいと思ったまま、何かをしていたはずです

高校を辞めてからは、ワザと家の窓を割り、それによって「自分の空間」を得ました。わがままを押し通す事によって、この年齢でようやく親が部屋に入らなくなったのです。ノブも鍵付に変えました。今までの自分の家なら、鍵付に変えるといっても、一笑に付されて終わっていたでしょう。

もう、何もしないで過ごそうか、とも思っていましたが、何時までも親だけが稼いでいるような状態では、やがて路頭に迷う事になります。

高校を辞め、大学も行かず、働きもせずに、誰とも口を利かない生活が続くうち、一日中頭の中に怒りが満ち、痛みのようなものが続くようになり、自分は知能が低下してるんじゃないだろうかと不安になりました。頭が変になりそうになりながら、部屋に居ながら、知らない道で迷ったような感覚に陥り、急に誰かと話をしたくなったりしました。

結局、今までの人生で誰が頼れるか、誰となら居ても良いか、許せるのか。そしてこちらを許してくれるのかということになると、やはり、親でした

親にも自分の考えている事を話し、以前よりも自然に居られるようになった気がします。
自分は彼らにはもうどうとも思われていないんだろうな、と思いながら話したのですが、両親は自分をまだ好いてくれていました。


家に彼ら親が居るから、何かをする気になります。これから資格でも取って大学に行こうかと思いますが、やれると思います。

うまくは書けませんが、「必要になったから、納得できる。やりたくなった」と思います

返信してくれた事、ヒトシ君の話をしてくれた事、(自分が中2の時はとてもそんな事は言えない人間した)、つぎの言葉を、送ってくれたこと、ありがとうございました

>「宝島」という本を書いた人に、スティーブンソンという人がいます。そのスティーブンソンは、こう書き残しています。

 『我らが目的は、成功することではない。失敗にめげず、前に進むことだ』とね。よい言葉ですね。今のあなたにあげたい言葉です。

 どうか、がんばってください!

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

 この青年は、(恐らく)、親に言われるまま、つまり自分というよりは、親に先導されるまま、小学校、中学校へと進み、そして高校へ入った。

 しかしある日、ハタと自分に気がついた。「自分は何か?」「何をしているのだろう?」と。

 その疑問が、彼の行く手をふさぎ、ついでその青年を、混乱させた。心理学で言えば、役割混乱に近い状態になった。

 こウシタケースは、ケースとしては、少なくない。現在、何割かの中学生や高校生がそうではないかと思えるほど、多い。夢や希望がないから、当然、目標もない。目標もないから……というより、目標をもてないから、悩む。苦しむ。

 よく誤解されるが、「よい高校へ入る」「よい大学へ入る」というのは、子どもにとっては、目標とは、なりえない。それを目標と思っているのは、親だけである。「入ったからどうなのか」という部分が、どこにも、ないからである。

 この書き込みを読んで、いくつか気になることがある。その青年は、こう書いている。「この年齢でようやく親が部屋に入らなくなったのです」「ノブも鍵付に変えました。今までの自分の家なら、鍵付に変えるといっても、一笑に付されて終わっていたでしょう」と。

 ということは、それまでは、親は、自由に、その青年の部屋へ出入りしていたことになる。

 そこでその青年は、「ワザと家の窓を割った」ということになる。これだけではよくわからないところもあるが、その青年なりに、そうしたやり方で、両親に、抵抗したことになる。その時期は、その青年が、高校を中退した時期と重なる。壮絶とまでは言えないかもしれないが、かなりはげしい家庭内騒動があったことは、容易に察しがつく。

 つまりこうしてその青年は、自我の混乱から、自我の確立へと、自ら、足を一歩、踏み出した。抑圧への反発は、たとえば、校則への反抗にも、見られる。「女性とつき合いを持とうと考えても、校則で規制されている事が、凄く嫌な気になったりしました」と書いているのが、それである。

 しかしその青年は、かろうじてというか、最後の最後のところで、自らの足で、ふんばっている。もしこの段階で、親がその青年を見放すようなことがあれば、その青年は、そのまま奈落の底へと落ちていったであろう。

 しかし両親も、耐えた。その青年は、短い言葉だが、「両親は自分をまだ好いてくれていました」と、すなおな気持ちで、そう書いている。そしてそれが、今、希望の光となって、彼の進むべき道を照らしている。

 「資格をとって、大学を受験し……」と。

 こうした一連の流れをみると、すでにその青年は、苦しかったトンネルを抜けつつあるのがわかる。まだ完全に抜けたわけではないが、あとは、時間の問題。「立ちなおる」という言い方は適切ではないかもしれないが、やがて立ちなおる。すでにそのコースに入っている。

 あえて言うなら、こういう青年のほうが、のちのち、常識豊かで、かつ、心豊かな人間になる。今のその青年には、それがわからないかもしれない。しかしいつか、たとえば、その青年が、40代、50代になったとき、それがわかるはず。

 むしろ何も考えず、何も迷わず、スイスイと受験勉強を勝ち抜いてきたような子どもほど、どこかおかしな人間になる。いびつな人間になる。だれしも、道に迷うのはいやなことだが、しかし、その迷いが、その人間を育てる。

 以前、尾崎豊の『卒業』について、こんな原稿を書いた(中日新聞発表済み)。それをここに添付する。

【林より、20歳男性さんへ】

 今、貴君がしている経験は、決して無駄にはなりません。やがて貴君の人生の中で、燦然(さんぜん)と輝くことでしょう。

 それが青春です。わかりますか? それが青春です! 私もタイプは、少しちがいますが、今の貴君と同じように、もがきました。本当に苦しみました。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

若者たちが社会に反抗するとき

●尾崎豊の「卒業」論

学校以外に学校はなく、学校を離れて道はない。そんな息苦しさを、尾崎豊は、『卒業』の中でこう歌った。

「♪……チャイムが鳴り、教室のいつもの席に座り、何に従い、従うべきか考えていた」と。

「人間は自由だ」と叫んでも、それは「♪しくまれた自由」にすぎない。現実にはコースがあり、そのコースに逆らえば逆らったで、負け犬のレッテルを張られてしまう。尾崎はそれを、「♪幻とリアルな気持ち」と表現した。

宇宙飛行士のM氏は、勝ち誇ったようにこう言った。「子どもたちよ、夢をもて」と。しかし夢をもてばもったで、苦しむのは、子どもたち自身ではないのか。つまずくことすら許されない。ほんの一部の、M氏のような人間選別をうまくくぐり抜けた人だけが、そこそこの夢をかなえることができる。

大半の子どもはその過程で、あがき、もがき、挫折する。尾崎はこう続ける。「♪放課後街ふらつき、俺たちは風の中。孤独、瞳に浮かべ、寂しく歩いた」と。

●若者たちの声なき反抗

 日本人は弱者の立場でものを考えるのが苦手。目が上ばかり向いている。たとえば茶パツ、腰パン姿の学生を、「落ちこぼれ」と決めてかかる。しかし彼らとて精一杯、自己主張しているだけだ。

それがだめだというなら、彼らにはほかに、どんな方法があるというのか。そういう弱者に向かって、服装を正せと言っても、無理。尾崎もこう歌う。「♪行儀よくまじめなんてできやしなかった」と。彼にしてみれば、それは「♪信じられぬおとなとの争い」でもあった。

実際この世の中、偽善が満ちあふれている。年俸が2億円もあるようなニュースキャスターが、「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめて見せる。

いつもは豪華な衣装を身につけているテレビタレントが、別のところで、涙ながらに難民への寄金を訴える。

こういうのを見せつけられると、この私だってまじめに生きるのがバカらしくなる。そこで尾崎はそのホコ先を、学校に向ける。「♪夜の校舎、窓ガラス壊して回った……」と。

もちろん窓ガラスを壊すという行為は、許されるべき行為ではない。が、それ以外に方法が思いつかなかったのだろう。いや、その前にこういう若者の行為を、誰が「石もて、打てる」のか。

●CDとシングル盤だけで200万枚以上!

 この「卒業」は、空前のヒット曲になった。CDとシングル盤だけで、200万枚を超えた(CBSソニー広報部、現在のソニーME)。「カセットになったのや、アルバムの中に収録されたものも含めると、さらに多くなります」とのこと。この数字こそが、現代の教育に対する、若者たちの、まさに声なき抗議とみるべきではないのか。

(付記)
●日本は超管理型社会

 最近の中学生たちは、尾崎豊をもうすでに知らない。そこで私はこの歌を説明したあと、中学生たちに「夢」を語ってもらった。私が「君たちの夢は何か」と聞くと、まず一人の中学生(中二女子)がこう言った。「ない」と。

「おとなになってからしたいことはないのか」と聞くと、「それもない」と。「どうして?」と聞くと、「どうせ実現しないから」と。もう一人の中学生(中二男子)は、「それよりもお金がほしい」と言った。そこで私が、「では、今ここに一億円があったとする。それが君のお金になったらどうする?」と聞くと、こう言った。

「毎日、机の上に置いてながめている」と。

ほかに五人の中学生がいたが、皆、ほぼ同じ意見だった。今の子どもたちは、自分の将来について、明るい展望をもてなくなっているとみてよい。このことは内閣府の「青少年の生活と意識に関する基本調査」(2001年)でもわかる。

 15~17歳の若者でみたとき、「日本の将来の見とおしが、よくなっている」と答えたのが、41・8%、「悪くなっている」と答えたのが、46・6%だそうだ。

●超の上に「超」がつく管理社会

 日本の社会は、アメリカと比べても、超の上に「超」がつく超管理社会。アメリカのリトルロック(アーカンソー州の州都)という町の近くでタクシーに乗ったときのこと(2001年4月)。タクシーにはメーターはついていなかった。

料金は乗る前に、運転手と話しあって決める。しかも運転してくれたのは、いつも運転手をしている女性の夫だった。「今日は妻は、ほかの予約で来られないから……」と。

 社会は管理されればされるほど、それを管理する側にとっては便利な世界かもしれないが、一方ですき間をつぶす。そのすき間がなくなった分だけ、息苦しい社会になる。息苦しいだけならまだしも、社会から生きる活力そのものを奪う。尾崎豊の「卒業」は、そういう超管理社会に対する、若者の抗議の歌と考えてよい。

(参考)

●新聞の投書より

 ただ一般世間の人の、生徒の服装に対する目には、まだまだきびしいものがある。中日新聞が、「生徒の服装の乱れ」についてどう思うかという投書コーナーをもうけたところ、11人の人からいろいろな投書が寄せられていた(2001年8月静岡県版)。それをまとめると、次のようであった。

