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前国連事務総長アナンと陸軍中将阿南惟幾

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 2月 8日(金)19時24分59秒
  前国連事務総長アナンと陸軍中将阿南惟幾

http://park.geocities.jp/j_con4/0204/p043.html#page288
http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/d/04/0408.html

コフィー・アナンと陸軍中将阿南惟幾(あなん これちか)の名前は、
偶然ではなかった。
(仮説を含む)
( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p037.html )
 
 

皮膚科騒動?

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 6月16日(火)10時14分28秒
  またぞろ、義母との医者通いが始まりそうです。今回は皮膚科。

前回は、義母の義眼が落ちてしまうというので、新しく義眼を作ったら、それが小さすぎるということから始まりました。義眼が小さいのではなく、義母の目の周りの皮膚が皺だらけで義眼を包み込んでしまうため、小さく見えただけなのです。しかし、義母は小さすぎるので調整するよう主張しました。結局、眼科で目蓋を少し切り取ることになりましたが、その眼科医がダメな医者で、少しも良くならず、反って具合が悪くなりました。そこで相棒が別の眼科医を探し、そこでは目の奥の粘膜の手術をしました。それでも具合が悪く、その上、義母はその医者に食ってかかるので(笑)、その若い医者も頭に来たらしく、あまり態度がよくありません。義母はその医者も気に入らず、しかたなく相棒は3人目の眼科医を探しました。この3人目の眼科医は、三度目の正直か、物凄く親切で丁寧なので義母はすっかり気に入ってしまい、治療そっちのけで世間話を長々とするようになりました。その眼科医に目蓋を調整してもらいましたが、私からみれば前とあまり変わりありません。義母は気に入った医者の手術結果なので、もう何も言いませんでしたが、そのあと、その眼科医に勧められた眼神経医に連れて行くようせがむので、何度か連れて行きました。眼神経医によると、もう85歳過ぎた義母の目になす術はないようなのですが、義母は何とか目が見えるようになりたいのか、最新のDNA眼科手術などが一般に施されるようになったら、義母はその手術の対象になることを願って、何度も足を運びました。

この義眼騒動で、相棒も私も義母にかなり振回されました。今回の皮膚科が「騒動」にならないようにしたいものですが、義母は何でもないことを大騒ぎにする特殊技能(笑)を持っているので、私は今から腕まくりして覚悟していなければなりません。また、今の皮膚科医が気に入らないというのです。義母は脛(すね)に輪のような赤い湿疹が出来、皮膚科で治療してもらっていました。湿疹を切り取ったあと、もう一度、残りを切り取るところでしたが、最初に切り取った箇所がひどく腫れて、腫れを退かせてからでないと残りを切り取れないと言われたそうです。その腫れがひどくなったのは「義母が医者の指示通りに塗薬を患部に塗らなかったからだ」とその医者が言ったそうです。その言い方が義母は気に入らなかったようです(笑)。相棒は仕方なく、別の皮膚科医を探し、来月からその医者に連れて行くことになります。さて、どうなりますか...
 

昔と変らん

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 6月 6日(土)03時21分57秒
  相棒の又従妹の母親が老人性痴呆症になってしまったそうです。その母親はかなり知的で頭の巡りの良い人だったそうです。夫に先立たれ、しばらくは丈夫でしたが、記憶が少し悪くなって理屈に合わないことを言いはじめたころ、又従妹は母親を老人ホームに入れたのだそうです。すると、自分の意志に反して様子の分らないところに入れられたので勝気な母親は「子供が自分を縛って財産を取ろうとしている」などと妄想し非常に憤慨していたのだとか。しかし、憤慨している時はまだ良かったのです。今はもう黙ってボーッとしているだけで昔の彼女ではなくなってしまったそうです。そしてますます痴呆症が進行していくようなのです。

相棒の母親は今年9月で88歳。やはり夫に先立たれ一人で暮らしています。彼女が理に適わないことを言うのは年老いたからだけではなく、昔からそうだったのだと相棒は言います。ほとんど集中力がなく、こちらが応えている最中に話はあちこちへ飛びます。話したことに対して「どうしてなのか?」と訊き返すと「わからん」と言うのです。かなりいい加減(笑)。相棒はしかし、又従妹の母親のことを聞いて「母親はいい加減なこと言うので、こちらの気が変になるけど、彼女の性格は昔から変っていない。つまり老人痴呆症にはなっていないから、ありがたい」と笑いました。
 