女子学生の服装の乱れに猛反発     ……8人
やや理解を示しつつも大反発      ……3人
こうした女子高校生に理解を示した人  ……0人

投書の内容は次のようなものであった。

☆「短いスカート、何か対処法を」……学校の校則はどうなっている? きびしく取り締まってほしい。(65歳主婦)
☆「学校の現状に歯がゆい」……人に迷惑をかけなければ何をしてもよいのか。誠意と愛情をもって、周囲の者が注意すべき。(40歳女性)
☆「同じ立場でもあきれる」……恥ずかしくないかっこうをしなさい。あきれるばかり。(16歳女子高校生)
☆「過激なミニは、健康面でも問題」……思春期の女性に、ふさわしくない。(61歳女性)

●学校教育法の改正

 校内暴力に関して、学校教育法が2001年、次のように改定された(第26条)。

 次のような性行不良行為が繰り返しあり、他の児童の教育に妨げがあると認められるときは、その児童に出席停止を命ずることができる。
一、 他の児童に傷害、心身の苦痛または財産上の損失を与える行為。
二、 職員に傷害または心身の苦痛を与える行為。
三、 施設または設備を損壊する行為。
四、 授業その他の教育活動の実施を妨げる行為、と。

文部科学省による学校管理は、ますますきびしくなりつつあるとみてよい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 青年期の苦悩 悩み 青年の心理)
 

林浩司先生へ

 投稿者:20歳男 5/14メール  投稿日:2006年 5月15日(月)19時23分30秒
  >愚劣な連中を相手にしていると、自分まで、その愚劣な人間になってしまう
たしかに、そう思います。(そもそも、相手は見ず知らずの人間でした。自分が中年なら分かりませんが、童顔で高校生に見えて対抗意識を持たれたのでしょう)そんな人間の事をいつまでも恨んでいても、こちらの時間が消えていくだけです。
しばらくその現場に近づかないなどはしなければいけませんが…
今自分はそう言う人間の事を考えている場合でもありませんし、余裕が出来ても考えるような関りたい相手とも思えません



前の投稿では書ききれませんでしたが、自分は高校を2年で辞めた現在20歳で、それまでずっと学校に朝から晩まで通い詰の生活に疲れて何もしなくなってしまったのです。ただ家に帰って疲れて寝るだけの生活でした。
高校は、中学と変わらない内容の勉強です。それに3年も使う事にも馬鹿馬鹿しさと言うか、「なんでまた3年同じ事をやって無駄にしなければいけないんだ…」と思い、疲れました。
女性と付き合いを持とうと考えても、校則で規制されている事が凄く嫌な気になったり(異性交遊の校則等、守らなくてもどうという事は無かった程度の校則ですし、そのほうが健全、と言うか健康で居られると思います。付き合いをしている人も居ましたし)、職員からは気軽に頭を叩かれもするし、生徒と言うのは叩かれやすいよう頭を少し俯ける事が習慣になってます。そんな所を見られたくは無いなと思い誰かと付き合いを持つなど出来ませんでした

今でも、小学校から高校までの生活が良い勉強になったとはどうしても思えません。
正直に書けば、自分の知っている学校と言うのは大した事をやっていませんし、
今までの人生を思い出した時に「この少ない量の勉強に人生の大半が、十数年も時間が使われてきたんだな」「えっ?これだけに今までの人生を取られてたの!?」「で、何だったのだろう」と思いどうしても空しくなります。もちろん、人と遊んでいる時はありましたし楽しかったのですが

自分にとって結果的には、途中で何年間も何もしない時期が続いたのは、原動力になると思います。乱暴ですが一度自分でぶち壊しにして、何かが必要だという時期が訪れるまで待ちたかったのです。
あのまま大学に行っていれば、まだ高校に行っていたその頃のままのどこか惨めな自分が続いていたし、働くようになってもいつも止めたい止めたいと思ったまま何かをしていた筈です

高校を辞めてからは、ワザと家の窓を割り、それによって「自分の空間」を得ました。我侭を押し通す事によってこの年でようやく親が部屋に入らなくなったのです。ノブも鍵付に変えました。今までの自分の家なら、鍵付に変えるなど一笑されて終わっていたでしょう

もう、何もしないで過ごそうか、とも思っていましたが、何時までも親だけが稼いでいては路頭に迷う事になります。
高校を辞め、大学も行かず、働きもせずに誰とも口を利かない生活が続くうち、一日中頭の中に怒りのような響く痛みの様なものが続く様になり、自分は知能が低下してるんじゃないだろうかと不安になり、頭が変になりそうになりながら、部屋に居ながら知らない道で迷ったような感覚に陥り、急に誰かと話をしたくなりました。
結局今までの人生で誰が頼れるか、誰となら居ても良いか、許せるのか。そしてこちらを許してくれるのかと思うと、親でした

親にも自分の考えている事を話し、以前よりも自然に居られるようになった気がします。
自分は彼らにはもうどうとも思われていないんだろうな、と思いながら話したのですが、両親は自分をまだ好いてくれていました。
家に彼ら親が居るから、何かをする気になります。これから資格でも取って大学に行こうかと思いますが、やれると思います。
上手くは書けませんが、「必要になったから納得できる。やりたくなった」と思います


返信してくれた事、ヒトシ君の話をしてくた事(自分が中2の時はとてもそんな事は言えない人間した)、
>「宝島」という本を書いた人に、スティーブンソンという人がいます。そのスティーブンソンは、こう書き残しています。

 『我らが目的は、成功することではない。失敗にめげず、前に進むことだ』とね。よい言葉ですね。今のあなたにあげたい言葉です。

 どうか、がんばってください!

ありがとうございました
 

●20歳男さんへ(改)

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月15日(月)07時32分4秒
  【掲示板への書き込み記事より】

++++++++++++++++++

20歳の男性から、
こんな書き込み記事がありました。

若者の暴力について、です。

++++++++++++++++++

【20男さんより、林へ】

はじめまして。 掲示板には名前は書かないほうがいいので、ここでは、「20歳男」と名乗ります。

相談と言ったらいいのか、伝えたい事と、質問したい事があります。

最近の若者はよくキレると言われ、実際その通りだと思います。では昔はどうだったのだろうか?、と言う質問です。

また、人を殴ったりしても罪悪感を感じない若者には、外見上の共通項があるのか。あるとしたらどんな姿か、ご存知でしょうか。

自分は男の20歳で、(年齢的には、もっと下に見えるそうですが)、
癖毛で長髪、運動する時など、紐で後ろに縛ります。身長163cm程。
少なくとも現代の若者からすると、髪型が笑われます。(自分もついこの前まで高校生でした。)

しかし、顔の造詣自体は、目付きが鋭く、オタクの様に気持ち悪がられるより前に、暴力沙汰に近そうと、怖がられる事もあります。

若者自身がカッコイイと思っている髪形は、スポーツ刈り、普通の短髪、ジェルで短髪を逆立てたものなどがあります。

こちらが歩いているだけで殴りかかってくるのは上記の、ジェルで短髪を逆立てた小奇麗な外見の若者です。また殴られはしないものの、このタイプの男は、学校でも乱暴だったような記憶があります

しかし自分はそういう、若者同士から好評価を得られる髪形ではなく、癖毛で長髪で、ただ伸ばしているだけです。長髪を紐で後ろに縛っています。

その自分の風貌が目に付いたのでしょう。先日健康のために公園を走っていると、笑われながら、缶を投げつけられたり、殴られたりと言う事がありました。被害届を出しました

年代が上の方には分りづらいかもしれませんが、自分のただ伸ばしているだけの長髪は、年代が上の方には不良、あるいはカッコ良い、音楽をやっている人間と見られる事があります。

しかし今の若者からすると、それはカッコ良い髪型と言う訳でもなく、攻撃の対象(暴力沙汰の対象)になる事もあります

自分には、男としての魅力だとかは余り無いのでしょうし、それが殴りやすかったり、絡まれやすかったりする原因なのだと思います。

自分に絡んでくる若者は雄であり、恐らく若い女性だったら、自分が殴られるのを目撃しても、止めようとはせず、通り過ぎていくことでしょう。(その女性が高校生だとしたら、通報してくれたりする姿が、自分には、想像できません)。

性的に、どういう人間が魅力的なのかという基準について、どうこう言いたいのではなく、外見の良し悪しの基準が、ひとつの原因となって、人に襲われるという事もあるということです。

その基準は全ての人間に共通というわけではなく、若者同士の間でだけかけられる見方なのだと思います。キレた小奇麗な若者は、年代が上の人が見れば、普通の明るい少年に見えるかもしれません。

若者は2極化しています。誰かを殴りながら、その人を、ゴミの様に扱うのもいます。では昔はどうだったのだろう?、と疑問に思い、こうして、聞きたくなりました。

昔は今よりもマトモな時代だったのでしょうか?

++++++++++++++++++++

 この青年は、今、他人から受ける暴力について、悩んでいる。公園の中を走っているだけで、笑われたり、缶を投げつけられたりすることもあるという。殴りかかられたこともある。

 そこでこの青年は、その原因として、自分の風貌(ふうぼう)ではないかと書いている。そして同時に、そういう暴力行為をする人間には、一定の共通点があるかどうかと、私に聞いてきている。

 一見、淡々と自分のことを書いているが、その青年の立場に立って考えてみると、これはたいへん深刻な問題と言ってよい。へたをすれば、その青年は、人間不信から、自暴自棄に陥(おちい)ってしまうかもしれない。その青年の置かれた環境は、あまりよくないらしい。それはよくわかるが、そういう環境しか知らず、その中でもがいている、その青年は、かわいそうですら、ある。

 が、決して同情しているのではない。むしろ私は、そういう環境をよいことに、その青年を、理由もなく、笑ったり、缶を投げつける連中が、心底、許せない。なぜそんなことをするのかということを聞く前に、私でも、そういう連中を、叩きのめしたい衝動にかられる。暴力には暴力という考え方は正しくないが、しかし暴力でしか、そういう連中に、自分の非を認めさせる方法はないのではないか。

 そう、弱いものいじめほど、卑怯なものはない。ただこれだけは、覚えておくとよい。人は、いじめられれば、いじめられるほど、何が大切で、何がそうでないかを知る。一方、いじめる側の人間は、ますます人生の真理から遠ざかり、遠い、遠い、回り道をすることになる。つまらない人生を送ることになる。時間を無駄にすることになる。

 気がついたときには、人生も終わっている……。そうなる可能性はたいへん高い。

 だから、そういう連中は、反対に、笑ってやればよい。心底、軽蔑してやればよい。しかしそれには、ひとつ、条件がある。そういう連中を笑えるほどまでに、自分自身を高めなければならない。それをしないと、自分自身も、結局は、ズルズルと、そういう連中の仲間に引きずりこまれてしまう。

 愚劣な連中を相手にしていると、自分まで、その愚劣な人間になってしまうということは、この世界ではよくある。つまり批判したり、嫌ったりするだけでは、問題は、解決しない。

 が、自分を高めれば、やがてそういう連中が、餌を求める山猿に見えてくる。ゴミをあさる、カラスに見えてくる。そういう形で、そういう連中と決別する。そういう自分と決別する。同時に、そういう環境と、決別する。

 それがその青年には、できるだろうか?