ババァのイメージ

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 5月28日(木)05時12分12秒
  私の周りは、いつまで経っても年上ばかりでした。が、ふと気が付くと、周りは年下ばかりになっていました。1980年なんて、私にとっては昨日のことなのに、その年に生まれた人がもう29歳だなんて信じられない(笑)。YouTubeで60年代に好きだった曲を聴いてノスタルジックになる私ですが、それがまるで古代のように感じる人たちもいるんですねぇ。

今、必死に逃れている「ババァのイメージ」ですが、そのうち諦めて、ババァのどこが悪いと開き直れるようになるでしょう。それまでは、必死に髪染めて化粧してビタミン飲んで、がんばろう~っと。
 

ゴミ

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 5月 3日(日)04時16分6秒
  今、「BBS荒らし」の書き込みを掃除したんですけど、いつまでカッコワルイことして、それに気付かずいられるのかなぁ、と思います。荒らし連中って、脳みそが成長しないのか、一応成長した連中は去って、次の世代の未熟な連中が継続するのか知りませんが、ゴミより始末が悪いですねぇ。それに、こんな面白くもないババァのBBSにやってきてわざわざ書込むなんて、未熟な上に暇なんですねぇ。ハハハ...

"58-190-11-89.eonet.ne.jp(58.190.11.89)"がホストの荒らしさん、老婆心ながらあなたの成長を望まずにいられまへん。
 

義母との一日

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 4月12日(日)07時28分10秒
  一昨日、義母を眼医者に連れて行きました。義母のアパートに老人用送迎サービスの車が12時47分に来る予定。私はその2時間前に家をでました。途中でパスオーバーワインを買って、地下鉄で1時間半。駅を降りるとオーバーのボタンがとれてしまい、近くの雑貨屋で糸と針を買いました。

義母のアパートに着き、階下のロビーのインタフォンシステムを使って義母を呼び出すと「インタフォンが新しくなったので私のところにあるロビーのドアを開けるベルがまだ作動してないんだよ」と言うのです。しかたなく、セキュリティ(門番)にドアを開けてもらいました。「○○を訪問するのですが、ロビーのドアを明けるベルがまだ作動してないといわれました」と言うと門番は「いや、もう作動しているはずです」と言いました。インタフォンが新しくなってから久しいのです。義母は何かが新しくなるともう混乱して分らなくなってしまうようです。

義母は「私が今朝電話した時はもう出ていたのかい?」と訊きました。最近、地下鉄が物騒になったので、地下鉄を使わずタクシーで来るようにと言おうと思って電話したのだそうです。幸い(笑)、私は2時間前に出ていたので、電話を取らずに済みました。

さて、義母はピックアップの30分前なのにもうソワソワして階下に降りたがります。時間があるのでコートーのボタンを付けようと思っていた私はその手を止め、仕方なく義母と下へ降りていって待ちました。義母はウォーカー兼イスに座って待ちましたが、私は立ったまま30分待ちました。いつもは平たい靴を履く私ですが、運悪く高いヒールの靴を履いてきてしまったので、私は腰が痛くなり疲れてきました。さいわい、送迎車は時間通りに着き、渋滞もなく、マンハッタンの病院まで1時間15分、医者の予約時刻は2時なのですがその30分前に着きました。

いつもは相棒が診察に付添うのですが、予定より早く来たので私が付添いました。視力テストで義母はまるで何も見えないようなことを言い、私はショックを受けました。あんなに見えないなら、とても一人で身の回りのことはできないではないか、と思ったのです。ところが、あとで、眼の症状は一年前と少しも変っていないことが分り、なぜ前より見えないのか不思議だと医者が言うのです。多分、義母は視力テストの際、私が傍にいたので見えないフリをしたのではないかと思います。見えない見えないと言って、私に手を引かれたり、補助されたりしたいため、まったく見えないフリをしたのです。そう思うとスコシ安心しました。今朝、迎えに行った時、義母は「あら、きょうはステキね」とか「その石のネックレスきれいね」とか私に言ったのですから、まったく見えないことはないのです(笑)。