【はやし浩司より、20歳男さんへ】

 私の時代にも、暴力事件は、ありました。今よりも、もっと多かったかもしれません。しかし1対1の関係というよりは、集団対集団という関係のほうが多かったように思います。

 ある高校の連中が、突然、となりの学校へ押し入って、そこで相手の連中と殴りあうというような暴力行為です。また私が入った高校では、上級生が、下級生を暴力でしごくというようなことが、慣例として、なされていました。

 先生たちは、見て見ぬふりをしていたのではなかったのかと、今にして思うと、そういう感じがします。そのほうが、学校としては、都合がよかったからです。生徒が、先生に対して、おとなしくなり、従順になるからです。

 そういう意味では、昔の暴力の方が、わかりやすかったかもしれません。まだ戦後のドサクサが残っているような時代でしたから……。

 しかしあなたの今、置かれている環境は、ふつうではないですね。心がすさんでいるというか、殺伐(さつばつ)としているというか……。まるで暴力映画を、地でいくような世界のような感じがします。

 で、私が今、アドバイスできることと言えば、できるだけそういう世界とは、早く、縁を切りなさいということ。でないと、あなた自身も、そういう世界に巻き込まれてしまう。その危険性は、たいへん高いです。

 何か、自分を高める方法はありませんか? 目標はありませんか? 夢や希望は、ありませんか? もしあれば、そういうものに向かって、今は、まっしぐらに進むべきときです。そういう連中にかかわりあっている暇は、ないはずです。

 はっきり言えば、キレる子どもに定型は、ありません。もちろん髪型で区別するということは、できません。しかし心がゆがんだ子どもには、共通の症状、つまり俗に言う、ツッパリ症候群というのはあります。独特の歩き方、すさんだ目つき、拒否的態度などなど。

 しかし彼らとて、精一杯、そういう形で、自分の(顔)をもとうとしているのですね。何もとりえがないものだから、暴力で訴えることによって、自分の存在感を作ろうとしている。そういう点では、あわれな人たちです。あなたから見て、目立つ髪形をするのも、その存在感をアピールするためのものと考えてよいです。

 今のあなたに、そういう人たちを、かわいそうと思うだけの余裕はないかもしれません。しかしあなたが、自分を高めれば、いつかすぐ、そういう目で、そういう人たちを見ることができるようになります。あるいは相手にしなくなる。

 私は、少し前、T氏という男性と、2時間ほど、あることで話しあいました。T氏というのは、多分、明日(15日)、ワールドカップ代表選手として、選ばれる人です。その男性と話しているときのこと。私は、その途中で、何度も、その男性のもつ人格の完成度に驚きました。

 「この人は、私より、30歳近くも若いのに、何という完成度!」と。

 T氏は、昨年のアジアカップ杯では、初戦から、最後の北京でのあの優勝戦まで、ずっと活躍した人です。つまりそこにいたるプロセス、そして幾多の国際試合が、T氏をして、そういうT氏にしたのですね。

 別れるとき、「すばらしい人生を歩んでおられますね」と声をかけると、T氏は、はにかみながら、「ぼくには、スポーツ(サッカー)しかできませんから」と笑っていました。しかしひとつのことをやりとげた人というのは、そういう人を言うのですね。

 20歳という年齢は、すばらしい年齢ですよ。その上、あなたは若いのに、すでに自分を静かに見つめる目をもっている。今の若い人たちには、なかなかない(目)です。それを信じて、それがたとえかなわぬ夢であっても、あなたはあなたで、ただひたすら前に進む。進むことに、意味があるのです。

 結果があっても、なくても、です。あるいは結果は、必ず、あとからついてくる。

 私はよく「山登り」という言葉を使います。あなたはあなたで、どんな小さな山でもよいから、登ってみる。そうするとですね、不思議なことに、意外と、視野が広い。「あんな低い山……」と思って登ってみても、実際に登ってみると、遠くに、太平洋や、富士山が見えたりして……。

 そしてそれまで自分がいたところが、驚くほど低いところにあったのがわかる。山登りというのは、そういうものです。

 ここに書いたT氏にしてみれば、この日本中が、足元の小さなゴミのように見えるかもしれません。ひょっとしたら、日本の総理大臣すらも、足元でうごめく、小さな人間に見えるかもしれない。そういう人を、人格の完成度の高い人といいます。

 でね、私はそのT氏と別れたあと、こう思いました。「いったい、自分は、この50年間、何をしてきたのだろう」と。自分という人間が、どこまでも、つまらない人間に見えてきたからです。何かをしてきたつもりなのに、その何かが、何も残っていない……。それに気がつくのが、私のばあい、30年、遅かった!

 しかし今のあなたなら、それができる。こう言うのは自分の敗北を認めるようでつらいですが、あなたがうらやましい! 私があなたの年齢のときには、私の心の目は、盲目だった。ただがむしゃらに、人を蹴飛ばしながら、生きていた。

 自分のことしか考えていなかった。自分の利益しか考えていなかった。私は、そういう意味では、盲目でした。人の心が、まるで見えなかった。

 だから何も残っていないのです。が、あなたは、盲目ではない。自分につけられた心のキズを通して、相手の心を冷静に見ようとしている。これはとても、すばらしいことなのですね。

 さあ、あなたも勇気を出して、一歩、前に進んでみよう。前に山があれば、その山に登ってみよう。それができたとき、今のあなたがかかえる問題は、自然消滅の形で、あなたの前から消えているはずです。

 笑われても、缶を投げつけられても、また殴られても、……いや、あなたがどんな小さな山でもよい、その山に登れば、だれもあなたに対して、もう、それができなくなりますよ。

 「宝島」という本を書いた人に、スティーブンソンという人がいます。そのスティーブンソンは、こう書き残しています。

 『我らが目的は、成功することではない。失敗にめげず、前に進むことだ』とね。よい言葉ですね。今のあなたにあげたい言葉です。

 どうか、がんばってください!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 青年の悩み いじめ 暴力)


Hiroshi Hayashi++++++++++.May.06+++++++++++はやし浩司

●ヒトシ君(いじめ問題の陰で)

 ヒトシ君(中2)は、心のやさしい子どもだった。そういうこともあって、いつも皆に、いじめられていた。が、彼は決して、友だちを責めなかった。背中にチョークで、いっぱい落書きをされても、「ううん、いいんだよ、先生。何でもないよ。皆でふざけて遊んでいただけだよ」と言っていた。

 そのヒトシ君は、事情があって、祖父母の手で育てられていた。が、その祖父が脳梗塞で倒れた。倒れて伊豆にあるリハビリセンターへ入院した。これから先は、ヒトシ君の祖母から聞いた話だ。

 祖父はヒトシ君が毎週、見舞いに来てくれるのを待って、ひげを剃らなかった。ヒトシ君がひげを剃ってくれるのを、何よりも楽しみにしていたそうだ。そしてそれが終わると、祖父とヒトシ君は、センターの北にある神社へお参りに行くことになっていたという。そこでのこと。

帰る道すがら、祖父が、「お前はどんなことを祈ったか」と聞くと、ヒトシ君は、「高校に合格しますようにと祈った」と。それを聞いた祖父が怒って、「どうしてお前は、わしの病気が治るように祈らなかったか」と。そこでヒトシ君はあわてて神社へ戻り、もう一度、祈りなおしたという。

 この話を聞いて以来、私は彼を、尊敬の念をこめて、「ヒトシ君(実名)」で呼ぶようになった。とても呼び捨てにはできなかった。いろいろな子どもがいるが、実際には、ヒトシ君のような子どももいる。

 今、いじめが問題になっている。しかしいじめられる子どもは、幸いである。心に大きな財産を蓄えることができる。一方、いじめる子どもは、大きく自分の心を削る。そしていつか、そのことで後悔するときがくる。世の中には、しっかりと人を見る人がいる。そういう人が、しっかりと判断する。愚かな人ばかりではない。

ヒトシ君にしても、学校の先生には好かれ、浜松市内のK高校を卒業したあと、東京のK大学へと進んでいる。ヒトシ君は、見るからに人格が違っていた。

 自分の子どもが、学校でいじめられているのを見るのは、つらいことだ。しかし問題は、いつどこで親が手を出し、いつどこで教師が手を出すかだ。いじめのない世界はないし、人はいじめられながら成長し、そしてたくましくなる。

つらいが、親も教師も、耐えるところでは耐える。そうでないと、子どもがひ弱になってしまう。今はこういう時代だから、ちょっとした悪ふざけでも、「そら、いじめだ!」と、親は騒ぐ。が、こういう姿勢は、かえって子どもから自立心を奪う。もちろん陰湿ないじめや、限度を超えたいじめは別である。

しかしそれ以前の範囲なら、一に様子を見て、二にがまん。三、四がなくて、五に相談。

親や教師ができることといえば、せいぜい、子どもの肩に手をかけ、「お前はがんばっているんだよ」と励ましてあげることでしか、ない。それは親や教師にとっては、とてもつらいことだが、親や教師にも、できることには限度がある。その限度の中で、じっと耐えるのも、親や教師の務めではないかと、私は思う。
 

フムフム様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月14日(日)16時20分32秒
  簡単に失礼します。

同じものをいくつもほしがるというような、どこか病的な
蒐集癖は、神経症を疑います。日常的に、ストレスが蓄積
すると、身体面の神経症→精神面の神経症へと症状が
進んでいきます。

家では、ゆるめるしかありません。家庭は、憩いの場であることを
最優先します。

親の顔や姿を見ると、どこかへ隠れるとか、逃げていくようであれば、
家庭が家庭として機能していないことを、疑ってみてください。

では、

はやし浩司
 

20歳男様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月14日(日)16時16分24秒
  たいへん興味深い、話しを書いてくださり、感謝しています。

私の時代にも暴力沙汰はありました。しかしたいてい集団対集団
という構図で、個人がどうのこうのという例は少なかったように
思います。

高校でも、上級生が下級生を並べて、しごきを入れるということが
ごくふつうになされていました。上下関係が、たいへんきびしく、
今の若い人たちには、想像もつかないような世界だったと思います。

中学時代は、進学組と就職組に分かれ、進学組がいつもねらわれ、
殴られたり、蹴られたりしました。

私は個人的には、長髪には、まったく抵抗はありません。オーストラリア
にいたころは、ヒッピー風の風体が大流行していましたから。その当時
の写真のいくつかは、「世にも不思議な留学記」に載せてあります。

最近のキレる子どもについては、諸説が氾濫しています。環境ホルモン
説から、脳の微細障害説まで。興味があったら、また小生のHPをのぞいて
みてください。「はやし浩司 キレる子ども」で、検索できるはずです。

またゆっくりと考えて、返事を書きます。(マガジンのほうで。掲載は、6月
中旬になりそうです。)

しかし外見で人を判断するというのも、原始的というより、動物的ですね。
ツバメは、尾羽の短いのが、いじめにあうとか。雌猿は、お尻が赤く、
シワの多いほうがもてるとか、など。

まさに動物社会。20才の貴君が、それに気づき始めたというのは、
すばらしいことです。

また返事を書きます。書きこみ、ありがとうございました。
 

人を殴る若者と、昔はどうだったのか

 投稿者:20歳男 5/14メール  投稿日:2006年 5月14日(日)15時02分29秒
  はじめまして。 掲示板には名前は書かないほうがいいので、「20歳男 5/14」と名乗ります。
相談と言ったらいいのか、伝えたい事と質問したい事ががあります。
最近の若者はよくキレると言われ、実際その通りだと思います。では昔はどうだったのだろう?と言う内容です。
また、人を殴ったりしても罪悪感を感じない若者には外見の共通項があるのか、あるとしたらどんな姿かご存知でしょうか


自分は男の20歳で(もっと下に見えるそうです)、
癖毛で長髪、運動する時などは紐で後ろに縛ります。身長163cm程。
少なくとも現代の若者からすると、髪型が笑われます(自分もついこの前まで高校生でした)
しかし、顔の造詣自体は目付きが鋭く、オタクの様に気持ち悪がられるより、暴力沙汰に近そうと怖がられる事もあります

若者自身がカッコイイと思っている髪形は、スポーツ刈り、普通の短髪、ジェルで短髪を逆立てたもの。があります。
こちらが歩いているだけで殴ってくるのは上記の、ジェルで短髪を逆立てた小奇麗な外見の若者です。また殴られはしないもの学校生活でも乱暴だった記憶があります

しかし自分はそう言う、若者同士から好評価を得られる髪形ではなく、癖毛で長髪だったり、ただ伸ばしているだけだったり、長髪を紐で後ろに縛っています。
その風貌が目に付いたのでしょう。先日健康の為に公園を走っていると、笑われながら缶を投げつけられたり殴られたりと言う事があったので、被害届を出しました

年代が上の方には分りづらいかもしれませんが、自分のただ伸ばしているだけの長髪は、年代が上の方には不良、或いはカッコ良い、音楽をやっている人間と見られる事があります。
しかし今の若者からすると、それはカッコ良い髪型と言う訳でもなく、攻撃の対象(暴力沙汰の対象)に成る事もあります


自分の男としての魅力だとかは余り無いのでしょうし、それが殴りやすかったり絡まれやすかったりする原因なのだと思います。
自分に絡んでくる若者は雄であり、恐らく若い女性が自分が殴られるのを目撃しても止めようとはせず通り過ぎるでしょう(その女性が高校生だったとしたら、通報してくれたりする姿が想像出来ません)。
性的にどういう人間が魅力的かと見なす基準についてどうこう言いたいのではなく、外見の良し悪しの基準が原因で人を襲うと言う事です。
その基準は全ての人間にではなく、若者同士の間でだけかけられる見方なので、キレた小奇麗な若者は、年代が上の方の前では普通の明るい少年に見えるでしょう

若者は2極化して、誰かを殴っても良いゴミの様に扱います。では昔はどうだったのだろう?と疑問に思い聞きたくなりました。
昔は今よりもマトモな時代だったのでしょうか?
 

ありがとうございます

 投稿者:フムフムメール  投稿日:2006年 5月14日(日)00時45分13秒
  はやし先生、何度も読ませていただきました。
今後も読み返します。
「自分との戦い」・・・ですね。

違う形でも相談させていただき、そういうことはご迷惑とは思いながら
お許しください。

子どもは万引き発覚(子どもと私達の間でこの言葉は使っては
いませんが)以来、思えばまだ1週間ですが、遊び(主にゲーム)以外には
あからさまに無気力を表し、私達に対する態度がちょっと以前よりぞんざいに
なった気がします。(今までの私なら、すぐ不機嫌になじったりするところでした。
明るくやり過ごすように心がけていますが)

少し締め付けすぎたという反省のもと、習い事も少し休ませることにしました。
子どもは、全部辞めたい、と言います。
この無気力、怠学は、もはや行動面での神経症が表れているといえるのでしょうか。

あと一つお聞かせください。
物欲が強いのも、不安定な心理、満たされないことの表れですか。

昨日何か買ってあげてもいいと言ったら、結局3つ4つと欲しい物がどんどん
出てきました。お年玉とあわせてお父さんに買ってもらいました。
楽しそうにゲームやブロックの話をしてくれる子どもは、生き生きした
いつもの息子です。このままどんど物欲が強いままだと、困るなあと思います。
コントロールするのも親の力量なのでしょうが。
以前Eマガに書いていらした、ゲーム脳も心配です。ゲームをしている表情は
本当にうつろな目で、見ていていやな気持ちになります。

長々失礼しました。
お時間がある時に、またなにかご指摘いただければ幸いです。
ありがとうございました。
 

フムフム様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月13日(土)11時03分32秒
  (追伸)


 お子さんを、H君としておきます。

 H君は、日常的に、たいへん不安定な心理的状況にあるものと思われます。それについて、いくつかの原稿を書いたことがありますので、ここに添付しておきます。

++++++++++++++++++++

●逃げ場を大切に

 どんな動物にも最後の逃げ場というものがある。動物はこの逃げ場に逃げ込むことによって、身の安全を確保し、そして心をいやす。人間の子どもも、同じ。

親がこの逃げ場を平気で侵すようになると、子どもの情緒は不安定になる。最悪のばあいには、家出ということにもなりかねない。

そんなわけで子どもにとって逃げ場は、神聖不可侵な場所と心得て、子どもが逃げ場へ逃げたら、追いかけてそこを荒らすようなことはしてはならない。説教をしたり、叱ったりしてもいけない。

子どもにとって逃げ場は、たいていは自分の部屋だが、そこで安全を確保できないとわかると、子どもは別の場所に、逃げ場を求めるようになる。A君(小2)は、親に叱られると、トイレに逃げ込んでいた。B君(小4)は、近くの公園に隠れていた。C君(年長児)は、犬小屋の中に入って、時間を過ごしていた。電話ボックスの中や、屋根の上に逃げた子どももいた。

 さらに親がこの逃げ場を荒らすようになると、先ほども書いたように、「家出」ということになる。このタイプの子どもは、もてるものをすべてもって、家から一方向に、どんどん遠ざかっていくという特徴がある。カバン、人形、おもちゃなど。D君(小1)は、おさげの中に、野菜まで入れて、家出した。

これに対して、目的のある家出は、必要なものだけをもって家出するので、区別できる。が、もし目的のわからない家出を繰り返すというようであれば、家庭環境のあり方を猛省しなければならない。過干渉、過関心、威圧的な子育て、無理、強制などがないかを反省する。激しい家庭騒動が原因になることもある。

 が、中には、子どもの部屋は言うに及ばず、机の中、さらにはバッグの中まで、無断で調べる人がいる。しかしこういう行為は、子どものプライバシーを踏みにじることになるから注意する。できれば、子どもの部屋へ入るときでも、子どもの許可を求めてからにする。たとえ相手が幼児でも、そうする。そういう姿勢が、子どもの中に、「私は私。あなたはあなた」というものの考え方を育てる。

 話は変わるが、98年の春、ナイフによる殺傷事件が続いたとき、「生徒(中学生)の持ちものを検査せよ」という意見があった。

しかしいやしくも教育者を名乗る教師が、子どものカバンの中など、のぞけるものではない。私など結婚して以来、女房のバッグの中すらのぞいたことがない。たとえ許可があっても、サイフを取り出すこともできない。私はそういうことをするのが、ゾッとするほど、いやだ。

 もしこのことがわからなければ、反対の立場で考えてみればよい。あるいはあなたが子どものころを思い出してみればよい。あなたにも最後の逃げ場というものがあったはずだ。またプライバシーを侵されて、不愉快な思いをしたこともあったはずだ。それはもう、理屈を超えた、人間的な不快感と言ってもよい。自分自身の魂をキズつけられるかのような不快感だ。

それがわかったら、あなたは子どもに対して、それをしてはいけない。たとえ親子でも、それをしてはいけない。子どもの尊厳を守るために。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 逃げ場 子どもの逃げ場 子供の逃げ場)

++++++++++++++++++

●過関心は百害のもと

 ある朝、一人の母親から電話がかかってきた。そしてものすごい剣幕でこう言った。いわく、「学校の席がえをするときのこと。先生が、『好きな子どうし並んでいい』と言ったが、(私の子どものように)友だちのいない子どもはどうすればいいのか。そういう子どもに対する配慮が足りない。こういうことは許せない。先生、一緒に学校へ抗議に行ってくれないか」と。

その子どもには、チックもあった。軽いが吃音(どもり)もあった。神経質な家庭環境が原因だが、そういうことはこの母親にはわかっていない。もし問題があるとするなら、むしろ母親のほうだ。こんなこともあった。