眼のMIRを受ける時になって、相棒が仕事先から駆けつけてきましたので、付添いを相棒とバトンタッチし、私は待合室で待っている間にコートのボタンを付けました。2分でサッと付け終わりました。

病院から義母のアパートに戻ってから、パスオーバーの晩餐の支度をしました。義母は冷蔵庫から茶色く腐って溶けた野菜を出してきます。冷蔵庫の中を掃除して上げたくなりましたが、それは週日に来る益荒男派出婦に任せた方がいいのです。私が何かすると、以降、その仕事が私の責任になってしまうので、毎週手伝う時間のない私は、やって上げたい気持を抑えないとなりません。

晩餐が終わると、皿洗いは私の仕事です。自動皿洗い機があるのに、義母はそれを使わず、全部私に洗わせます。なぜかというと、私が洗っている間に、息子と二人で話ができるからです。一人息子なので仕方がありません。私もそれを承知で洗っています。今までは、きれい好きな義母の台所は清潔でしたが、年取って目も悪くなった義母の台所は最近ヌルヌルしてきました。お皿や鍋だけ洗っていた私は、流しをサラシで洗ったり、ストーブの上を磨き粉で拭いたりすることもするようになりました。それだけ時間が長くなり、義母が息子と話す時間が増えるのですが、しかし、息子と話したいオッカサンを息子は邪険に扱います(笑)。オッカサンの話すことがメチャクチャなので、インテリな息子は相手ができないのです。オッカサンは自分の言うことに責任がなく、いい加減なことを言い、それに答える人の話を途中でさえぎり、まったく別の自分のことを話し出します。そういう人と真面目に話し相手することは至難の技(わざ)です。相棒は自分の母親にそのたびガッカリさせられ、気落ちしてしまいます。母親はそれが分らないのです。悲しいことです。
 

鏡の法則

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 4月 7日(火)08時48分30秒
  いつも YouTubeで「喋る猫、犬」などをみたりしているのですが、そのうち「鏡の法則」の話をしている日本語番組に出くわしました。ちょっと興味が出たのでサイトを探して、その鏡の法則が例えられているお話を読んでみました。なるほど、参考になるものでした。

私は、人と価値観の違いを感じても、それだけでその人を嫌いになることはありません。自分は自分、他人(ひと)は他人と、相手の気持を尊重する人なら好きにさえなることもあります。嫌いな人とは、そういう価値観の違いを強引に押し付けたり、同意しないと怒ったりする人。そして相手の心を傷つけるようなことを言ったり行ったりする人です。そういう人とは二度と会わないようにしたいところです。

自分一人で暮らしていた時はそれで済みましたが、結婚するとそいういう人と会って話をしなければならなくなります。一度、相棒の友人Eさんの婚約者がレフティストで酷かったので、あとで「ありゃ酷い」と相棒に言ったのです。それでも結婚式やら食事やらに相棒が誘われて私も同伴しなければならなくなった時、あまりにも辛いので「私が彼女を嫌いでいること言っていいから、誘いを断わって」と相棒に頼んだことがありました。私が嫌いだということが彼女に伝わったらしく、Eさんと彼女の結婚式に仕方なく出席した私に、Eさんも彼女も「無視」という手を使い、私が挨拶しても知らん振りしていました。今思うと、私が嫌いだと言ったのだから無視されても仕方がなかったのですが、あの時、私は侮辱されたと思ってひどく立腹しました。

しばらくしてから私と相棒が結婚したら、Eさんが「悪かったから(私と)仲直りしたい」と相棒に言ってきたそうです。どこかで会って話そうということでした。私は最初とても嫌でしたが、相棒にムリヤリ連れていかれました(笑)。私は肥満したり、少し減量したりする体質で、しばらくかなり肥満していて化粧さえせずにいたのですが、この日、少し体重が減っていて化粧をして出かけました。お互いに「ごめんなさい」という言葉はありませんでしたが、楽しく話をして別れました。あとでEさんの奥さん、私のこと「見かけがよくなった」と言ったそうです(笑)。そのあと、また、Eさんの誕生日に呼ばれて行きました。Eさんの奥さんの性格は開けっぴろげで何でも言うけれどホントはそれほど悪い人じゃないな、と思うようになりました。奥さんも私の目の前で「きょうはステキにみえるわよ」と言ってくれたりしました。それから、妙に嫌だという気持は薄れてきました。ただし、まだ積極的に仲良くなる気は出てきませんでした。