 私はときどき、席を離れてフラフラ歩いている子どもにこう言う。「おしりにウンチがついているなら、歩いていていい」と。しかしこの一言が、父親を激怒させた。ある夜、猛烈な抗議の電話がかかってきた。いわく、「おしりのウンチのことで、子どもに恥をかかせるとは、どういうことだ!」と。その子ども(小3男児)は、たまたま学校で、「ウンチもらし」と呼ばれていた。小学二年生のとき、学校でウンチをもらし、大騒ぎになったことがある。もちろん私はそれを知らなかった。

 しかし問題は、席がえでも、ウンチでもない。問題は、なぜ子どもに友だちがいないかということ。さらにはなぜ、小学2年生のときにそれをもらしたかということだ。さらにこうした子どもどうしのトラブルは、まさに日常茶飯事。教える側にしても、いちいちそんなことに神経を払っていたら、授業そのものが成りたたなくなる。子どもたちも、息がつまるだろう。教育は『まじめ7割、いいかげんさ3割』である。子どもは、この「いいかげんさ」の部分で、息を抜き、自分を伸ばす。ギスギスは、何かにつけてよくない。

 親が教育に熱心になるのは、それはしかたないことだ。しかし度を越した過関心は、子どもをつぶす。人間関係も破壊する。もっと言えば、子どもというのは、ある意味でキズまるけになりながら成長する。キズをつくことを恐れてはいけないし、子ども自身がそれを自分で解決しようとしているなら、親はそれをそっと見守るべきだ。へたな口出しは、かえって子どもの成長をさまたげる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 過関心 親の過関心 過干渉 神経質な子育て)

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●子どもの心を大切に

 子どもの心を大切にするということは、無理をしないということ。

たとえば神経症にせよ恐怖症にせよ、さらにはチック、怠学(なまけ)や不登校など、心の問題をどこかに感じたら、決して無理をしてはいけない。中には、「気はもちようだ」「わがままだ」と決めつけて、無理をする人がいる。

さらに無理をしないことを、甘やかしと誤解している人がいる。しかし子どもの心は、無理をすればするほど、こじれる。そしてその分だけ、立ちなおりが遅れる。しかし親というのは、それがわからない。結局は行きつくところまで行って、はじめて気がつく。その途中で私のようなものがアドバイスしても、ムダ。「あなた本当のところがわかっていない」とか、「うちの子どものことは私が一番よく知っている」と言ってはねのけてしまう。あとはこの繰り返し。

 子どもというのは、一度悪循環に入ると、「以前のほうが症状が軽かった」ということを繰り返しながら、悪くなる。そのとき親が何かをすれば、すればするほど裏目、裏目に出てくる。

もしそんな悪循環を心のどこかで感じたら、鉄則はただ一つ。あきらめる。そしてその状態を受け入れ、それ以上悪くしないことだけを考えて、現状維持をはかる。よくある例が、子どもの非行。

子どもの非行は、ある日突然、始まる。それは軽い盗みや、夜遊びであったりする。しかしこの段階で、子どもの心に静かに耳を傾ける人はまずいない。たいていの親は強く叱ったり、体罰を加えたりする。しかしこうした一方的な行為は、症状をますます悪化させる。万引きから恐喝、外泊から家出へと進んでいく。

 子どもというのは、親の期待を一枚ずつはぎとりながら成長していく。また巣立ちも、決して美しいものばかりではない。中には、「バカヤロー」と悪態をついて巣立ちしていく子どもいる。しかし巣立ちは巣立ち。要はそれを受け入れること。それがわからなければ、あなた自身を振り返ってみればよい。

あなたは親の期待にじゅうぶん答えながらおとなになっただろうか。あるいはあなたの巣立ちは、美しく、すばらしいものであっただろうか。そうでないなら、あまり子どもには期待しないこと。昔からこう言うではないか。『ウリのつるにナスビはならぬ』と。失礼な言い方かもしれないが、子育てというのは、もともとそういうもの。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 万引き 悪循環 巣立ち 二番底)

++++++++++++++++++

●子どものウソ

 子どものウソは、つぎの三つに分けて考える。(1)空想的虚言(妄想)、(2)行為障害による虚言、それに(3)虚言。

空想的虚言というのは、脳の中に虚構の世界をつくりあげ、それをあたかも現実であるかのように錯覚してつくウソのことをいう。行為障害による虚言は、神経症による症状のひとつとして表れる。習慣的な万引き、不要なものをかいつづけるなどの行為障害と並べて考える。これらのウソは、自己正当化のためにつくウソ(いわゆる虚言)とは区別して考える。空想的虚言については、ほかで書いたのでここでは省略する。

 で、行為障害によるウソは、ほかにも随伴症状があるはずなので、それをさぐる。心理的な要因が原因で、精神的、身体的な面で起こる機能的障害を、神経症というが、ふつう神経症による症状は、つぎの三つに分けて考える。

(1) 精神面の神経症……精神面で起こる神経症には、恐怖症(ものごとを恐れる)、強迫症状(周囲の者には理解できないものに対して、おののく、こわがる)、虚言癖(日常的にウソをつく)、不安症状(理由もなく悩む)、抑うつ感(ふさぎ込む)など。混乱してわけのわからないことを言ってグズグズしたり、反対に大声をあげて、突発的に叫んだり、暴れたりすることもある。

(2) 身体面の神経症……夜驚症(夜中に狂人的な声をはりあげて混乱状態になる)、夜尿症、頻尿症(頻繁にトイレへ行く)、睡眠障害(寝ない、早朝覚醒、寝言)、嘔吐、下痢、便秘、発熱、喘息、頭痛、腹痛、チック、遺尿(その意識がないまま漏らす)など。一般的には精神面での神経症に先立って、身体面での神経症が起こることが多く、身体面での神経症を黄信号ととらえて警戒する。

(3) 行動面の神経症……神経症が慢性化したりすると、さまざまな不適応症状となって行動面に表れてくる。不登校もその一つということになるが、その前の段階として、無気力、怠学、無関心、無感動、食欲不振、引きこもり、拒食などが断続的に起こるようになる。パンツ一枚で出歩くなど、生活習慣がだらしなくなることもある。

 こうした症状があり、そのひとつとして虚言癖があれば、神経症による行為障害として対処する。叱ったり、ウソを追いつめても意味がないばかりか、症状をさらに悪化させる。愛情豊かな家庭環境を整え、濃厚なスキンシップを与える。あなたの親としての愛情が試されていると思い、一年単位で、症状の推移を見守る。「なおそう」と思うのではなく、「これ以上症状を悪化させないことだけ」を考えて対処する。神経症による症状がおさまれば、ウソも消える。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 神経症 心身症 子どもの虚言 空想的虚言 妄言 子どものウソ 子供の嘘)

++++++++++++++++++

 ここに添付した原稿が参考になればうれしいです。

 H君にとって今、一番重要なのは、安定した、心豊かな家庭環境です。それを用意するのは、容易なことではありませんが、Mさんは、すでにそれに気づいておられます。

 あとは、結局は、自分との戦いということになりますね。

 どうか、がんばってください。

 では、今日は、これで失礼します。

**********************

別便で、相談をいただきましたが、
「転載、引用、お断り」ということでしたので、
それについては、また別のところで、「テーマ」と
して考えさせていただきます。

今しばらく、お待ちください。

はやし浩司
 

フムフム様へ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月13日(土)10時26分16秒
  誤解した点はおわびいたします。

すみませんでした。
 

はやし先生へ

 投稿者:フムフムメール  投稿日:2006年 5月12日(金)15時17分6秒
  お忙しいところお返事ありがとうございます。
拙い文章ですみませんでした。

>万引きしないように家でお金を盗ませるという話は筋が通っていません

「万引きしないように家でお金を盗ませる」ために、わざと財布を見えるところに
置いたのではありません。
テーブルに出しっぱなしで寝て、しまった、私のミスでした。昨夜は祖母が泊まりに
きていたのでそういうことはしないだろうと、私も気が緩んでいました。
結果的にはお金を盗ませたことになってしまいました。
私の本気が足りなかったです。

そして、お金はそのままにしておいた方がいいと判断したのでしたが。

「万引きしないなら家のお金を盗んでもいい」とは決して思ってません。
なので、おっしゃる通りに管理を徹底します。

マガジンも、じっくり読ませていただいています。
たびたびすみませんでした。
ありがとうございました。
 

はやし先生へ

 投稿者:のぶこ  投稿日:2006年 5月12日(金)13時27分50秒
  ありがとうございます。

先生の文章を何度も何度も読み返しました。
涙が止まりません・・・
先生を信じて頑張ります。
へこたれません。
息子を愛します。
受け入れます。

息子は今朝、奨学金の申込をすると言いました。
私は書ける範囲を申込書に記入しました。
息子自身、下宿したいと思ってるのでしょう。何も言いません。したいようにさせます。
彼女のこと、胎児のことはなかなか話してくれません.
「おとんが1人で決めろっていったからそうする。ぐちぐち言うな」と。
私は息子とメールでもいいからこの件は話し合っていこうと思ってます。

先生は「今は静観」とおっしゃいましたね。
あちらから連絡あるまではこちらからは連絡しなくていいのですね。

息子が彼女をきらいになった今はもう金銭面でしか解決できないと思います。
あちらからの要求でうごけばいいのですね。
本来なら彼女と直接話し合いたいですが、待ちます。
それにしても、あと1ヶ月早くわかっていたら・・・と思います。
胎児には申し訳ないし、かわいそうですが、幸せな誕生ではない・・・

とにかく私は息子に向き合います。負けません。
先生を信じて。息子を信じて。
ありがとうございます。
 

フムフムさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月12日(金)12時22分8秒
  だから、お金の管理だけは、しっかりとします。
徹底的にします。

万引きしないように、家でお金を盗ませるという話は、
筋が通っていません。

もう万引きはしません。だからお金の管理だけを徹底的に
なさることです。

あと通帳、カードも。もうそろそろそういう知恵が
働く時期になっています。

また何があっても、子どものかばんの中、サイフの
中は、のぞいてはいけません。

あなたが老後になり、立場が逆転したときのことを
考えてください。

はやし浩司
 

はやし先生へ

 投稿者:フムフムメール  投稿日:2006年 5月12日(金)11時24分44秒
  数日前小4の息子の万引き、お金持ち出しで相談させていただいたものです。
お忙しいのにたびたび失礼します。
月曜以来子どもに盗ったらしい品物やお金のことは聞いていません。
ここ数日、毎日の日課のようだった私の小言をやめ子どものペースでやりたいように
やらせていました。やはり情緒不安定な感じで、時々、だだっこのようになりますが。
今朝、子どもが私の財布からお金を抜いていたことがわかったのですが、
私が大変うかつなことをしてしまいました。
まず、うっかり目につくところに財布を置いて寝てしまいました。
朝おきて気づき、財布をみると数千円なくなっています。
子どもが別の部屋にいる間に子どもの財布をみるとお金が入っていました。
そして私はそのお金を自分の財布にもどして子どもに聞いてしまったのです。
 お母さんの財布触った?お金しらない?と。
あとで夫にたしなめられました。先日子どもはお父さんに財布の中を見られた時
激しく泣いて、ちゃんと話ができなかったのでした。何も言わずお金はそのままに
しておくべきでした。
今朝はその後、子どもがお金がないのに気づき表情一変するがお父さんとそのまま朝食→その間に私が財布にお金を戻す→子どもがまたお金を確認→財布以外のかばんに隠す、という具合で、今お金は子どものかばんの中にあり、今日は多分お友達の家にそれを持ってでかけるでしょう。
どうかどうか、お店でそのお金で買い物するだけにして帰ってきてほしい。
お父さんだけでなく、お母さんにも財布をチェックされたと思っている子ども。
何回やってしまったかはわかりませんが、買っても買っても盗ってもとっても
満たされてない子どもの心を思うと、母として申し訳なさで胸がいっぱいです。
夫は「何があっても、子どもを疑ったり責めたりするような表情をみせたり言葉に
したりしないようにしよう」と言われました。でも、私は今までいっぱいいろんなことで
責めてきた気がするのです。
許してあげたいけれども、打ち明けてもらえるのはいつなのか、不安です。
 

●Nさんへ、第二のお産ですよ!

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月12日(金)09時33分10秒
  ●親子の断絶

++++++++++++++++++

Nさんが、息子のことで悩んでいる。
苦しんでいる。

それは理解できる。しかし同じように
その息子も、苦しんでいる。

決して息子を肯定せよということではない。
しかしあなたには、その息子の悩みや、
苦しみが理解できるだろうか。

++++++++++++++++++

 Nさんから、息子の問題について、続報が届いている(「はやし浩司の掲示板」)。それをそのまま、ここに紹介する。

 これを読むとき、もちろん第一義的には、Nさん自身の悩みや苦しみを、理解する。しかし同じように、息子自身も悩んでいる。苦しんでいる。つまり善良な人たちが、たがいに、キズつけあい、悩み、そしてキズつけあっている。それを理解する。

 で、あなたには、この書きこみを読んで、息子の叫び声が聞こえるだろうか。「お母さん、この苦しみから、ぼくを救ってよ!」と。

 もしここでNさんが、息子との絆(BOND)を断ち切れば、息子は、まちがいなく、奈落の底へと落ちていく。今、Nさんは、その正念場を迎えつつある。がんばれ、Nさん! 息子がどうであれ、あなたは『許して、忘れる』。それを貫く。

 どんなに裏切られても、どんなにキズつけられても、『許して、忘れる』。真の親の愛は、あなたの手の届くところにある。そこであなたを待っている。がんばれ。Nさん、それにあなたの手が届いたとき、あなたの息子は、変わる。本当の自分を前に出す。

 それがわからなければ、アルバムを出して見たらよい。息子が幼児期、少年時代の写真を見たらよい。

 それを信じて、がんばれ!

【Nより、林へ】

ありがとうございます。

息子は夜中に帰ってきました。

彼女と会っていたのかと思いましたが、友達と遊んできたようです。(許せないです)
今朝、起こすと、怒鳴り声で、「うるさい!」と叫ぶ。で、そのまま私は仕事に出かけ、帰ってくると、使うはずの商品券5000円が、なくなっていました。息子は、部屋にそれを包んで箱だけ残して・・。

夕方、帰ってきた息子に問いただすと、「昼飯代くれなかったから取っただけ」と・・・。

中学時代からしょっちゅう、うちのお金を盗んできた息子。そのつど怒りましたが、バイトを始めた今でも、手持ちがなくなると平気でこんなことをします。

彼女と会うと言っていたのに、会わずに帰ってきました・・・。

いろんなことから逃げて、人の物を勝手に盗み、自分さえよければ、今だけよければそれでいい。バイトもしょっちゅう変わり、バイト先の人にも怒られました。

いくら親に何を言われても平気。

こんな息子だからこそ、今回のこと(女友だちが妊娠したこと)は、本当に向き合ってもらいたいです。
きちんと十字架を背負って。

許して忘れ、いつ帰ってきてもいいようにしておく・・・。
それは、本当につらいことですね。

高校時代、「家を出たい」と、ずっと言ってた息子。資金面で我慢させてしまいました。
今、逆に私は、3月に下宿させればよかった・・・と後悔しています。
今は、早く下宿させたいと思っています・・。

昨日も今日も息子と話し合いできずに終わってしまいました。
冷静に落ち着いて、母親として話し合いたいのですが・・・。

親としての真の愛情を与えられるよう、しばらく息子の態度をみます。
ありがとうございます。

+++++++++++++++++

 「形」としては、家庭内暴力に似ている。またそれに準じて、子どもの心理を考える。Nさんの息子は、ギリギリのところで、Nさんという母親の限界を確認しながら、(無意識ではあるにせよ)、Nさんを痛めつけている。苦しめている。

 息子自身も、自分でも、どうしたらよいのか、わからないでいる。そのため自己嫌悪から、自暴自棄へと、走りつつある。もしここでNさんが、その絆(BOND)を断ち切れば、息子は、先にも書いたように、奈落の底へ落ちていく。

 息子もそれがわかっているから、今、懸命にふんばっている。「そんなことをすれば、かえって親に嫌われるだけ」と、ふつうの人だったら、そう考えるだろう。しかし息子は、嫌われることによって、自己主張している。心理学の世界では、(2匹のヤマアラシ)という言葉を使って、それを説明する。

 寒い夜、2匹のヤマアラシが、穴の中で、眠ることになった。しかしたがいに体を近づけると、たがいの針が刺さり、痛い。しかし遠ざかれば、寒い。こうして2匹のヤマアラシは、一晩中、穴の中で、離れたり、くっついたりを繰りかえした。

 この「2匹のヤマアラシ論」は、本来は、人間関係をうまく結べない人が、孤独と、人と接触することによって起こる苦痛の間を、行ったり来たりするのを説明したものである。しかし今のNさんと、Nさんの息子を見ていると、そういう感じがする。

 たがいに針を出しあって、たがいに孤独なのに、キズつけあっている。が、さりとて、別れることもできない……。

 息子の立場で言えば、こうだ。

 「今まで、何度も何度も、SOSのサインを出してきたのに、お父さんも、お母さんも、わかってくれなかった」と。

 Nさんにしてみれば、息子が甘ったれた人間に見えるかもしれない。バイトを転々としたのも、不満かもしれない。しかし息子にしてみれば、何をやっても、うまくいかない。自分のしたいこととちがう。父親や母親からは、何をしても、頭から否定される……。おどされる……。どこかに自分がいるのだが、どうしても、それがつかめない。

 それが転じて、Nさんの息子は、どこか暴力的だが、そういう方法で、自分を取り戻そうとしている。模索している。やり方としては、幼稚だが、息子には、それしか方法が、思いつかないのだ。

 あえて言うなら、今、こういう状態になっている親子は、決して、少なくない。全体の何割かがそうであると言ってよいほど、多い。

 だから今のNさんにすべきことは、ただひとつ。

 「あなたにどんなに裏切られても、どんなにキズつけられても、私は、へこたれませんからね。あなたをとことん愛しますからね」という態度を貫くこと。Nさん自身も気がついているが、人を愛するということ、つまり『許して忘れる』ということは、それほどまでに過酷で、つらい。きびしい。

 そのきびしさを、私は、「第二のお産」と呼んでいる。

 それができたとき、親は、真の愛にたどりつくことができる。

 負けてはだめですよ。Nさん、がんばれ! その「愛」さえあれば、息子は、必ず、立ちなおる! 私はそういう事例を、何十例も見てきた。ウソではない。だから、がんばれ! 私を信じて、がんばれ!

 迷ったり、袋小路に入ることはあるかもしれないが、息子にだけには、そんな弱みは、見せてはいけない。あなたは堂々と、息子を信じ、愛せよ。『許して、忘れよ』。それを息子が肌で感じたとき、ひょっとしたら、あなたはこの世にいないかもしれない。10年先かもしれない。20年先かもしれない。

 しかしそれでも、あなたは、今のあなたを貫く。コツは、暖かい無視。商品券ぐらいのことで、ガタガタしてはいけない。無視して、お金の管理だけは、しっかりとする。

 私は今まで、本能的愛、代償的愛、そして真の愛について、何度も書いてきた。生まれた赤ん坊に頬ずりをして、「かわいい」「かわいい」というのが、本能的愛。

 子どもの受験勉強に狂奔するような親が感ずるのが、代償的愛。「子どもため」を口実にしながら、結局は、自分の心のスキマを埋めるために、子どもを利用しているだけ。

 そして真の愛。今のNさんには、それがわからないかもしれない。しかし今、Nさんは、その真の愛の一歩、手前にいる。

 そこは実に、おおらかで、心豊かな世界。5000円くらいの商品券で、カリカリするようなこともない。が、今、ここで息子を突き放してしまえば、Nさんは、せっかくのチャンスを逃すことになる。

 Nさん、いいですか! 親が子どもを育てるのではない。子どもが親を育てる。それを忘れてはいけませんよ。今、あなたの息子は、あなたに真の愛というのがどういうものであるかを、命をかけて、教えようとしている。

 あなたはそれを学べばよい。すなおな気持ちで、それを学べばよい。親意識など、クソ食らえ! 親の威厳など、クソ食らえ! あなたは、もっとバカな親になればよい。とことんバカな親になればよい。1人の人間として、息子の前に立ち、泣きたいときは、すなおに泣けばよい。あやまるべきことは、すなおにあやまればよい。まず、あなたが全幅に心を開いて、胸の中のありったけの気持ちを、語ればよい。

 あとは、時間が解決してくれる。「愛」には、魔法の力がある。「時」には、心を癒す、これまた魔法の力がある。

 負けてはだめですよ。くじけたら、だめですよ。ここが正念場ですよ!!!!