鏡の法則を知ってから、嫌だという気持がすっかり消えました。私も相手を尊重していなかったの
ですから、相手が私を尊重しなくてもお互い様だったのです。それなのに、私は自分の方がレベルが上だという奢(おご)りがあって、自分では気が付かずに相手を見下していたのです。

「人生は自分を映す鏡である」とはよく言ったものです。そう思って生きていけば、人に対してどう反応するかの選択が楽になります。人生が醜かったら、それは自分が醜いからであり、それがいやなら、その醜さを、つまり自分を治せばいいのです。

もう一つ、義母とどうやって付き合って行こうか、よく悩みましたが、これで少し楽になりました。義母のわがままを諭して直そうとするのは無理なので、こちらの受け方を軽くすることにしました。一人で寂しい義母に残ったものは相棒と私にわがままを言うことだけなのかも知れません。
 

ラムにすればよかった

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 3月27日(金)06時49分29秒
  っと、まるで儀式のように義母はレストランで言いました。サイン会の前に夕食をとったアフガン料理のレストランで、ほとんどの料理にサイドとしてライスがついていました。義母は便秘がちなのでライスでなくポテトがいいと言うのです。ポテト付の料理はスカートステーキだけでした。ラムとステーキのどちらにしようか迷っていた義母はポテトが添えられるステーキを注文しました。ところがやってきた料理にはライスがついていました。義母は顔をしかめて「ラムにすればよかった」と言いました。頼んだ料理を食べるか食べない内に「あれにすればよかった」と言うのが義母です。「...ホラ、言ったね」っという具合に相棒と私は顔をみあわせました(笑)。

義母が「ライスでなくポテトがついていると思ったのに」と接客にあたっている女主人(オーナー)に言うと、ツンと澄ました顔のオーナーは「わかりました」と言ってポテトを持ってきました。そして、義母のお皿のライスをザザッとフォークで別の皿にかきとるのです。相棒も私もビックリ。義母の言葉つきは遠慮がなく威張った言い方に聞えるので、よほど優しい相手でないかぎり気分を悪くする人が多いのです。「ライスはお嫌いなんですね」というオーナーに義母は「嫌いだよ」とぶっきらぼうに返したので、このオーナーも気分を悪くしたようです。

先回、1年半前訪れた時は素晴らしく美味しい料理を出したこの店、今回はひどくまずかったです。シェフが変ったのでしょうか。なんだか楽しくない夕食でした。
 

サイン会に行ったのですが

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 3月24日(火)00時26分13秒
  相棒は毎日義母に電話するのですが、義母はそのたび「本のサイン会」のことを口にしたそうです。それで一昨日の土曜日、義母を連れてサイン会に行きました。車で2時間かかりました。本屋さんの近くの駐車場で、中年のカップルが、歩行器で歩く老人を連れている私たちをみて、「サイン会に行くのかね?待っている人が店の外に長蛇の列を作ってます。とても歩行器で待っていることは出来ないですよ。夕食を先に済ませた方がいいかも知れません」と忠告してくれました。みると、本屋の周りは、街角をぎっしりとコの字に一周するほど列ができていて、列の最後は3、4時間待つのではないかと思われました。

午後6時だったので、先ほどのカップルの忠告通り夕食をとって2時間ほど時間をつぶしました。列はコの字から少し減っていましたが、それでもまだまだ2時間以上待たされそうでした。列の近くまで来ると、著者の友人でカーティス・スリワというNYでは名の知れたキャラクターが、列で待っている人たちを慰めるため、一人一人に話しかけていました。それをみた義母はその場でスリワに話しかけて握手をし上機嫌になり、そこから動こうとしません。その時、「本はもう売切れてしまった。だけど何の本でも紙でも著者はサインするそうだよ」という声がありました。本がないのなら待ってもショウガナイと私は思いましたが義母は著者に会いたいようでした。