 がんばれ、Nさん!!!!!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 真の愛 親の真の愛 本能的な愛 代償的愛 はやし浩司 親子の正念場 はやし浩司 第二のお産)
 

はやし先生へ 

 投稿者:のぶこ  投稿日:2006年 5月12日(金)00時01分40秒
  ありがとうございます。

息子は夜中に帰ってきました。
彼女と会ってたのかと思いましたが友達と遊んできたようです。(許せないです)
今朝、起こすと、怒鳴り声で「うるさい!」と叫ぶ。で、そのまま私は仕事に出かけ、帰ってくると、使うはずの商品券5000円がなくなってました。息子の部屋にそれを包んで箱だけ残して・・
夕方、帰ってきた息子に問うと、「昼飯代くれなかったから取っただけ」と・・・
中学時代からしょっちゅううちのお金を盗んできた息子。素の都度おこりましたが、バイトを始めた今でも手持ちがなくなると平気でこんなことをする。
彼女と会うと言ってたのに会わずに帰ってきました・・・
いろんな事から逃げて、人の物を勝手に盗み、自分さえよければ、今だけよければそれでいい。バイトもしょっちゅう変わり、バイト先の人にも怒られ・・
いくら親に何を言われても平気。

こんな息子だからこそ今回のことは本当に向き合ってもらいたいです。
きちんと十字架を背負って。

許して忘れ、いつ帰ってきてもいいようにしておく・・・
それは、本当につらいことですね。

高校時代「家を出たい」とずっと言ってた息子。資金面で我慢させてしまいました。
今、逆に私は、3月に下宿させればよかった・・・と後悔してるんです。
今も、早く下宿させたいと思ってます・・

昨日も今日も息子と話し合いできずです。
冷静に落ち着いて母子で話し合いたいのですが・・・

親としての真の愛情を与えられるようしばらく息子の態度をみます。
ありがとうございます。
 

のぶこさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月10日(水)22時50分24秒
  息子さんは、必ず帰ってきます。
許して忘れ、許して忘れ、
いつ帰ってきてもよいように、
窓をあけ、掃除だけはしておきます。

今こそ、のぶこさんは、親としての
真の愛情をためされているのですね。

めげないでください。

息子さんを信じて、許して、忘れる、ですよ。

いつか必ず笑い話しになりますよ。

では、

掲示板の記事を、そのまま(少し手直しして
マガジンに載せますが、許してくださいね。

同じような問題をかかえている人は
たくさんいます。みんなで力を合わせて
いっしょに、がんばりましょう。

読者からの反応があれば、お知らせします。
力になってくれると思います。

はやし浩司
 

はやし先生へ

 投稿者:のぶこ  投稿日:2006年 5月10日(水)22時14分47秒
  ありがとうございます。

息子は全然帰ってきません。
何度メールを送っても返事ありません。
こちらの心配はどうでもいいのです。息子はそういう子です。
だから、主人は息子の態度に誠意がない限りこちらは息子にたいして協力はしないと言います。
まずは息子の様子をみて、息子に任せます。
あちらの親も1度こちらがつっぱねたので連絡あるかどうかわかりません。
まずは息子に任せます。
で、間に誰か立ててあちらと話会うかもしれません。
ありがとうございます。
 

のぶこさんへ

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月10日(水)20時53分3秒
  息子さんに任せるしかないようですね。

息子さんを責めたり、おどしたりしないように!

こうなってしまったのですから、受けいれて、
前に進みましょう!
 

はやし先生へ

 投稿者:のぶこ  投稿日:2006年 5月10日(水)14時08分20秒
  いろいろとありがとうございます。

昨夜、私の同級生の弁護士に相談しました。
はやし先生と同じことをおっしゃいました。
ただ、息子は学生なので卒業してから支払能力発生になる、しかし、学生の間もアルバイトで稼げるのなら支払能力ありになる。といわれました。

息子と話し合いました。と、言ってもほとんど無言でしたが・・・(昔から話合いのときは無言になります)
今までに息子は検診費として4万円払ったそうです。その時は結婚まで考えていたそうです。
その後、彼女から別れ話がでたそうです。で、堕ろす話を2人でしたそうですが、そのままになってたそうです。

主人は「人間としての誠意をみせろ。でないとおまえとの今後の関係を考える。生まれる子供は一生会うつもりは無い」と言いました。私も承諾しました。
でも、この言葉はきつかったかもしれませんね。

息子は彼女と2人で話し合うと言いました。
私たち両親も同席がいいのでしょうか?!
でも、彼女の顔をみるのもいやですが。。。

同級生の弁護士は2人で話し合いがつかないのなら両親をまじえて、それがだめなら家庭裁判所で調停。と言いました。でも、それは相手が何か言ってきてからと(はやし先生と同じです)

去年の夏から一変、辛い日々、息子のことは口チャックで合格まで見守り続け、彼女の親には振り回され、嘘をつかれ・・・息子には妊娠はさせてはいけないと彼女ができてからずっと言いつづけてきたのに・・・・やっと巣立ってもらおうと7月に下宿するまでと思い頑張ってきたのに・・・最後にこのような結果で立ち直れそうもありません。でも、そんな息子に育てたのは私達両親なのですね。
受け入れるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。
息子と顔を合わせるのも辛いのです。
でも、頑張ります。
ありがとうございます。
 

のぶこさんへ、5-10

 投稿者:はやし浩司メール  投稿日:2006年 5月10日(水)11時14分18秒
  【Nさんより、林へ】

2月に相談にのっていただいた、元高3息子の母です。
息子の彼女は18歳。1歳の子持ち。

その後、私は林先生のおっしゃる通りにして、頑張ってきました。
息子はなんとか大学に合格して(彼女の家のそば)、卒業もできました。
先生のおかげです。ありがとうございます。

息子は2時間半かけて大学に毎日通ってます。彼女のところに行かなくなりました。
大学での女友達もできたようです。先生のおっしゃる通りだと思ってました。
そして、息子も「彼女とは終わった」と言いました。

ところがです、先週、彼女の母親から電話がありました。主人がでました。「娘とは終わったようですが、携帯代その他もろもろのお金を立て替えている。話もあるので、その旨、伝えてほしい。」とのことでした。

主人は「はじめから認めてないつきあいなので、電話あったことは伝えてきますが、後は息子と話し合ってください」と言ったそうです。

また、今日電話あり、主人がでました。「息子さんから連絡がない。娘は妊娠6ヶ月です」と。

主人は「始めからずっと反対してると言ってたのに、あなたが2人の仲をあおってきた。携帯代も払わないでくれ、交通費を出すのもやめてくれ、下宿先も教えないでくれ、といったのに、あなたと娘さんがすべてしたのです。話し合いは息子としてくれ。一切知りません。」と言ったそうです。

今いる彼女の子どもも、元の彼からは認知してもらってないと聞いてます。
主人も私も息子にすべて任せるつもりです。半分巣立っているのだから・・・
おかしいでしょうか?!
無責任でしょうか?!

でも、今までこんなにも息子と息子の彼女とその親に振り回されてきたのです。息子の1番大事なときにでも、夜中でも「きて」と言われれば、息子は飛んでいきました。それで4日も帰ってこないことしばしばです。 私達親は、つらかったです。
まだ未青年だけど、巣立ったものとして、本人に任せてよいでしょうか?!
お忙しいのに申し訳ありません。教えてください.

【はやし浩司より、Nさんへ】

まゆっくりと考えてみますが、妊娠の件は、フィクションではないかと思います。
きわめて重要な妊娠の話をさておいて、その前に、どうでもよい携帯電話の立替代の話を
請求してくるということは、どう考えても、不自然です。

私が相手の親なら、先週の電話で、開口一番、妊娠の話をしたと思います。

6か月もたっているというのでは、日数もおかしいですね。
まだつきあっているころに、すでに妊娠のことはわかっていたはずですから?

2月にNさんから相談があったときには、妊娠3か月目だったということになるわけです……。相手の女性は、それに気づかなかったのでしょうか。

息子さんと連絡をとって、そのあたりの事情というか、様子を一度、確認なさって
みてはいかがでしょうか。

ご主人の態度は、立派です。支持します。こういうときは、夫婦が一丸となることです。
たじろいだり、不協和音を相手に見せてはいけません。どんなときも、毅然と、あなたの
ご主人の言ったとおりの態度と姿勢で臨みます。ここが重要です。

息子さんの年齢には、少し負担が大きすぎる事案かと思います。内部では、息子さんを
支え、外部に向かっては、「息子と解決してくれ」と主張なさることが、何よりも
賢明です。

本当に6か月なら、(私はウソだと思いますが)、中絶もできません。仮に妊娠が
本当であるとしても、認知の立証義務は、女性の側にありますから、ここは今、しばらく
様子を見られたらいかがでしょうか。息子さんの子であるという証拠を相手がもってくるまで、
否定つづけるのが、正攻法です。今のところ、打つ手はありません。

またあとでゆっくりと考えて返事を書きます。

【Nさんより、林へ】

ありがとうございます。
今日の朝方息子は酔って帰ってきました。
彼女のことを言うと、すでに妊娠のことは、2月には知ってたそうです。その時は結婚も考えたそうですが、またいやになり、おろす事を2人で考えたそうです。

彼女の親はその時点で知っていたそうです。そrを告げると、「そうなの?!」とだけ言ったそうです。

どうして、妊娠がわかった時点で、彼女の親は、こちらに言ってくれなかったのでしょう?
彼女から3月の終わりに、「別れよう」と言ったそうです。「子供は1人で育てる」と。
彼女の親が妊娠6か月まで言わなかったのは、養育費をこちらに請求するためなのかもしれません。

今までずっと私たち親が、「交際をやめてください」ということを、ずっと言ってきました。
彼女の元彼との間にできた、17才のときに生んでる子供も認知してもらってないそうです。

息子には、入学の前日に「もし、今の彼女との間に子供でもできたらお前との縁は切る」と主人がいいました。だから息子は、何も言えなかったと、今になって言います。
息子は今、彼女もおなかの子どもも死ねばいい。うざい。と言います。
あまりにも甘いです。

弁護士を立てて話したほうがいいでしょうか?!
私は主人の意見に従おうと思っていますが、息子があまりにも幼すぎて、らちがあかないようにも思えます。
お忙しいのに申し訳ございません。よろしくお願いいたします。


【はやし浩司よりNさんへ】

そうでしたか……。

この際、責任のなすりあいをしても意味がありませんので、運命は運命として、
受け入れるしかないと思います。(もちろん、そんなことは相手に伝える必要
はありませんが……。あくまでも、こちら側の心づもりとして、です。)

運命というのは、それをのろったとき、悪魔に変身します。しかし受け入れて
しまえば、悪魔は向こうから退散していきます。

あなたのかわいい孫が誕生するのです。生まれ方には、少し問題がありますが、
孫は孫です。

法律的には、あなたのほうにも言い分はあるでしょうが、養育費ということに
なると、拒否はできません。弁護士を立ててくるのは、先方のほうですから、
相手がそう出てきたときに、はじめて、こちらも弁護士に相談してみたら
どうでしょうか。今は、こちらから動くべきときではありません。

息子さんと、向こうの女性と、話し合って解決するのが、何よりも第一です。

親のあなたたちに養育費の支払い義務はありませんので、そういう話があったても、親としては、きっぱりと、拒否することです。

息子さんに、支払能力がないことは常識ですから、相手も強くは言えないはずです。
ただ、息子さんが、大学を卒業したあと、収入が入るようになった段階で、
養育費の問題は出てくると思います。その覚悟はしておく必要があります。

金額などは、そのとき弁護士双方で、調停でもすればよいかと思います。民事調停なら、当事者どうしでもできます。

認知の問題も出てくることでしょう。しかし息子さんは、この問題から
逃げることはできません。

だったら、前向きに受け入れていくしかありません。

なお後日の係争のため、こちら側の言い分などについては、
証拠が取れるものについては、きちんと証拠を取っておくことです。

電話なども、すべて録音されることを、お勧めします。

また息子さんと相手の女性との会話についても、
きちんと何らかの方法で、録音しておくことです。息子さんには、
そうお伝えください。

これからは、そうしてください。

親として、こちらから出る幕はありませんので、
相手から何かの動きがあるまで、動く必要は
ありません。

あとは親どうしでお金で解決するという方法もありますが、
それも一考してみてください。慰謝料、養育費の請求放棄などの
念書は、取っておきます。

苦しいご心中は察しますが、この際、冒頭にも書いたように、
運命を受け入れるのが、その苦しさから逃れる唯一の方法かと
思います。

1人の人間が、もうすぐ、この世に誕生するのですから……。

親というのは、子どもたちの尻拭いばかりさせられるものですよ。

ただ息子さんには、「お前には、人間として責任がある」と、はっきり
言っておくことは重要です。この問題だけは、息子さんにも、逃げる
ことはできません。そういう自覚だけは、しっかりともってもらいます。

ともかくも、相手の出方を、しばらく静観するしか、今のところ、
どうしようもないように思います。そのときがきたら、その覚悟をして
対処します。今は、そういう状況だと思います。

以上、参考までに……。

はやし浩司


【Nさんより、林へ】

ありがとうございます。

向こうから何か言ってくるまで静観します。
養育費の問題もわかりました。

ただ、息子は、他人ごとのように考えているようです。
彼女もおなかの子についても、死ねばいいなどとばかなことをいいます。
だからこそよけいに息子には、正面から向きあってもらいます.

息子が入学前に主人が「もし、今の彼女との間に子供でもできたら縁を切る。そしてお前への援助(学費など)一切打ち切る。それを頭に置いて行動しろ」と、伝えていました。
息子は今日「だから言わなかった」と言いました。

今後、息子への親としての対応も考えていかねばなりません.
あのように言い切った以上、息子には一応制裁を親として与えるべきでしょうか?
1人暮らしをしてもらうとか・・・。

未成年だけど、大人として扱い、自立してもらう。
どうでしょうか?!
お忙しいのに申し訳ありません。
読んでいただきありがとうございました。


【はやし浩司よりNさんへ】

 Nさんのご家庭では、(おどし)が、親子の会話の基本になっているようで、気になります。

 「縁を切る」とか、「学費を打ち切る」とか、そういう極端な言い方は、親子の間ではあまりしないほうがよいかと思います。あるいは長い過程の中で、そういう言い方になってしまったのでしょうか。

 おどしても、聞かない。だからますます強いおどしをかける。この悪循環が、どこかで始まってしまったのかもしれませんね。しかしここは、冷静になってください。

 まずもって心配されるのは、Nさんが、息子さんの言い分だけしか聞いていないということです。息子さんは、「相手の女性が、別れると言った」「子どもはひとりで育てると言った」と言っているようですが、本当にそうでしょうか。ひょっとしたら、相手の女性は、相手の親たちには、別のことを言っているかもしれません。

 ですからこちら側だけの言い分を相手にぶつけてしまうと、こうした事案は、こじれてしまいます。ですから、ますます冷静になってください。

 客観的に見ますと、その女性の最初の子どもは、その女性がどこかで遊んでいてできた子どもということになります。しかし息子さんとの間にできた子どもは、相手の親たちが公認のもと、しかも息子さんが、その相手の家に出入りしている間にできた子どもということになります。

 「結婚する意思はなかった」と言っても、それは通らないかもしれません。あなたたちから見ると、交際に反対していたのに、相手の親たちが勝手に、息子をかどわかしたということになります。しかしひょっとしたら、相手の親たちは、そうは思っていないかもしれません。息子さんが、相手の親たちに、どのような接し方をしていたのかは、あなたたちには、わからないわけですから……。

 息子さんは、あなたたちにウソは言っていないと思います。しかしすべてを話しているとも、思われません。

 そんなわけで、まず、当事者どうし、つまり息子さんと、相手の女性と、冷静に話しあう機会と場所を、つくるように仕向けるのが、最善かと思います。

 お気持ちは理解できますが、「縁を切る」とか、「学費を止める」とか、さらには、「制裁する」という話は、今、すべきではありません。またそれにこだわったところで、問題は解決しません。この問題の基本には、あなたたち夫婦と、息子さんとの間で、長い時間の中で作られた、深い、不信感があります。

 私の印象では、あなたの夫は、かなり権威主義的な、つまり古風な、親風を吹かすタイプの父親ではなかったかと思います。もしそうなら、そうした父親に追いつめられていった、息子さんの気持ちが私には、よく理解できます。

 ……とまあ、あなたたちを責めるようなことばかり書きましたが、(子どもができてしまった)という事実は、それくらい責任の重い話だということです。半分は、生まれてくる子どもの立場で、ものを考えなくてはいけません。そういう子どもを、「うざい」とか、「死んでくれればいい」などというのは、言語道断です。

 仮にあなたの息子さんが、(それにあなたたち夫婦も)、この問題からうまく(?)逃げ切ったとしても、後味の悪さだけが残り、その後味の悪さは、息子さんにも、あなたたちにも、死ぬまでついて回るでしょう。

 だったら、前にも書いたように、この問題は、前向きに考えていきます。逃げるのでなく、正面からぶつかっていきます。それこそ、相手の女性の子どもを、相手の女性が育てないというのなら、引き取るぐらいの覚悟はもちます。(だからといって、こちら側から、それを申し出る必要はありませんが……。)

 またそういう覚悟ができたとき、Nさんたちは、運命を受け入れたことになり、今の悶々とした苦しみから解放されることになります。

 今こそ、息子さんと、冷静に話しあってみてください。おどすのではなく、冷静に、です。おたがいに感情的になってしまったので、話しあいにもなりません。ですから、話し方としては、「あなたも苦しんでいると思うけど、どうしたらいいの? お父さんも、お母さんも、協力できる面があれば、協力する」というような言い方をします。

 「あなたの問題だから、あなたが解決しなさい」という言い方では、息子さんは、もっと突っ張ってしまうかもしれません。

 あなたたちと息子さんの関係がよくわかりませんが、私の印象では、すでに断絶状態から、修復不可能に近い段階まで進んでいるように感じます。が、これを機会に、もう一度、親子のつながりを、取り戻すことができるかもしれません。

 あなたたち夫婦が、相手の親の立場ではなく、相手の女性の立場でもなく、生まれてくる子どもの立場で話をすれば、息子さんも、静かに話を聞いてくれるはずです。息子さんには、養育費を払えとか、払わなくてもいいという話をするのではなく、当然、払うべきだという話し方をします。(だからといって、こちら側から、今、それを相手に申し出るという必要はありません。あくまでも、人間として、1人の父親としての自覚と、責任を感じてもらいます。)

 十字架としては、少し大きすぎる十字架ですが、だれしも、この種の十字架の1本や2本は、背負って生きているものです。しかしその十字架も、相手の両親や、女性のことを考えるなら、何でもないものかもしれません。相手の女性は、18歳という若さで、これから先、2人の子どもを育てていかねばなりません。

 欧米だったら、養子制度が発達していますから、今の段階で、養子縁組ができますが、この日本では、それもままなりません。

 そんなわけで、もしあなたにその勇気と度量があるなら、つぎに相手の親から電話がかかってきたら、「一度、娘さんと会って話をしてみたい」「息子にも、よく言い伝えておくので、息子と娘さんが話しあう機会と場所を、提供したい」と言ってみてください。どこまでも穏やかに、冷静に、かつ相手を責めることなく、です。

 決して、「私たちには責任はない」と、はね返してはいけません。もちろんこれらの話は、相手から何らかのアクションがあってからのことですが……。

 今の状況は、当事者みなが、それぞれに追いつめられて、たがいにキズつけあっている。私には、そう見えてなりません。ただ時期が、5年から10年、平均的な恋愛より、早かったというだけのことです。

 なお法律的には、あなたがた両親には、養育費の支払い義務はありません。相手の両親にも、請求権はありません。養育費を請求できるのは、子どものみ。子どもが未成年のときは、親がその請求権を代行します。つまり相手の女性だけが、請求権を代行できます。しかし話しあいの過程で、(取り決め)として、相手の女性が、あなたがた夫婦に、保証人になるように求めてくる可能性はあります。(現に今、息子さんには支払能力はありませんので……。)

 もしそうならば、つまりあなたがたが保証人になれば、その結果として、たとえば息子さんからの養育費が2回程度、延滞したりすると、保証人のあなたがたに支払い義務が生まれることになります。

 私も法科の学生でしたが、今は、この程度にしか、わかりません。まちがっているかもしれませんので、そのときは、弁護士に相談してみてください。

 ともかくも、息子さんと相手の女性の話しあいを、何よりも優先させてください。それが第一歩です。
(Nさんへ、いただきました掲示板への書きこみは、そのまま記録として、このように残させていただきます。よろしくご了解ください。)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 未成年の子供の恋愛 妊娠 出産 養育費問題 養育費)


Hiroshi Hayashi++++++++++.May.06+++++++++++はやし浩司
 

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