私は列の最後がどこにあるのか街角の曲がり角まで見に行き、相棒のところに戻って「多分2時間は待つかもしれないけど、列の後ろに行きましょう」と促しました。すると相棒は躊躇しながら「この場にいていいと言われたんだけど」というのです。義母が列の途中に立ってズルを決め込もうとし、相棒がそれは駄目だと言っても義母は聞き入れず、その会話を聞きつけた関係者の一人が、歩行器の老婆をみて同情したのか「そこにいていいです」と言ったのだそうです。たった今、長い列で待っている人たちをみてきた私は「そんなズルイことはできないよ。列の最後に行こうよ」というと、義母が「私が決めたんじゃないよ!担当者がここにいていいと言ったんだ!」と私にすごい顔して噛みつくのです。相棒も列の途中に割込むことは嫌だと思っていたので私と同じ気持でいるのが分ります。「傍に来い」という相棒に、私は恥かしくてとても列の途中に立つことなんかできなくて「おかあさんと一緒にそこに立っててください。ワタシャとてもじゃないが一緒に立ってられない」と言って離れていると、相棒は「それじゃ帰ろう。本も売切れているんだし」と言いました。相棒も割り込みは嫌なのです。帰りたくない義母でしたが、相棒と私が帰ることにしたのでシブシブ納得しました。

車の中で私と相棒が「何時間も待っている人は皆保守派なんだし、列の途中に割込むなんて、レフティストがするようなこととてもできないよね」と話すと、義母は「待っているのは元気な若いモンじゃないか!!」と歩行器で歩く年寄りには特別権利があるような口ぶりで怒っていました。こう年寄りの特権を振回す老人って嫌ですねぇ(笑)。

義母のアパートの前に着くと「ワタシャ、迷惑だったようで悪かったね」と皮肉な言い方をするので「そう言わないで下さい!あなたは迷惑じゃありませんよ!」とキツク言いました。親のことは、迷惑だとか迷惑でないとかいう問題じゃありませんからねぇ。しかし、列に割込んで、私たちまで巻き込むような、切ないことはしないで欲しいわい。あ~、くたびれた。
 

サイン会

 投稿者:NY閑人  投稿日:2009年 3月18日(水)04時03分47秒
  2年ほど前、ラジオでトークショーもしている保守派の著者のブックサイン会に義母を連れて行ったことがあります。車で1時間ほどのロングアイランドにある本屋さんでした。いつも一人で寂しいだろうからと私が連れて行こうと言い出したのですが、相棒は「母親は歩行器を使うし、慣れない所で面白くないとむずかるかもしれない」と思っていたようです。

案の定、サインのための列が延々と続き、グループごとに別れて待っていたので、最初歩行器で立って待っていた義母は「疲れた、イスはないのか」「いつまで待つのか」「暑い」「寒い」「なんでこんなに待たされるのだ」といろいろ文句が出てきて、「誘ってごめんなさいね」と言う私に「私が判断していいのなら、とっくにここを去っていたよ」とまで言いましたので「あ~れあれあれ、もう分けの分らんところには連れて来ない方がいい」と思ったものでした。

やっと座る場所がみつかり、コーヒーを持っていくと「要らん」と言うし、持って行かないと「私も欲しい」という義母(笑)。その内、近くで待っている人の一人がとても良い人で、年寄りの義母に話しかけてくれて、話好きの義母は楽しくなったらしく、いままでの不満顔も消え、上機嫌になりました。そして帰りには「楽しかった」と言いました。それでも私は「やはりもう連れ出さない方がいい」と思っていたのです。義母の文句を聞くと、耳にミミズが入り込んだような(笑)気になります。

今週末、同じ著者がまた同じ場所でサイン会を開くことになり、ラジオを聴いていた義母が「またサイン会があるよ。また連れて行ってくれるんだろう」と相棒に言ったそうです。あれあれ、さんざ文句を言ったこと忘れとる!今度、話してくれる人がいればいいけれど、いなければ、またぞろ文句タラタラになる義母です。階段を上がる時、歩行器は私が持ち歩きしなければなりません。先回は誘った私が悪いんだと思い、何とかスムーズに行くよう努力して持ち歩いた私ですが、今回は義母が行きたいのですから、私に運搬責任ありません(笑)。「耳にミミズ」の義母のために重い歩行器をエッチラオッチラ担ぐ気もなく、迷っております(笑)。さ~て、どうなるか。
 

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